Jai Ho

2.5
Jai Ho
「Jai Ho」

 ヒンディー語映画界に「3カーン」の1人として君臨しているサルマーン・カーンは三人兄弟の長男で、2人の弟も映画界で活躍している。次男のアルバーズ・カーンは俳優としては大きな成功を収めていないが、最近「Dabangg」(2010年)でプロデューサー・デビューし、続編「Dabangg 2」(2012年)では監督デビューも果たした。三男のソハイル・カーンは、90年代から監督・プロデューサーをしており、俳優としてもアルバーズよりもソリッドな演技をしている。だが、兄弟の中で長男の地位は絶対のようで、基本的に二人ともサルマーンの引き立て役として動くことが多い。

 ソハイル・カーンが最後に監督をしたのは「Maine Dil Tujhko Diya」(2002年)で、その後しばらくはプロデューサーや俳優として活動していたが、「Dabangg」シリーズの成功に影響を受けたのが、久々にメガホンを取ることになった。2014年1月24日、共和国記念日の週に公開された「Jai Ho」である。「Ghajini」(2008年)を監督したARムルガッパのテルグ語映画「Stalin」(2006年)のリメイクで、元々「Mental」という題名だったが、最終的には現在のタイトルとなった。「Slumdog Millionaire」(2008年)の中の挿入歌と同名で、この映画でアカデミー賞を受賞したインド人作曲家ARレヘマーンと多少ゴタゴタがあったようだが、最終的には「Jai Ho」での公開となった。

 「Jai Ho」の主演はもちろんサルマーン・カーン。タブー、デイジー・シャー、ダニー・デンゾンパ、ナディラー・バッバル、モホニーシュ・ベヘル、サナー・カーン、ムクル・デーヴ、マヘーシュ・タークル、レーシャム・ティプニース、アシュミト・パテール、ナマン・ジャイン、マヘーシュ・マーンジュレーカル、プルキト・サムラート、ヴィカース・バッラー、サントーシュ・シュクラー、ヴァトサル・セート、ハールーン・カーズィーなどが出演。また、スニール・シェッティーとジェネリアが特別出演している。音楽はサージド・ワージド、デーヴィー・シュリー・プラサード、アマル・マリク。作詞はサージド・ワージド、デーヴィー・シュリー・プラサード、イルファーン・カーミル、ダーニシュ・サーブリー、サミール、アンジャーン、カウサル・ムニール、シャッビール・アハマド、アルマーン・マリク。題名の「Jai Ho」とは「勝利あれ」という意味。年長者が年少者に祝福を与えるときに使われる挨拶である。

 元軍人のジャイ・アグニホートリー(サルマーン・カーン)は、国家に貢献するためには政治家や軍人になる必要はないというのがモットーで、市井の人々を助けて暮らしていた。ジャイが軍を除隊になったのは、テロリストに人質にされた子供たちを、命令に背いて単身助け出したからだった。ジャイは、「ありがとう」の代わりに3人の手助けをし、さらに手助けした人に3人の手助けをするように促す運動を始めていた。ジャイにはギーター(タブー)という姉がいたが、リハーン(マヘーシュ・タークル)との結婚時に母親(ナディラー・バッバル)と不仲となっていた。リハーンとギーターの間にはカビール(ナマン・ジャイン)という男の子がいた。カビールは隣に住むグジャラート人家族の娘リンキー(デイジー・シャー)を敵視していたが、リンキーはジャイに惚れてしまっていた。

 あるときジャイは、両手がないが聡明な女の子スマン(ジェネリア)の筆記を助けたことで彼女と知り合う。スマンはいつも兄(ヴィカース・バッラー)に代筆してもらっていた。ところが試験日に兄が渋滞に巻き込まれてしまい、ジャイも試験会場に辿り着けなかった。何も書けずに試験が終わってしまい、絶望したスマンは飛び降り自殺をしてしまう。兄とジャイが巻き込まれた渋滞は、州内務大臣ダシュラト・スィン(ダニー・デンゾンパ)の娘カヴィター・スィン・パーティール(サナー・カーン)が通行するために、一般車両が通行止めになっていたからだった。スマンの兄はカヴィターを告発するが、カヴィターの兄に殺されてしまう。

