Chupke Chupke

4.0
Chupke Chupke
「Chupke Chupke」

 1975年4月11日公開の「Chupke Chupke(こっそりこっそり)」は、ヒンディー語映画史上、最高傑作のコメディー映画に数えられる作品である。ただ、オリジナルではなく、ベンガル語映画の大ヒット映画「Chhadmabeshi」(1971年)のリメイクだ。

 監督は「Anand」(1971年)などで知られる巨匠リシケーシュ・ムカルジー。脚本はグルザール。音楽はSDブルマン、歌詞はアーナンド・バクシー。主演はダルメーンドラとシャルミラー・タゴール。助演にアミターブ・バッチャンとジャヤー・バードゥリー。ちなみに、ダルメーンドラ、アミターブ、ジャヤーが出演の伝説的作品「Sholay」(1975年)はこの作品の4ヶ月後に公開された。また、公開時には既にアミターブとジャヤーは夫婦になっていた。

 他に、オーム・プラカーシュ、アスラーニー、デーヴィッド、ウシャー・キラン、リリー・チャクラヴァルティー、ケーシュトー・ムカルジー、ラリター・クマーリーなどが出演している。

 若き植物学者パリマル・トリパーティーは、山間のコテージに滞在中、ひょんなことから、管理人を装って修学旅行にやって来た女子大学の学生たちの対応をすることになる。その一団にいたのがスレーカー(シャルミラー・タゴール)だった。植物学を学ぶスレーカーはパリマルと恋に落ち、彼に住所を教える。彼女はイラーハーバードに住んでいた。トントン拍子でパリマルとスレーカーの結婚が決まり、急いで結婚式も行われる。

 ところで、スレーカーの姉スミトラー(ウシャー・キラン)の夫ラーガヴ(オーム・プラカーシュ)は、豪快な人間だった。スレーカーはボンベイに住むラーガヴのことをとても好いていた。ラーガヴとスミトラーは、娘が熱を出したためパリマルとスレーカーの結婚式に出席できなった。スレーカーがあまりにラーガヴを崇拝するため、パリマルは少し焼いていた。ラーガヴはパリマルとスレーカーをボンベイに呼ぶ。同時に、彼はスレーカーの兄ハリパド(デーヴィッド)に、いい運転手はいないか聞く。それを聞いたパリマルは妙案を思い付く。

 パリマルはスレーカーより一足先に運転手に扮してラーガヴのところへ行き、「ピャーレー・モーハン・イラーハーバーディー」を名乗る。ラーガヴは若干不審に思いながらもハリパドの推薦であるためピャーレーを雇い入れる。ラーガヴはピャーレーがスレーカーの夫だとは気付かなかった。

 やがてスレーカーがやって来る。パリマルはわざとスレーカーと密会する様子をラーガヴに見せ、やきもきさせる。パリマルは、親友のプラシャーント・シュリーワースタヴ(アスラーニー)も巻き込んでラーガヴをだます。そして、大学の同僚スクマール・スィナー(アミターブ・バッチャン)をパリマルに仕立て上げ、ボンベイに呼び寄せる。そしてスクマールの到着直前にパリマルはスレーカーと姿を消し、ラーガヴを狼狽させる。

 パリマルを装ったスクマールは、プラシャーントの妻ラター(リリー・チャクラヴァルティー)の妹ヴァスダー(ジャヤー・バードゥリー)に一目惚れする。ヴァスダーも植物学を学んでおり、スクマールをパリマルだと思っていたため、彼にいろいろ質問する。とうとう嘘を押し通すことができなくなったスクマールはヴァスダーに正体を明かし、彼女と結婚するために寺院へ行く。それを知ったラターは驚き、急いでラーガヴに知らせる。

 ピャーレーを装ったパリマルはスレーカーを連れてラーガヴの前に現れ、ラーガヴを連れて寺院へ行く。彼らが到着したときには既にスクマールとヴァスダーの婚姻の儀式は済んでいた。このとき初めて彼らはピャーレーこそがパリマルであり、パリマルを装っていたのはスクマールだと明かす。

