2010年代に「Pyaar Ka Punchnama」(2011年)や「Sonu Ke Titu Ki Sweety」(2018年)などを経てロマンス映画の名手として知られるようになったラヴ・ランジャン監督だが、ヒンディー語映画界にコネがあったわけではなく、当初は大スターの起用なく映画を作っていた。しかし、監督作の成功によって人脈が広がったと見え、2023年3月8日公開の「Tu Jhoothi Main Makkaar(君は嘘つき、僕は詐欺師)」では、ランビール・カプールとシュラッダー・カプールというA級スターを主演に起用したロマンス映画を送り出すことになった。
ランビールとシュラッダーの共演はこれが初となる。他に、ディンプル・カパーリヤー、アヌヴァヴ・スィン・バッスィー、ボニー・カプール、ハスリーン・カウルなどが出演している。また、ランジャン監督作で人気を獲得した2人の俳優、カールティク・アーリヤンとヌスラト・バルチャーが特別出演している。音楽監督はプリータムである。
デリーでメルセデスベンツのディーラーなど、多角的なビジネスをしている大富豪実業家の息子ローハン・アローラー、通称ミッキー(ランビール・カプール)は、親友のマヌ・ダッバース(アヌバヴ・スィン・バッスィー)と共に、内緒で別れさせ屋を営んでいた。このことは家族には内緒だった。 マヌはキンチーと結婚することになる。マヌはバチャラーパーティーをしにキンチーと共にスペインに行くが、そこにマヌはミッキーを、キンチーは友人のニシャー・マロートラー、通称ティンニー(シュラッダー・カプール)を連れていった。スペインでミッキーはティンニーと出会い、恋に落ちる。当初はつれなかったティンニーだったが、彼の愛を受け入れる。 デリーに戻ってきたミッキーはティンニーを家族に紹介する。マヌの結婚式でティンニーも家族を呼ぶ。ティンニーは自分の家族にミッキーのことを伝えていなかったが、ミッキーの母親レーヌ(ディンプル・カパーリヤー)はすぐにばらしてしまう。二人の縁談はトントン拍子に進んでいく。 ティンニーはミッキーのことが好きだった。しかし、ミッキーは決して家族と離れようとしなかった。結婚後は夫と自立した生活をしたいと考えていたティンニーは、ミッキーとの結婚を躊躇し始める。そして、別れさせ屋に相談をする。当初、ミッキーは相手がティンニーだとは気付かず、ティンニーの結婚相手と別れさせることを請け負ってしまう。だが、すぐにそれがティンニーであることが分かり、ショックを受ける。そこでミッキーは、別れさせ屋を逆手に取ってティンニーに破談を思いとどまってもらうように仕向ける。ティンニーは、なかなかうまくいかないことに苛立つ。だが、ミッキーはティンニーが自分と別れたい理由が彼の家族であることを知り、もう彼女を引き留めないことにする。婚約式の日、ミッキーはとうとう破談を実現させる。 その後、ティンニーは別れさせ屋がミッキーだったことを知る。ティンニーはロンドンに転勤する直前だったが、ミッキーを呼び出し、彼を問いつめる。だが、決断は変わらなかった。家に戻ったミッキーは、家族に説得され、空港までティンニーを引き留めに行く。ティンニーはミッキーと結婚することを決める。
カップルを別れさせることを生業にする職業は、以前にも「Jodi Breakers」(2012年)で取り上げられていたし、離婚を専門とする弁護士は「Life Partner」(2009年)や「Plan A Plan B」(2022年)に登場した。「Tu Jhoothi Main Makkaar」の主人公ミッキーとその親友マヌが副業として営んでいたのが別れさせ屋であるが、彼らが扱うのは既婚カップルの離婚ではなく、結婚前のカップルの円満な破局である。ミッキーが、自分の恋人ティンニーから自分と別れさせる仕事を任されるという点にこの映画の妙味があった。つまり、ミッキーは恋人からお金をもらって恋人と別れなければならなくなった。もしその関係が本気でなければ簡単な依頼であったが、ミッキーは本気になっていた。しかも、ティンニーはミッキーと別れたい理由を明かさなかった。ますますミッキーは悶々とした気持ちを抱えることになる。
ただ、ティンニーがミッキーと別れたい理由は、観客には序盤に示唆されるし、終盤ではっきりと明かされもする。ティンニーは自分の家族とそれほど親密な関係になく、家族というものに疑問を感じていた。ティンニーは家族から離れて一人で住んでいたし、結婚後も夫と二人きりで暮らしたいという願望を持っていた。その一方でミッキーは家族なしでは生きられなかった。ティンニーはミッキーから家族を奪うのをためらい、彼には直接理由を明かさずに、静かに別れようと考えたのである。
ランジャン監督がこの映画で描きたかったのは恋愛と家族の対立であろう。従来、インド映画は家族を非常に重視しており、家族のために恋愛を犠牲にすることをよしとしてきたところがある。インドでも結婚後に女性が夫の家族の一員になるのは当然のことであるし、一緒に住むのも暗黙の了解になっている。しかもインドの家族は大家族であることが多く、新妻の負担は他国より重い。おそらく、都会に住む自立したインド人女性は、正直のところ、結婚後に夫の家に入って「嫁」になることに疑問を感じ始めているのだろう。日本では既にそういう考えを持つ女性が糾弾されることは少なくなっているが、インドも同じような変化を遂げつつあるようだ。一昔前では考えられなかったことであり、このような映画が登場したこと自体に時代の変化を感じる。この映画の最大の意義はそこにある。