 また、ジャイはあるとき、交差点で乞食をしていた女の子に暴力を振るった男を叩きのめす。その男は、州政府与党青年部の知り合いマーニク(サントーシュ・シュクラー)に助けを求める。マーニクは党員の部下を引き連れてジャイを取り囲むが、猛獣のようなジャイの反撃により、一網打尽となる。マーニクは党事務所に逃げ帰るが、ジャイに追いつかれる。そこへ警察が駆け付け、ジャイは逮捕される。カヴィターの夫の州議会議員シュリーカーント・パーティール(ムクル・デーヴ)がさらに多くの党員を引き連れ、ジャイに引導を渡すために警察署にやって来るが、やはりジャイの圧倒的な戦闘力の前に全員打ち負かされる。

 ギーターは、このままジャイと内相の争いが続くのはよくないと考え、ジャイを連れてダシュラト・スィン内相に謝りにやって来る。ところが内相は、数々の悪事を自ら暴露する。ジャイが除隊の原因となったテロリストによる人質事件も内相が仕掛けたものだと分かった他、スマンの兄を殺したこともこのとき発覚する。ギーターはもはや引き下がる価値なしと判断し、ジャイに攻撃を命じる。ジャイはシュリーカーントたちをなぎ倒し、堂々と退場する。

 シュリーカーントは復讐のためカビールを誘拐するが、ジャイに阻止され、殺される。夫を殺されたことで怒ったカヴィターは、ジャイの母親をトラックで轢かせるが、何とか母親は一命を取り留める。

 内相は汚職にまみれていたが、州首相アショーク・プラダーン(モホニーシュ・ベヘル)は正義の人だった。アショーク・プラダーン州首相はジャイとダシュラト・スィン内相を呼び出し、事情を聞く。ところがジャイが席を外している間にダシュラト・スィン内相をナイフで刺す。ジャイはダシュラトの手下たちをなぎ倒し、州首相を助け出す。しばらく身を潜めていたが、その間にダシュラト・スィン内相が記者会見を開き、ジャイが州首相を襲撃したと公表する。ジャイは州首相の容態が悪化したことで打って出て、病院に送り届ける。

 ダシュラト・スィンの息子アルジュン・スィン(ハールーン・カーズィー)がジャイを襲撃するが、死闘の末にジャイは彼を殺す。また、カヴィターは誤ってアルジュンに殺されてしまう。ジャイはまだ追手から追われるが、ジャイの運動に感化されたオートリクシャー運転手(マヘーシュ・マーンジュレーカル)や軍の上官(スニール・シェッティー)に救われる。意識を取り戻したアショーク・プラダーン州首相は、ジャイがテロリスト扱いされているのを聞いて起き上がり、自分を襲撃したのはダシュラト・スィン内相だと公表する。そこに駆け付けた内相は群衆からリンチに遭う。州首相は、人々の前でジャイを賞賛する。

 元ネタとなっているテルグ語映画「Stalin」を観ていないので、どこまでが「Jai Ho」のオリジナルなのか判断できないが、かなりの程度まで、近年インド全土で盛り上がっている汚職に対する反感の機運が反映されていると言える。公開時期から察するに、2013年12月に汚職撲滅を掲げてデリー州議会選挙を戦い、州首相に就任したアルヴィンド・ケージュリーワールの動向までは反映されていないだろうが、2011年から始まったアンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動は大いに参考にされたと予想できる。劇中に登場する正義感溢れる州首相は、アルヴィンド・ケージュリーワールを最も想起させるものであったが、おそらく国民会議派のラーフル・ガーンディーなどのイメージも含まれていることだろう。そして何より主人公ジャイのキャラクターは、ここ2~3年の間にインドの一般市民の間に広がった反汚職感情の集合体である。

