Arjun: The Warrior Prince

4.0
Arjun: The Warrior Prince
「Arjun: The Warrior Prince」

 ヒンディー語アニメ映画の金字塔といえば「Hanuman」(2005年)である。「ラーマーヤナ」に登場する猿の将軍ハヌマーンを主人公にした、インド初の商業アニメーション映画で、技術的にはまだまだ未熟な点が散見されたものの、目新しさからか、インドでは大ヒットを記録した。元々子供向け映画がジャンルとして確立しつつあった頃で、このアニメーション映画を機に、インドでも本格的にアニメーション映画が作られるようになった。「Hanuman」の続編「Return of Hanuman」(2007年)まで作られた。しかしながら、「Hanuman」ほどの成功を収めたアニメーション映画はなかった。

 ところで、「Hanuman」の亜種ともいえるアニメーション映画が巷に溢れていた2008年頃に、全くレベルの違う映像を見せつけるインド製アニメーション映画の予告編が劇場で流れるようになった。それが「Arjun: The Warrior Prince」であった。こちらは「マハーバーラタ」の主人公アルジュンを主人公にした叙事アニメである。ウォルト・ディズニーが制作に参加しているだけあり、正にディズニー・レベルの息を呑む映像で、期待はいやが上にも高まった。ところがその後ちっとも噂を聞かなくなってしまったのである。

 そんな映画の存在もすっかり忘れていたこの2012年5月25日、突然「Arjun: The Warrior Prince」が公開となった。アニメーションは、3DCGをベースに、2Dアニメ的なレンダリングを施している。元々UTVトゥーンズがアニメーションを担当していたようだが、途中からターターElxsiが受け持ったようだ。どちらもインド企業であり、国産アニメと呼んで差し支えないだろう。2010年には既に完成していたようだが、ようやく公開に漕ぎ着けたようだ。

 ちなみに、日本において「マハーバーラタ」の登場人物はサンスクリット語読みする方が一般的だが、下のあらすじなどでは映画に合わせてヒンディー語読みしている。

監督:アルナブ・チャウダリー
制作:ロニー・スクリューワーラー、スィッダールト・ロイ・カプール
音楽:ヴィシャール・シェーカル
声優:ユッドヴィール・バコーリヤー、アンジャン・シュリーワースタヴ、サチン・ケーデーカル、イーラー・アルン、ヴィシュヌ・シャルマーなど
備考:DTスター・プロミナード・ヴァサントクンジで鑑賞。

 ヴィラート王国の王子は血気盛んな少年で、乳母から戦士アルジュンの話を聞く。

 ハスティナープル王国では盲目の王ドゥリタラーシュトラの長男ドゥリヨーダンら百兄弟と、その従兄弟である五兄弟ユディシュティル、ビーム、アルジュン、ナクル、セヘデーヴの間で火花が散っていた。彼らは軍師ドローナーチャーリヤの下で修行を積んでいたが、戦士としての才能でもっとも秀でていたのはアルジュンであった。

 ドゥリヨーダンは、王位をユディシュティルに簒奪されることを恐れ、叔父のシャクニの入れ知恵により、五兄弟を追い落とそうとするがなかなかうまく行かない。あるとき五兄弟とその母親クンティーを古い屋敷に送り込み、放火して焼き殺そうとする。五兄弟は脱出するが、ドゥリヨーダンはしばらく五兄弟が焼死したものと考えていた。

 五兄弟は正体を隠しながら逃亡生活を送っていたが、あるときパンチャーラ王国で、ドゥルパド王の娘ドラウパディーのスワヤンバル(花婿自選式)が行われることを聞き、アルジュンが駆けつける。現在五兄弟の元には軍隊も何もなかったが、ドラウパディーを娶ればパンチャーラ王国の軍勢を味方に付けることができるとの計算であった。アルジュンは見事スワヤンバルで武勇を示してドラウパディーを勝ち取る。

 ドラウパディーと共に五兄弟はハスティナープルに戻る。喜んだドゥリタラーシュトラ王は、五兄弟に褒美として王国の一部カーンダヴプラスタを与える。五兄弟は、突然訪れたクリシュナの導きにより、森林地帯だったカーンダヴプラスタに壮麗な首都インドラプラスタを建造する。そしてユディシュティルは諸国の王を招いて壮大な戴冠式を執り行う。

 ところがシャクニは、戴冠式の日にユディシュティルが何も断れない立場にあることをいいことに、サイコロ賭博の勝負を挑む。シャクニはサイコロ賭博の名人で、ユディシュティルから金品、軍勢、王国、兄弟まで、ありとあらゆる物を賭物として引き出して、全て勝ち取ってしまう。アルジュンの妻ドラウパディーまで奪われ、公衆の面前で屈辱を受ける。そして最終的にユディシュティルたちは、12年のヴァンワース(森林追放刑)と1年のアギャートワース(正体を知られずに1年過ごすこと)を科せられる。もし1年間のアギャートワース中に誰かに正体を知られてしまったら、また12年のヴァンワースを行わなければならなかった。

 アルジュンは兄弟たちと別れヒマーラヤへ向かい、神から力を授かるために修行をする。そこでシヴァ神と出会い、試練を受ける。その試練に見事合格したアルジュンは、神の弓矢を得る。

 ところで、乳母からアルジュンの話を聞いていた王子は、なぜこの乳母がそんな話を知っているのか不思議がっていた。実はこの乳母こそがアルジュンであった。ユディシュティル、ビーム、ナクル、セヘデーヴも正体を隠してヴィラート王国に住んでいたのだった。もうすぐアギャートワースの期間が切れようとしていた。ドゥリヨーダンはあちこちに密偵を派遣しており、ヴィラート王国にクリシュナが現れたとの情報を得る。ドゥリヨーダンはヴィラート王国にユディシュティルたちがいるに違いないと考え、まずは陽動作戦を行ってヴィラート軍を別方向におびき出し、次に大軍でもって王城を包囲する。軍を指揮するのは大老ビーシュムで、軍師ドローナーチャーリヤも参加していた。

