Tahaan

4.0
Tahaan
「Tahaan」

 ヴィシャール・バールドワージ監督の「Makdee」(2002年)以来、ヒンディー語映画界では盛んに子供向け映画が作られるようになった。アニメのレベルも徐々に上がって来ており、アニメに対して厳しい鑑識眼を持つ日本人の鑑賞に耐えられそうなアニメ映画も今後公開予定である。例えば、ディズニーが制作に全面協力した3Dアニメ映画「Roadside Romeo」(2008年)や、今後公開予定のディズニー風アニメ映画「Arjun: The Warrior Prince」(2012年)などが期待できる。だが、2008年9月5日公開の「Tahaan」は、子供が主人公ではあるが、そのテーマはとても重く、完全にシリアスな映画を好む大人向けの作品となっている。実際に起こった出来事をもとに脚色された映画とのことである。

監督:サントーシュ・シヴァン
制作:シュリーパール・モーラーキヤー、ムビーナー・ラタンジー
出演:プーラヴ・バンダレー、ヴィクター・バナルジー、サリカー、サナー・シェーク、ラーフル・カンナー、アヌパム・ケール、ラーフル・ボース、アンクシュ・ドゥベー、デーイリヤ・ソーネーチャー
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 カシュミール地方の山村に住む8歳の少年タハーン(プーラヴ・バンダレー)は、父親から与えられたロバのビールバルを大事にしていた。だが、父親は数年前に行方不明になったきりであった。祖父(ヴィクター・バナルジー)が一家の家計を支えていたが、リンゴ貿易を手掛ける富豪ラーラージーからの借金はいつまで経っても返せなかった。タハーンは、祖父、言葉をしゃべれない母親のハバー(サリカー)、姉のゾーヤー(サナー・シェーク)と共に暮らしていた。

 ところがある日、祖父が急死してしまう。ハバーは借金返済のため、家財を売り払わなければならなくなる。ビールバルもラーラージーに売られてしまった。タハーンはラーラージーのところへビールバルを取り返しに行くが、ラーラージーの息子のクーカー(ラーフル・カンナー)は相手にしなかった。その内ビールバルは、物資を山の向こうへ運ぶことを生業にするスバーン・ダル(アヌパム・ケール)に売られてしまう。

 それでもタハーンは諦めなかった。スバーンに自分を雇ってくれと頼み込む。スバーンは追い払おうとするが、いつまでもタハーンが後を付いてくるので、遂には彼を受け入れることにする。スバーンの下ではザファル(ラーフル・ボース)という脳天気な男も働いていた。スバーンは、ザファルが引く馬の群れとタハーンが引くビールバルを競争させ、もしタハーンが勝ったらビールバルを返すと約束する。ロバと馬では全くスピードが違ったが、ザファルが途中でうっかりしている間にタハーンは追い抜き、競争に勝つ。ところがスバーンは約束を守らず、ビールバルを甥のヤスィーン(デーイリヤ・ソーネーチャー)にあげてしまう。

 傷心のタハーンは泣きながら家に帰るが、その途中、イドリース(アンクシュ・ドゥベー)という青年と出会う。イドリースは、バーバーがビールバルを取り戻すのを手伝ってくれると言い、言葉巧みにタハーンをバーバーのところへ連れて行く。そこは、カシュミール分離派テロリストの秘密基地であった。タハーンは手榴弾を渡される。

 次にスバーンが物資を運ぶときにタハーンもまた雇われることになった。タハーンは手榴弾をリンゴの中に隠しながら山の向こうにあるインド陸軍のキャンプへ持ち込む。そこでイドリースが待ち構えており、手榴弾を陸軍に向かって投げればビールバルが戻って来ると耳打ちする。だが、タハーンはそうすることができず、手榴弾を河の中に放り込む。だが、そのときタハーンは行方不明になっていた父親を発見する。

 家に戻ったタハーンは、母親に父親を見たと告げる。一方、スバーンもヤスィーンに説得されてビールバルをタハーンに返すことを決め、翌朝タハーンの家にビールバルを届ける。

 カシュミール問題を直接的または間接的に扱った映画は、「Roja」(1992年)、「Mission Kashmir」(2000年)、「Sheen」(2004年)、「Yahaan」(2005年)など、インドで数多く作られているが、この「Tahaan」は、カシュミール地方の緊迫した情勢を背景に、子供のミクロな視点からカシュミールの人々が直面する問題に切り込んだ作品であった。

 核となるストーリーは本当に些細なものである。家の経済的事情により、かわいがっていたロバが売られてしまったため、主人公の8歳の少年タハーンは、それを取り戻すために奮闘する。そして映画の最後でタハーンはロバを取り戻す、という筋である。

 だが、この単純でほのぼのとしたストーリーの中に、インド陸軍が駐屯するカシュミール地方の緊迫感、戦争やテロで殺された人が家族にいない人はいないというカシュミールの人々の過酷な現状、かつてカシュミール・パンディトたちが住んでいた村の跡、そして子供すらテロの道具として利用しようとするカシュミール分離派テロリストたちの暗躍など、決してのほほんと見てられない内容となっている。

 「この山々は誰のものか?」カシュミール分離派に属する青年イドリースはタハーンに語りかける。おそらくカシュミール分離派の人々にとって、その答えは「カシュミール人のものだ」ということになるのだろう。だが、映画の中でもっともその問いに力強く答えていたのは、スバーンの言葉であった。「この山々は誰のものでもない。我々が彼らのものなのだ。我々は山を自分のものにしたと考えるが、結局我々は死んだ後に彼らのものになって行く。」この言葉こそが、分離派に対する監督のメッセージであろう。

 だが、映画の根底にあるメッセージは、どんなに不幸のどん底にいても、希望を捨てなければきっと暗闇の中に光が差し込む、といったものであった。

 これらが、サントーシュ・シヴァン監督のトレードマークとも言える、美しい自然描写と共にスクリーンに描き出されており、とても芸術性の高い作品に仕上がっていた。おそらくパハルガームの辺りでロケが行われたと思われる。カシュミールの雄大な雪景色だけでも圧倒される。

 主人公タハーンを演じたプーラヴ・バンダレーは今回が初の映画出演のようだが、それを感じさせない堂々とした演技であった。映画の最大の功労者は彼である。それに加え、アヌパム・ケール、ヴィクター・バナルジー、ラーフル・ボース、サリカーと言ったベテラン俳優たちが周りを固めていたため、キャスティングに死角はなかった。

 「Tahaan」は、芸術映画志向の映画ファンにオススメしたい映画である。カシュミール問題をベースにしているが、さらに大きなメッセージを感じることができる美しい作品だ。