 ジャイは、愛国心溢れる軍人だったが、上からの命令に背いて人質救出を断行したため、除隊となったという設定だ。だが、ジャイは誰も恨んだりせず、一市民として国に奉仕することを決める。国を良くするためには、政治家や軍人になる必要はなく、市民一人一人の毎日の生活が国を変えるのだ、という信念を持っていた。これはヒンディー語映画では非常に新しい主張だ。インド人は、一人のヒーローが悪を滅ぼし、国や社会を変えるというストーリーが好きな国民性だと思うのだが、そうではなく、一人一人が国を変革するヒーローになり得るというメッセージが発信されていた。「Rang De Basanti」(2006年)では、国を変えるために政治家、官僚、警察になって内側からシステムを変えよ、と主張されていたが、「Jai Ho」のメッセージはさらに進化している。これは、「アーム・アードミー(庶民)」という言葉をわざわざ政党名に据え、ホウキを政党シンボルとして2012年に結党したアーム・アードミー・パーティー(庶民党/AAP)と無関係とは言い切れないと思う。

 AAPが公約に掲げた政策のひとつにVIP文化の撲滅があった。インドでは政治家や高級官僚が権力を誇示する傾向にあり、その中でも最も深刻なのが、赤いランプの付いた公用車の乱用である。赤ランプ付きの公用車が通行するときは、目的地までの一般道が全て交通規制され、一般車両はVIPが通り過ぎるまで待たされる。当然、VIP車両の通行するルートの近辺では渋滞が発生する。特にVIPの数が多いデリーでは、ただでさえ慢性的な渋滞に悩まされているのに、このVIP文化のおかげで、さらに渋滞が深刻となる。一昔前は本当に酷かったが、近年は自主規制があって交通規制できる地位が限定され、VIP車両通行に遭遇する機会は減っていた。AAP政権になってからは、さらにVIP文化が衰退したと聞いている。「Jai Ho」でも、内相の娘が乗った車両の通行時に交通規制があり、そのおかげで市民が様々な不便を被っている様子が描かれていた。この点からも、AAPの政策の影響があると言えるだろう。

 また、「Jai Ho」では、マヘーシュ・マーンジュレーカル演じるオートリクシャー運転手が登場する。マヘーシュ・マーンジュレーカルと言えば、極悪人を演じさせたらとても上手い曲者俳優なのだが、彼をこのような小さな役に起用したのにも何らかの意味を感じずにはいられない。オートリクシャー運転手と言えば、デリーにおいてAAPを支持する層となっている。ここでもAAPとの関連性を見出すことが可能だ。ただし、「Dabangg」でもチョイ役で出演していたので、深く考えすぎかもしれない。

 ジャイの姉ギーターの存在も目新しかった。実はヒンディー語映画では、姉が存在感を発揮している映画があまり多くない。「Fiza」(2000年)はテロリストになった弟を姉が追うというストーリーで、珍しく姉が活躍していたが、思い付くのはそれくらいだ。インド人の母親好きは有名で、印象的な母親が登場する映画は星の数ほどあるが、姉が重要な役割を果たす映画はそれに比べると本当に少なく、インド人の姉フェチ度は低いのかと思うほどだ。だが、「Jai Ho」では、ジャイをコントロールできるのはギーターだけ、と言えるほど姉が強い存在感を持っている。この家族関係はチェックしておいていいと思う。ちなみにサルマーン・カーンに姉はいないが、アルヴィラーという妹がいる。俳優のアトゥル・アグニホートリーと結婚しており、現在ではアグニホートリー姓を名乗っている。ジャイの名字もアグニホートリーだ。関連性があるかもしれない。

 AAPとの関連や姉の存在など、「Jai Ho」は面白い見方ができる映画だ。ただ、作品自体は平均的で、南インド映画的な大味さがあったことは否めない。ヒロインのデイジー・シャーも弱かった。ラーニー・ムカルジーとラーキー・サーワントを足して2で割ったような顔をしているが、まだそれほど将来性を感じなかった。一応興行的には100カロール・クラブ入りを果たしたようだが、説教臭くなってしまったきらいがあり、娯楽性において手抜かりがあったと評されても文句は言えないだろう。