Jodi Breakers

3.0

 2012年2月は不釣り合いなカップリングを売りにしたロマンス映画が続く。イムラーン・カーンとカリーナー・カプールの「Ek Main Aur Ekk Tu」、プラティーク・バッバルとエイミー・ジャクソンの「Ekk Deewana Tha」、そして本日(2012年2月24日)公開の「Jodi Breakers(離婚屋)」はマーダヴァンとビパーシャー・バスである。マーダヴァンは現ジャールカンド州に生まれたタミル人で、南インド映画界とヒンディー語映画界を行き来して活躍している男優だ。コメディーからドラマまで様々な役を演じており、昨年はロマンス映画「Tanu Weds Manu」(2011年)をヒットさせたが、いかにも南インド人らしい外見からか、ヒンディー語映画界では少し浮いた存在である。一方、ベンガル人家系に生まれたビパーシャー・バスは元祖セックスシンボルで、一時はセクシー女優と言えば彼女のことを指した。その後演技派への転向を模索し、一定の評価を得ており、最近はあまり軽い映画には出演しなくなった。この二人がラブコメ映画の主人公としてカップリングされるのは、長年のインド映画ファンの目からはかなり違和感がある。もちろんそれは計算されたミスマッチングで、それを楽しむ作品であろう。監督は「Good Boy Bad Boy」(2007年)のアシュヴィニー・チャウダリー。「Dhoop」(2003年)という非常に繊細なドラマ映画を撮っているが、その後は停滞している監督だ。題名から分かるように、問題ある夫婦の離婚を影ながら支援する離婚専門家を主人公とした映画である。

監督:アシュヴィニー・チャウダリー
制作:プラサール・ヴィジョン
音楽:サリーム・スライマーン
歌詞:イルシャード・カーミル
出演:マーダヴァン、ビパーシャー・バス、オーミー・ヴァイディヤ、ミリンド・ソーマン、ディーパーンニター・シャルマー、ムリナーリニー・シャルマー、ヘレン
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ムンバイー在住のスィド(マーダヴァン)は前妻と離婚したばかり。スィドの結婚は完全に失敗で、離婚できたことを大喜びしていた。ただひとつの心残りは扶助料として前妻に差し押さえられた愛車ホーニーであった。しかし何事も独身の自由とは換えられず、親友ナノ(オーミー・ヴァイディヤ)らと共に離婚を祝っていた。

 1年後。スィドは円滑な離婚を実現する離婚専門家を名乗り、その事業を軌道に乗せていた。ある日スィドはソーナーリー(ビパーシャー・バス)という女性と出会う。ソーナーリーの機転の良さに感心したスィドは彼女を離婚専門家のパートナーとする。

 あるときスィドは大富豪実業家マーク・パルレー(ミリンド・ソーマン)の妻イラー(ムリナーリニー・シャルマー)から依頼を受け、現在愛人とギリシアで不倫旅行中の夫との離婚のために証拠を収集することになった。スィドとソーナーリーはギリシアへ行き、マークと愛人マギー(ディーパーンニター・シャルマー)を尾行する。しかしスィドは考えを変え、マークとイラーの離婚を仕組むのではなく、マークとマギーの仲を裂いてマークをイラーの元へ戻すように仕組もうと考える。ソーナーリーもその提案に乗る。2人はそれを成功させ、マギーと仲違いしたマークはイラーのところへ行く。

 マークとイラーがよりを戻したことで、スィドとソーナーリーはお祝い気分となる。ソーナーリーはシャンペンを飲み、酔っ払って人が変わってしまう。高揚した気分の中、二人はキスをし、そのまま一夜を共にする。

 ところがスィドはソーナーリーと一線を越えてしまったことを後悔し始める。スィドはソーナーリーに対してよそよそしい態度を取り始める。また、実はスィドはある秘密をソーナーリーに明かしていなかった。実はイラーは彼の前妻で、マークの妻ではなかった。マギーこそがマークの妻だった。スィドは愛車ホーニーを取り戻すため、大富豪マークとの結婚を狙うイラーの依頼を受けて、マークとマギーの仲を裂く工作をしたのだった。ただでさえよそよそしい態度をされた上に、この秘密を知ってしまったソーナーリーは、スィドを避けるようになる。

