Anand

4.5
Anand
「Anand」

 1971年3月12日公開の「Anand」は、生と死を主題にしたインド映画が話題に上ったときに必ず言及される名作だ。腸の悪性リンパ腫を患い、余命6ヶ月と診断されながらも周囲の人々に幸せを振りまく天真爛漫な主人公アーナンドの物語である。黒澤明監督の「生きる」(1952年)にインスパイアされた作品といわれている。

 監督は、インド映画を代表する巨匠の一人に数えられるリシケーシュ・ムカルジー。音楽はサリール・チャウダリー、作詞はグルザールとヨーゲーシュ。

 主演は当時のスーパースター、ラージェーシュ・カンナーで、助演を次世代のスーパースター、アミターブ・バッチャンが務めている。この映画の後、アミターブは「Zanjeer」(1973年)、「Deewaar」(1975年)、「Sholay」(1975年)などを経て、「ワンマン・インダストリー」と揶揄されるほどの強大なスターに成長する。一方、ラージェーシュは1969年後半にロマンス映画を中心にスターダムに登り詰めたスターであったが、アミターブの台頭によってアクション映画全盛期に移り、人気を奪われることになった。「Anand」はこの2大スターの共演が見られるだけでなく、その世代交代を予期した作品でもあった。

 他に、スミター・サーンニャール、ラメーシュ・デーオ、スィーマー・デーオ、ラリター・パーワル、ドゥルガー・コーテー、ジョニー・ウォーカー、アスィト・セーン、ダーラー・スィンなどが出演している。

 ボンベイ在住の医師バースカル・バナルジー(アミターブ・バッチャン)は、無料でスラム街に住む貧困者の診療をしていたが、医療の力では貧困に打ち勝てないと絶望も感じていた。バースカルは、友人の医者プラカーシュ・クルカルニー(ラメーシュ・デーオ)が富裕者に気休めの薬を処方して高額な診療費を取ることに批判的だった。

 あるときプラカーシュは、共通の友人でデリー在住の医師トリヴェーニーから紹介された患者アーナンド・セヘガル(ラージェーシュ・カンナー)をバースカルに引き合わせる。アーナンドは腸に悪性リンパ腫を患っており、ラストステージで、余命6ヶ月と診断されていた。だが、死ぬ前に一度ボンベイを見たいとデリーからやって来たのだった。アーナンドは、余命わずかの患者とは思えないほど明るい人物で、すぐに見知らぬ人々の心を勝ち取る特技を持っていた。プラカーシュの病院に勤める厳格な看護師デサ(ラリター・パーワル)やプラカーシュの妻スマン(スィーマー・デーオ)など、アーナンドと会う人々は皆彼を慕うようになった。バースカルはアーナンドを家に泊めることになり、彼もアーナンドの人柄に強く惹かれる。

 アーナンドは、バースカルに意中の人がいることを知り、死ぬ前に彼を結婚させようと思い立つ。バースカルは、かつて患者だった教師レーヌ(スミター・サーンニャール)に片思いしていた。アーナンドはレーヌにバースカルの思いを伝え、二人をくっ付けようとする。レーヌの母親(ドゥルガー・コーテー)もバースカルとの縁談を喜ぶ。そしてレーヌもまたアーナンドの虜になる。

 しばらく元気に歩き回っていたアーナンドだったが、徐々に末期症状が出始める。アーナンドは病床に伏し、起き上がれなくなる。バースカルはアーナンドの苦痛を和らげるため薬を買いに走るが、彼が戻ったときにはアーナンドは事切れていた。だが、生前に彼が録音したセリフが流れ、その場にいた人々を慰める。

 死を目前にした人が、まだ寿命のある周囲の誰よりも明るく生き、そして彼らに生きる意義を教えながら息を引き取るという物語である。

 アーナンドはしゃべることと食べることが大好きな天真爛漫な人物であり、初対面の人にも臆さず話し掛け、懐に飛び込み、その人の心を掴む天才であった。彼と会話した人は誰でも彼の虜になってしまった。そればかりか、アーナンドは通りすがりの人にも積極的に「ムラーリー・ラール?」と呼びかけ、「クトゥブ・ミーナールで会った」などと話している内に、その人と仲良くなってしまう。もちろん、アーナンドはその人と初対面であることは重々承知していた。だが、そうやって話し掛けることで日々新たな人と親交を結ぶことができる。死を前にして、彼は一日一日を存分に生き、なるべく多くの人々と知り合おうとしていた。

