Heyy Babyy

4.0
Heyy Babyy
「Heyy Babyy」

 2007年のヒンディー語映画界は不作が続いていたのだが、後半に入りだいぶ持ち直してきた。現在サルマーン・カーンとゴーヴィンダーのコメディー映画「Partner」(2007年)が大ヒット中であり、シャールク・カーン主演の女子ホッケー映画「Chak De! India」(2007年)も調子がいい。さらに、2007年8月24日から公開の「Heyy Babyy」もチケット入手が困難なほど流行っている。

 たまたま所用でムンバイーに来ており、夜時間があったので、ホテルの近くにあった映画館リバティーで「Heyy Babyy」を鑑賞した。マルチコンプレックスではなく、昔ながらの単館であったが、ムンバイーの映画館の素晴らしさを改めて感じた。音響施設はデリーのPVRなどに劣るが、観客の熱気がすごい。映画を楽しみに来ているという雰囲気で映画館が満たされるのである。しかもちょうど今日はラクシャーバンダン祭であったため、いつもより数割増しに盛り上がっていたかもしれない。

 リバティーでは映写にデジタルシアターが使用されていた。現在インドの田舎を中心に映画館でデジタルシアターが革命を起こしているという話を聞いていたのだが、実際にデジタルシアターを見る機会に今まで恵まれなかった。だが、ちょうどリバティーはデジタルシアター化された映画館だった。デジタルシアターの詳しい仕組みは省略するが、それを利用すると、衛星から映画のデジタルデータをダウンロードできるため、僻地でも最新の映画を上映することが容易になる。また、上映回数が記録されるので、上映データの収集や興行収入計算にも便利である。映画を観ていてすぐに分かるデジタルシアターの特徴は、リールとリールの継ぎ目がないことである。通常のリールでは、ひとつのリールが終わりそうになると右上に点が出て継ぎ目であることが示されるが、デジタルシアターはデジタルデータであるため、画像は完全に連続している。また、映画上映前に、ビデオ再生時にTV画面に出て来るような表示が出るので、デジタルシアターであることが分かる。

 どうやらマハーラーシュトラ州の映画館では、映画上映前に国歌が流れるようだ。スクリーンに風になびくインド国旗が映し出され、国歌が流れ出す。そうすると観客は皆起立しなければならない。一緒に国歌を歌っている人もけっこういた。国歌が終わると誰かが「ジャイ・マハーラーシュトラ!」と叫び、けっこうな数の人がそれに反応していた。マハーラーシュトラ州は愛州主義がけっこう強烈である。

監督:サージド・カーン
制作:サージド・ナーディヤードワーラー
音楽:シャンカル=エヘサーン=ロイ
作詞:サミール
振付:ファラー・カーン、ギーター・カプール、ヴァイバヴィー・マーチャント
出演:アクシャイ・クマール、ファルディーン・カーン、リテーシュ・デーシュムク、ヴィディヤー・バーラン、ボーマン・イーラーニー
特別出演:シャールク・カーン、アヌパム・ケール、アミーシャー・パテール、コーエナー・ミトラー、ディーヤー・ミルザー、シャミター・シェッティー、ネーハー・ドゥーピヤー、マラーイカー・アローラー、アムリター・アローラー、アムリター・ラーオ、ターラー・シャルマー、ミニーシャー・ラーンバー、リヤー・セーン、ソフィー・チャウダリー、マースーミー、アールティー・チャブリヤー、リシター・バット、セリナ・ジェートリー、キム・シャルマー
備考:リバティー(ムンバイー)で鑑賞。

 アルーシュ(アクシャイ・クマール)、タンマエ(リテーシュ・デーシュムク)、アル(ファルディーン・カーン)はシドニー在住のインド人プレイボーイ三人衆だった。彼らにとってナンパは朝飯前であった。ところがある日、三人の住む家の前に生まれたばかりの女の子が置き去りにされていた。三人の内の誰かが関係を持った女性が産んだ子供のようだった。だが、いくら調べても誰の子供か分からなかった。仕方がないので三人で協力して育てることになった。それ以来、子育ての経験ゼロの三人は、赤ちゃんの世話に追われることになる。そのおかげで三人は職を失ったり大損したりする。怒った三人はクリスマスイブの日に赤ちゃんを捨てることを決める。三人がバーに入って飲んでいると、突如大雨が降り始める。赤ちゃんが心配になった三人は捨てた場所まで戻る。赤ちゃんは溺死寸前の状態となっていた。三人は急いで赤ちゃんを病院に連れて行く。助かる見込みはほとんどなかったが、奇跡的に赤ちゃんは一命を取り留める。それ以来、三人は愛情と共に赤ちゃんを育てるようになる。赤ちゃんはエンジェルと名付けられた。