 それ以来スィドの心はずっと晴れなかった。ナノたちはスィドがソーナーリーに恋してしまったことに気付いており、スィドにそれを認めさせる。しかし、ソーナーリーは特にスィドのことを気にしていないようだった。毎日ヨーガ、ボクシング、ジョギングをして過ごしていた。また、スィドはマークとマギーが離婚するとの報道を見たり、マギーが妊娠していることを偶然知ったりして、誤った行為をしてしまったと後悔し始める。そこへ突然ソーナーリーが現れ、マークとマギーを再び結びつけることを提案する。そのためにはマークの祖母マドンナ(ヘレン)の助けが必要だった。マドンナはゴアに住んでいるため、2人はゴアへ飛ぶ。

 ゴアでマドンナと会った二人は、自分たちがマークとマギーの仲を裂いたことを明かす。マドンナは怒るが、2人を再びくっつけるために協力することにする。マドンナはマークとマギーをゴアに呼び寄せる。久し振りにマークとマギーは再会することになり、そのときマークは初めてマギーが妊娠していることを知る。マークはマギーの怒りを静めようとするが、マギーはなかなか許そうとしなかった。また、イラーが異変を察知しており、いつ彼女がゴアに来てもおかしくなかった。スィドとソーナーリーは計画を急ぐことにし、二人はゴアで婚約式を挙げることにする。そうすればマークとマギーも自分たちが結婚したときの気持ちを思い出すだろうという計算であった。

 ところが婚約式の最中にイラーが現れてしまう。しかもマークに対し、彼の子供がお腹にいると言い出す。全てがぶち壊しになるところであったが、スィドは予め手を打っていた。スィドは言い訳を作ってマークの血液検査をさせており、医者と口裏を合わせていた。イラーが爆弾発言をし出したところで医者を登場させ、血液検査の結果マークはHIV陽性だと言わせる。驚いたイラーは、つい「マークとはまだ寝てない」と口走ってしまい、マドンナに追い出される。この騒動のおかげでマークとマギーはよりを戻す。

 しかしもうひとつ仕事が残っていた。それはスィドとソーナーリーの仲だった。スィドはソーナーリーに対し愛の告白をする。ソーナーリーは最初断るそぶりを見せるが、笑ってそれを受け容れる。

 近年ヒンディー語映画界においてロマンスの方程式が変化しつつあるのを感じる。結婚を神聖視する固定観念が薄れて来ていることについては何度も指摘して来た。いきなり離婚からストーリーが始まるこの映画もその一環と言える。だが、それ以外にもいくつか新しい流れが感じ取られる。例えば2週間前に公開されたばかりのロマンス映画「Ek Main Aur Ekk Tu」では、ヒーローとヒロインが最後に結ばれないという変わった展開で驚かされたばかりであった。先週公開のロマンス映画「Ekk Deewana Tha」では、南インド映画のリメイクではあるものの、知り合って数日でいきなり愛の告白をしてしまうという流れが新しかった。

 この「Jodi Breakers」では、「Band Baaja Baaraat」(2010年)と似た展開が見られる。すなわち、仕事のパートナーであって恋愛関係ではない男女が、ある日一線を越えてベッドを共にしてしまうという展開である。その後の人間関係もよく似ていた。男性の方はそれを気にし、もしかしたらこれをきっかけに付き合うことになってしまうかもしれない、結婚しなければならないかもしれないと、関係の変化を恐れる。だが、女性の方はその出来事を気にしていないと打ち明け、男性は安心する。ところが、やはり女性はその出来事をきっかけに違う視点で彼のことを見るようになっており、男性のその態度に密かにショックを受け、距離を取るようになる。その一方で男性の方は徐々に女性に恋していたことを自覚するようになり、彼女を手に入れようとし出す。簡単に言ってしまえば、「付き合う前にしてしまったセックス」を軸にしたロマンス映画だと言える。日本人の目には目新しく映らないかもしれないが、「Band Baaja Baaraat」を除けば、今までのヒンディー語映画ではあまりなかったストーリー展開である。過去に「Salaam Namaste」(2005年)という映画があったが、これは同棲と婚前妊娠がテーマであり、大きく異なる。