 バースカルは医師の職業業として、アーナンドを悪性リンパ腫の患者として見ていた。刻一刻と病気が彼の身体をむしばんでいく様子も手に取るように把握していた。だから、彼の病状とは正反対のその明るさに違和感を抱き、当初は悲しみが彼の明るさの原動力になっているのではと考えていた。もうすぐ死ぬという悲しみを抑え込むためにわざと明るく振る舞っているというのだ。

 だが、アーナンドはバースカルのそんな内面を見透かしていた。バースカルはアーナンドの身体に死を見ていた。だが、アーナンドはそんなバースカルの目や表情に死を見ていた。アーナンドを生きている内から死人にしようとしていたのは、他ならないバースカルだったのである。アーナンドは、転がり込んだ劇場で演劇のリハーサルを見て覚えた「生死は神の手にある」というセリフを発し、バースカルを笑わせる。映画が始まって以来、バースカルが初めて大笑いした瞬間だった。アーナンドは、バースカルの顔からも死を消してしまった。

 バースカルとアーナンドが抱き合って笑う音声は録音されており、アーナンドが息を引き取った直後に偶然流れる。まるでアーナンドが、死んだ後もバースカルや他の人々を笑わせようとしていたかのようだった。素晴らしいシーンである。

 「Anand」は生と死の物語だ。だが、それ以上に、生死を扱う医師としての本懐について考察した作品でもある。バースカルは真面目な医師であり、医療の力では貧困を解決できないと思い悩んでいた。そして、医師として、人間として、常に正しい行動をしようと心掛けていた。それゆえに彼は無料で貧者の治療を行っていた。もはや医療の力ではどうしようもないほどの重病を患った患者に出会うたびに彼は心を痛めていた。一方のプラカーシュはもっと処世術がうまく、取れるところからはしっかり取って診療をしていた。だから、自分の病院が建つほど儲けることができていた。

 もちろん、プラカーシュの生き方を完全に肯定する内容ではなかった。だが、バースカルのような凝り固まった生き方も同じように肯定していなかった。アーナンドは、死は決して不幸ではないことをバースカルに教えた。たとえ余命あとわずかの患者であっても、余生の中で幸せを感じることはできる。医師として、助からない患者を診て絶望して匙を投げるのではなく、一個の人間として接することで、魂を救うことができる。アーナンドと出会い、バースカルは一段上の医師に成長したといえる。

 ラージェーシュ・カンナーとアミターブ・バッチャンの持ち味がよく出ており、適材適所の配役だった。ラージェーシュは快活なアーナンドを全身で表現し、アミターブは真面目なバースカルを重厚に演じた。全くベクトルが異なるが、甲乙付けがたい競演だ。

 インド映画の定型にのっとって歌と踊りもあるが、物語への歌や踊りの貢献度は低かった。名作映画には名曲が付き物だが、「Anand」の挿入歌にはそれほど力がない。むしろ、アミターブ・バッチャンが朗読する、「死」に付いて詩が物語の軸になっていた。この詩もグルザールが書いたという。

 アーナンドはバースカルを「バーブー・モシャイ」と呼ぶが、これはベンガル語で「旦那」という意味である。アーナンドのキャラクターは、巨匠ラージ・カプールをモデルにしているといわれている。ラージはベンガル人であるリシケーシュ・ムカルジーを「バーブー・モシャイ」と呼んでおり、それをそのまま「Anand」に流用したようだ。そのため、映画の冒頭では、ボンベイの街に加えて、ラージ・カプールに感謝が捧げられている。

 古今東西、死を主題にした名作映画には事欠かないだろうが、「Anand」は、インド映画を代表する死を主題にした映画だ。余命6ヶ月の患者と向き合うことで真面目な医師が死に対する考え方を変える物語になっている。ラージェーシュ・カンナーとアミターブ・バッチャンという2大スターが競演し、しかも世代交代を印象づけている点でも重要な作品である。必見の映画だ。


Aanand (1971) Full Movie | Rajesh Khanna, Amitabh Bachchan, Sumita Sanyal | Bollywood Film