別れさせ屋を営み、ティンニーから別れの理由を聞いたミッキーは、ティンニーを手放すことを決める。やはり彼にとって、家族と天秤に掛けられたら、家族を選ばざるを得なかった。一方、ミッキーが別れさせ屋であることを知ってティンニーにとって最大のショックだったのは、ミッキーが彼女ではなく家族を選んだことだった。ここまでの展開は、伝統的なインドの価値観に則ったものだ。
しかしながら、ミッキーの家族も、ミッキーが家族を犠牲にしてティンニーとの結婚を諦めることを認めなかった。家族にとってはミッキーの幸せが家族の幸せだったのである。恋愛と家族の天秤の中で、ミッキーとティンニーがそれぞれ「One for All」の精神で慮ったために二人の関係は破局を迎えたのだが、一度その理由が明らかになったとき、ミッキーの家族は「All for One」の精神で二人の関係を修復させた。このようにストーリーをうまくまとめてエンディングに持って行っている。その辺りの構成はさすがランジャン監督といったところである。
もはや婚前交渉が当然のように描写されているのも時代の流れを強く感じさせる。しかも、ティンニーの方がワンナイトスタンドを肯定するような発言があったし、別れさせ屋から彼氏との身体関係について聞かれ、あっけらかんと「ある」と答えるシーンもある意味とても現代的である。
ただ、欠点もいくつかあった。まずはミッキーとティンニーの破局が明らかになった後、物語が一旦方向性を失うことだ。ティンニーの希望通りにミッキーとの結婚は破談となり、ミッキーもそれに加担したため、これ以上話が進まなくなってしまう。物語が方向性を失うと、観客は何を期待して映画を観ればいいのか分からなくなり、路頭に迷ってしまう。もちろん、その後に縁談は復活するのだが、宙に浮いた時間帯があったのはマイナスだった。
また、ランジャン監督の作品には、もっとコメディータッチの明るい映画を期待してしまっていた。「Tu Jhoothi Main Makkaar」にはクスッと笑えるシーンもあったのだが、大部分は感情を揺さぶる心痛なシーンであり、しかもテンポが悪かった。ダンスシーンは多めで派手さがあったが、ストーリー部分をもう少し明るめに作った方が心地よく鑑賞することができたと思う。
ランビール・カプールは現在もっとも安定したヒーロー俳優であり、しっかりと仕事をこなしていた。ダンスも良かった。ランビールと初めて共演したシュラッダー・カプールは、露出度高めの服を着てセクシーさをアピールしつつ、ランビールに負けない存在感を示せていた。ただ、彼らが演じたミッキーとティンニーの人物設定にも弱さがあり、特にティンニーが何を考えているのか分からない女性になっていた。シュラッダーは演じにくかっただろう。
特別出演のカールティク・アーリヤンとヌスラト・バルチャーは、別れさせ屋に雇われた刺客ということで、ピンポイントでの出演だった。ミッキーの親友マヌを演じたアヌバヴ・スィン・バッスィーはスタンドアップコメディアンとして知られた人物で、この作品が本格的なヒンディー語映画デビューになる。ディンプル・カパーリヤーは、「Cocktail」(2012年)で演じたようなお節介お母さんを演じていて目立った。ボニー・カプールの役はほとんど意味がなかった。
プリータムによる音楽はとても良かった。冒頭の「Pyaar Hota Kayi Baar Hai(恋は何度も起こる)」は、「恋は生涯に一回のみ」という伝統的なインド人の恋愛観を覆す歌詞のダンスナンバーだ。「Show Me The Thumka」もアップテンポのダンスナンバーで、ゴードバラーイー(妊娠7ヶ月を祝う儀式)の際に踊られる。また、「O Bedardeya」はこの映画でもっともエモーショナルなシーンで流される失恋の歌だ。ただ、もっとも人気なのは、シュラッダー・カプールの登場シーンになっている「Maine Pi Rakhi Hai」だ。ディスコでの酔っ払いソングで、シュラッダーがセクシーな踊りを披露している。
近年、ヒンディー語映画界ではスペインロケの映画が増えている。そのトレンドを作り出したのは確実に「Zindagi Na Milegi Dobara」(2011年/邦題:人生は二度とない)だが、それに「Pathaan」(2023年)が続き、そしてこの「Tu Jhoothi Main Makkaar」でもスペインロケのシーンがあった。他にモーリシャスでも撮影が行われたようである。ただし、主な舞台はデリーやグルグラームであり、当地でのロケもしっかり行われていた。
「Tu Jhoothi Main Makkaar」は、変わった視点でロマンス映画を作ることで知られるラヴ・ランジャン監督の最新作である。彼の監督作としては初めて、ランビール・カプールとシュラッダー・カプールというA級スターを起用した作品になっている。別れさせ屋をとっかかりとしながら、恋愛と家族を天秤に掛けるという、インドではかなりタブーな主題に切り込んでいる。ただ、全体的にテンポが悪く、ランジャン作品に期待される明るさも少なめで、中盤には宙ぶらりんになる時間帯もあった。決して優れた作品だとは思えないが、興行的には好調だったようである。