 ただ、僕は「Band Baaja Baaraat」を高く評価しているものの、この「Jodi Breakers」に関してはそこまでのレベルだとは思わなかった。離婚専門家という職業やその必要性が丁寧に描写されていなかったこと、主人公二人が何を考えてパートナーとなったのか曖昧にされていたことや、エイズ患者への差別を助長するようなエンディングなど、様々な原因があったのだが、その中でも大きな原因が、ビパーシャー・バスのキャスティングとその演技にあった。演技力がないと言う訳ではない。映画を観る前は、何か彼女にしか出来ない役なのかと期待したのだが、年齢、演技力、貫禄など、どの観点から見ても、全く彼女をキャスティングする必要性を感じなかったのである。むしろなまじっか頑張って演技をしてしまっているので、彼女だけ浮いている印象を受けた。新人や若手の女優を使い、監督の思い通りに演技をさせた方が新鮮な映画になっただろう。本当に優れた演技力のある俳優は、肩の力を抜いた自然な演技が出来るものだが、ビパーシャーの場合はどうしても頑張ってしまうのである。

 そして脚本作りの段階においても難があった。ビパーシャーが演じたソーナーリーのキャラクターは非常に不透明で、何を考えているのか分からなかった。ソーナーリーだけでなく、この映画に登場する女性キャラクターは皆とても弱かった。スィドの前妻イラーにしても、まるで昔話に登場するような、感情移入出来ない完全なる悪役で、取って付けたようなキャラクターであった。ただ、それを演じたムリナーリニー・シャルマーは憎ったらしくてなかなか良かった。マギーを演じたディーパーンニター・シャルマーは「Ladies vs Ricky Bahl」(2011年)に出演していた細身で上品な印象の女優であるが、前作よりも出番は少なかったし、マギーのキャラクターも詰めが甘かった。女優の中で一番良かったのは結局往年の女優ヘレンだった。

 その一方で男性キャラクターの方はうまく描写できていたし、キャスティングも絶妙であった。マーダヴァンは大柄だが小回りの利く男優であり、スィドのキャラクターに味を加えていた。「3 Idiots」(2009年)で衝撃のデビューを果たしたオーミー・ヴァイディヤも順調にヒンディー語映画界に定着している。今回は「3 Idiots」の爆笑スピーチ以来となる大きな見せ場も用意されていた。セックスグル、バーバー・カームデーヴに扮したナノが集まった信徒たちにスピーチをするのだが、手違いからバーメニューを手渡されてしまう。しかしナノは機転を利かせて酒の銘柄やカクテルの名前などを巧みに混ぜたスピーチを繰り広げる。この映画のワンポイント爆笑シーンである。久々にスクリーンで見たミリンド・ソーマンも好演していた。

 インターミッション前にストーリーの大きな転換点を持って来ていたが、それも良かった。映画の途中に休憩があることを批判する人も多いのだが、僕はもうその習慣に馴染んでしまっているので、むしろその休憩をうまく使った映画を高く評価する。「Jodi Breakers」ではインターミッションの直前に、イラーがスィドの前妻であることが唐突に明かされており、観客を大いに驚かせていた。それは誰も予想していなかったことである。休憩中に観客同士で「え、これどういうこと?」などと話し合う声が聞こえ、大きな盛り上がりとなっていた。インターミッションはこうでなくてはならない。単なるトイレ休憩ではないのである。

 また、ダンスシーンも意外に豪華だった。冒頭の「Kunwara」やビパーシャー・バスの名前を冠した「Bipasha」は小粋なダンスナンバーで、どちらも豪華絢爛だった。特に「Bipasha」の踊りは妖艶で素晴らしかった。今回のビパーシャーは基本的にミスキャスティングだと思っているが、この「Bipasha」だけは彼女の魅力が全開だった。また、歌でもってストーリーを展開するのもインド映画の大きな特徴で、マークとマギーの仲直りを象徴する「Mujhko Teri Zaroorat Hai」も効果的に使われていた。ちなみに音楽監督はサリーム・スライマーンのコンビである。

 ロケ地はムンバイー、ギリシア、ゴア。特にギリシアのシーンは白い建物群や真っ青な海など、エキゾチックな風景が続き、美しかった。

 「Jodi Breakers」は、円滑な離婚を演出する離婚専門家を主人公にした映画だが、その部分は意外に重要ではなかった。むしろロマンスの部分で、インド映画にしては先進的な内容となっており、ロマンス映画の多様化を感じさせられる。インターミッションの使い方もうまい。しかし、ビパーシャー・バスのキャスティングをはじめ女性キャラに難があり、残念ながらパーフェクトな映画とは言い切れなかった。それでも2月に公開された3作のロマンス映画の中ではもっとも王道に近く、楽しみやすい作品だと言える。