 ところがある日、一人の男(ボーマン・イーラーニー)が家を訪ねてくる。その男は政府の役人だと名乗り、赤ん坊が適切に育てられているか調査しに来たと言う。だが、その男は、エンジェルの母親イーシャー(ヴィディヤー・バーラン)の父親であった。イーシャーは、アルーシュが恋した女性だった。つまり、エンジェルはアルーシュとイーシャーの子供であった。

 親戚の結婚式に出席するためにインドへ行ったアルーシュは、そこでイーシャーと出会った。アルーシュはイーシャーの気を引くためにプレイボーイのスキルをフル活用し、彼女をものにする。だが、他の女性とベッドに寝ているところをイーシャーに見られてしまい、アールシュは一方的に振られてしまった。イーシャーは妊娠し、出産したが、父親は娘の出産を認めず、子供を勝手にアルーシュの家に捨てて来てしまった。そしてイーシャーには子供は死んだと伝えた。彼が一度アルーシュの家を身分を偽って訪ねたのは、赤ちゃんが無事かどうかを調べるためであった。だが、あるとき父親はイーシャーに、子供が生きていることをしゃべってしまう。

 イーシャーは警察と共にアールシュの家を訪れ、エンジェルを連れて行ってしまう。エンジェルなしの生活が耐えられないほどエンジェルのことを愛していた三人は、何とかエンジェルを奪い返す方法を考える。だが、アールシュはイーシャーのことを愛していた。彼はイーシャーを訪ね、許しを請う。だが、イーシャーは許そうとしなかった。代わりに二人の間では契約が交わされる。それは、7日以内にイーシャーが子持ちの女性と結婚することを認める別の男性と結婚できたらエンジェルはイーシャーのもの、結婚できなかったらアルーシュのもの、というものであった。また、イーシャーの父親もアルーシュと娘の結婚を望んでおり、彼に影ながら協力することにした。

 アルーシュは、タンマエとアルを使って何とか7日間イーシャーが結婚できないようにするが、その作戦はイーシャーにばれてしまう。イーシャーは激怒し、父親とも縁を切り、エンジェルを連れて家を出ようとする。アルーシュ、タンマエ、アルはイーシャーを追いかけ、最後の説得をするが、イーシャーは飛行機に乗って行ってしまう。

 家に帰った三人はひどく落ち込んでいた。ところがそこにイーシャーとエンジェルが戻って来る。エンジェルに対する三人の愛情に負けたのだった。こうしてアルーシュとイーシャーは結婚することになった。

 3人のプレイボーイが1人の赤ちゃんに右往左往するのが主な笑いどころのコメディー映画かと思ったが、それで笑いを取っていたのは序盤だけで、残りの部分は笑いあり涙ありのバランスの取れた娯楽映画であった。歌と踊りも気合が入っていた。「Partner」と並んで2007年を代表するコメディー映画となるだろう。

 全体に渡って爆笑シーン満載だったが、やはり何と言っても一番の見所は突然子育てをしなくてはならなくなった男たちのハチャメチャ振りであろう。「一体赤ちゃんは何を食べるのか?」という基本的な疑問から始まり、パンパースの交換や夜泣きまで、子育ての大変さが面白おかしく描かれていた。

 三人がエンジェルへの愛情に目覚めるきっかけは、一度捨て去ったエンジェルがその後降り出した大雨により瀕死の状態になったことだ。エンジェルを病院に運び込んだ三人は、医者から「ほとんど望みがない」と言われる。三人は罪の意識に苛まれる。全くイスラーム教徒らしい生活を送っていなかったアルは、そのとき初めて礼拝をし、神にエンジェルの無事を祈る。その甲斐があり、エンジェルは一命を取り留める。三人はエンジェルの足に手を触れ、もう二度と見捨てたりしないと誓う。インドでは通常、年下の人が年上の人の足に触れて敬意を表す。だが、このシーンでは三人の成人男性が、生まれたばかりの赤ちゃんの足を触れるのである。ある意味非常に衝撃的なシーンであった。子育ての心構えの最も重要なことを観客に伝えるのに十分であった。