 ものすごく平和な映画だった。そして、上品な笑いの映画だとも感じた。ほとんど日常生活のちょっとした悪ふざけだけで一本の映画にしてしまっている。こういう些細な出来事を面白い作品に仕上げるためには、監督、脚本、芝居など、映画の各構成要素が優れていなければならず、しかもそれらがうまく噛み合っていなければならない。その稀な完成形が見られたのがこの「Chupke Chupke」だった。

 プロットは単純である。主人公のパリマルが、妻スレーカーの義兄ラーガヴをだますために周囲の人々を次々に巻き込んでいく。スレーカーがあまりにラーガヴを大物扱いしているため、多少の嫉妬を感じたパリマルはラーガヴを試すことにしたのだ。パリマルは運転手を装ってラーガヴに近づき、彼の下で正体を隠しながら働くことになる。「ドッキリTV」を映画全体でやってしまったようなものだ。

 ラーガヴがちっとも気付かないのを見たパリマルは、さらに大胆な行動に出る。遅れてやって来たスレーカーといちゃつき始めるのだ。ラーガヴはパリマルをピャーレーだと思っているため、二人がいちゃつく様子を見て真剣に悩む。さらに、ピャーレーを装ったパリマルはスレーカーを連れて逃げてしまい、ラーガヴはとんでもないことが起こったと頭を抱える。

 さらに、スクマールがパリマルを装ってラーガヴを訪ねてくる。このスクマールが今度はヴァスダーといい仲になり、勝手に結婚までしてしまう。

 最後の最後でラーガヴの前で正体が明かされるが、勘のいいラーガヴは薄々起こっていることに気付いていたようだ。そして、「これは一本取られたわい」ということで映画が終わる。普通なら騙されて怒るところだが、そこはあえて丸く収めてあった。何かドラマがあるわけでもなく、見終わった後に残るものも何もないが、「大人の悪戯」を面白おかしく描き出し、そよ風のように一瞬だけ平和なひとときで心を満たしてくれる、そんな映画だった。

 個人的には言葉の使い方がとても面白い映画だと感じた。パリマルは、ラーガヴの前でわざと「純ヒンディー語」を話す。これは、英語の語彙を交ぜず、極力サンスクリット語の語彙のみで構成されたヒンディー語である。国営放送のニュース番組のアナウンサーや教科書などでは使われているが、日常会話には普通使われない。それをあえて使うところにこの映画の面白味がある。ボンベイにまともなヒンディー語を話す運転手がいないことを憂いたラーガヴは、「ヒンディー語の牙城」と呼ばれるイラーハーバードから、「正しいヒンディー語」を話す運転手を紹介してもらう。その運転手となったのがパリマルだった。彼は、ラーガヴの要望通り、徹底的に純ヒンディー語を話すが、それがあまりに徹底しているため、意思の疎通が困難になるくらいだった。ラーガヴは彼の話し方に次第に付いていけなくなり、ストレスを募らせる。しかも、パリマルは気が動転すると急にウルドゥー語を話し出すというおまけ付きで、さらにラーガヴを混乱させる。この笑いに付いて来られたら、その人はヒンディー語の上級者だ。

 歌曲の使い方もとても自然だった。パリマル、スクマール、スレーカー、ヴァスダーの主要キャラは皆、とても歌がうまい設定になっており、ストーリーの中で彼らが歌を歌う場面がある。中でも出色だったのが「Ab Ke Sajan Sawan Mein」だ。ラーガヴの前でスレーカーは、パリマルとの関係を隠しながらもパリマルへの思いを込めてこの歌を歌う。中盤の佳境であった。また、タイトル曲ともいえる「Chupke Chupke Chal Re Purbaiya」も繰り返し使われ、叙情を盛り上げていた。

 「Chupke Chupke」は、大人たちが悪ノリして行った悪ふざけを上品な笑いと共に描き、一本の映画にしてしまった、技ありのコメディー映画である。大したことは起こらないのだが、作りが自然で俳優たちの演技もうまいため、退屈に感じない。歌曲もいいし、健康的な笑いが得られる。聞きしに勝る傑作コメディー映画である。


Chupke Chupke (1975) Hindi Comedy Full Movie | Dharmendra, Amitabh Bachchan, Sharmila Tagore, Asrani