 全兵隊が出払ってしまっており、ヴィラート王国は絶体絶命のピンチを迎える。だが、王子は勇敢にもハスティナープル軍に立ち向かうことを宣言する。王子の御者として乳母が選ばれた。ドゥリヨーダンは少年が女性の御する馬車に乗って現れたことに油断するが、乳母は馬車を森の方向に駆り、そこに隠してあった武器を取る。そして正体を現わしハスティナープル軍に立ち向かう。ちょうどそのとき1年のアギャートワースが終わったところであった。

 アルジュンはシヴァ神から授かった弓で大軍をなぎ倒し、ドゥリヨーダンに迫る。その前に師であるドローナーチャーリヤと一戦を交えなければならなかったが、その戦いはドゥリヨーダンの妨害により未決に終わる。アルジュンはドゥリヨーダンと一騎打ちをし、打ち負かすが、命までは取らなかった。ヴィラート王国から軍を引き返す約束を取り付け、アルジュンは王子と共に悠々と王城に引き返す。

 まずは圧倒的な映像美に圧倒された。時代考証の突っ込み所は多いのだが、それには敢えて触れない。豪華絢爛な古代インドの王国の様子を素晴らしい映像で描写し切っていた。インドやネパールに現存する遺跡をベースにしていると思われたが、「マハーバーラタ」の世界観を損なわない、背景の隅々まで手抜かりのない高品質なアニメーションであった。動きも滑らかであるし、アングルや映像効果なども世界レベル。世界に出しても恥ずかしくないレベルの映像だった。所々でインド人っぽい仕草が再現されているのも面白い。筆者が個人的に気に入ったのは、象兵が象の上によじ登るシーンである。

 ストーリーの観点で面白かったのは、主人公アルジュンを、最初から完璧な戦士としてではなく、潜在的な才能を秘めながらもそれをまだ開花できておらず、様々な出来事に直面して悩みながら一人前の戦士として成長して者として描いていたことだ。新しいアルジュン像を感じた。

 また、インドの神話や伝承をベースにしてアニメーションを作ると、どうしても神様や悪魔が登場し、ファンタジー映画のようになってしまうきらいがあるのだが、「Arjun: The Warrior Prince」は、極力地に足の付いた表現方法を採用していた。つまり、ほとんどの登場人物は完全なる人間であった。神々しく描かれることの多いクリシュナもまた、一人の人間として描写されていた。唯一、シヴァ神だけが超人的な姿で描写されており、シヴァ神がアルジュンに授けた弓が魔法の力を持っていた。しかし、それ以外はファンタジー要素はほとんどなく、歴史アニメーションと言い換えても差し支えのないものであった。

 あらすじを読めば分かる通り、意外にも「Arjun: The Warrior Prince」では、マハーバーラタ戦争までは描かれておらず、12年のヴァンワースと1年のアギャートワースが終わった時点でストーリーは完結している。続編を作ろうと思えば作れるだろうが、本作の終わり方を見る限り、これで完結というつもりだろうと感じた。本作の主眼もアルジュンの成長であり、マハーバーラタ戦争前で区切りを付けたのは英断だったと言える。

 「マハーバーラタ」を2時間の子供向けアニメーション映画として再編するにあたり、多少原作から離れた部分もいくつかあった。ドラウパディーは五兄弟の共通の妻となるのだが、そういう説明は全くなかったし、サイコロ賭博のシーンで、ドラウパディーが公衆の面前で服を引きはがされる有名なシーンもなかった。マハーバーラタ戦争前でストーリーを完結するに辺り、クリシュナがアルジュンに説く「結果を恐れず義務を遂行すべし」という教えも、インドラプラスタ建造前に済ませてしまっていた。ただ、これらの改変は必要悪であり、この点でもってこのアニメーション映画の評価が下がることはない。むしろ、ドゥリタラーシュトラ王の妻ガンダーリーがなぜ目を覆っているのか、カルンはなぜアルジュンに敵意を燃やしているのかなど、説明不足のところがあり、やはり原作を知っていないとすんなり入って行けない部分があった。そこはナレーションでうまく切り抜けられなかったのだろうか?

 「Arjun: The Warrior Prince」ならではの工夫としては、ヴィラート王国の王子が乳母(実はアルジュンの変装した姿)から、五兄弟が追放刑となるまでの話を聞くという点にある。誰もが慣れ親しんでいる神話伝承をベースにした物語は得てして退屈な展開になってしまいがちだが、このトリックのおかげで効果的なツイストが用意されていた。

 言語はサンスクリット語の語彙を多用したヒンディー語である。特に乳母の回想シーンでは純ヒンディー語のみが使われる。しかしながらヴィラート王国の王子の言葉には、「アラグ」や「ザルーリー」など、アラビア語・ペルシア語からの借用語が使われており、その辺りはどうしてそうなったのか興味あるところである。

 総じて、「Arjun: The Warrior Prince」は、またひとつインド産アニメ映画の金字塔を打ち立ててもおかしくないほどのレベルの作品だと評価できる。ある程度原作の知識のある人には断然オススメの映画だが、「マハーバーラタ」を読んだことがなくても興味がある人なら大部分は楽しめるだろう。「マハーバーラタ」への導入としては最適だといえる。また、単純にアニメーション映画としても、アニメにうるさい日本人の目にも決して見劣りしない。