 三人は娘を愛する父親の気持ちに目覚め、それは同世代の女性に対する敬意へと昇華する。そして、今まで女の子たちをポイ捨てにして来たプレイボーイたちが、元彼女一人一人に謝って行く。この辺りはインド映画の道徳性を強く感じた。

 子育ての大変さと共に喜びもうまく映画のストーリーに組み込まれていた。三人はエンジェルに一生懸命「ダディー(お父さん)」という言葉を言わせようとするが、エンジェルはなかなか言葉をしゃべろうとしなかった。だが、クライマックスのシーン、イーシャーが家を出てエンジェルを連れて飛行機で去って行こうとするときに、エンジェルは三人に「ダディー」と呼び掛ける。三人は涙して喜ぶが、エンジェルは連れて行かれてしまう。だが、その三人の喜び様がイーシャーの心を動かした。イーシャーはエンジェルと共にアルーシュらのところへ戻って来る。

 主演はアクシャイ・クマール、ファルディーン・カーン、リテーシュ・デーシュムクの三人。アクシャイはいつの間にか最も信頼できる男優の一人となっており、最近堅実にヒット作を重ねている。「Heyy Babyy」でも見事なコメディアンヌ振りを見せていた。ファルディーン・カーンも悪くなかったが、リテーシュ・デーシュムクがかなり頭角を現して来たことをひしひしと感じた。デビュー当初はすぐに消えるだろうと思っていたが、「Masti」(2004年)や「Kyaa Kool Hai Hum」(2005年)、「Malamaal Weekly」(2006年)など、毎年優れたコメディー映画に出演しており、この「Heyy Babyy」でコメディーもできるヒーロー男優としての地位を確固たるものとしたといっていいだろう。もはや彼の成功は、マハーラーシュトラ州のヴィラースラーオ・デーシュムク州首相の七光りではなく、自身の実力によるものだ。

 ヒロインのヴィディヤー・バーランは、今一番成長が楽しみな女優である。今回は少しきつめの女性を演じた。デビュー作「Parineeta」(2005年)のときとは別人のようである。彼女は毎回違った魅力を見せることに成功しており、とても潜在力を持った女優だと改めて感じる。

 「Heyy Babyy」は密かに特別出演が超豪華な映画だった。まずは何と言ってもシャールク・カーンが特別出演するのが目玉だ。ミュージカル「Mast Kalandar」でド派手な登場をし、観客を沸かせる。それに加え、現在二流~三流の位置にいるヒンディー語映画女優たちが総出演する。総出演というのは大袈裟な表現ではなく、本当に総出演するのである。特に冒頭のダンスシーン「Heyy Babyy」には大量の女優が少しだけ出演して踊りを踊る。はっきり言って、パッと見て全ての女優の名前が言えたらかなりのインド映画通だ。似たような顔の人が多いので、かなり混乱する。一応特別出演する女優の名前はあらすじの上に載せておいた。

 音楽はシャンカル=エヘサーン=ロイ。上で挙げた「Heyy Babyy」や「Mast Kalandar」は、彼ららしいアップテンポのダンスナンバーである。「Jaane Bhi De」は、アルーシュがイーシャーに許しを請うときに流れる曲で、ひたすら謝る歌詞とサンバっぽいリズムの融合が面白い。「Meri Duniya Tu Hi Re」は、「オ~オオオオ・・・」というコーラス部分の響きと振り付けが何となく心地よい。全体的に「Heyy Babyy」のサントラはシャンカル=エヘサーン=ロイの典型的な曲が揃っていてお買い得だ。

 「Heyy Babyy」は今年を代表するコメディー映画になることは間違いない。シャールク・カーンや大量のヒンディー語映画女優たちの特別出演も映画をゴージャスに引き立てている。今、「Partner」や「Chak De! India」と共にオススメしたい映画である。