2012年のデリー集団強姦事件をきっかけに女性の安全を最重要課題と捉えるようになったインドでは、女性の安全を守ることを名目に極端な手段も採られるようになった。その内のひとつが「アンチ・ロミオ部隊(Anti Romeo Squad)」である。公共スペースをパトロールし、いちゃついている男女を片っ端から逮捕することを使命とする警察官の組織であるが、ボランティアがそれを行うようにもなっており、ヒンディー語映画にも時々登場するようになった。アンチ・ロミオ部隊は、元々2017年の下院総選挙のときにインド人民党(BJP)のアミト・シャーが提唱したアイデアだったようなのだが、2018年にウッタル・プラデーシュ州選挙でBJPが勝利し、ヨーギー・アーディティヤナートが州首相になったことで実行に移され、それがインド全国に広まった。
2022年4月22日公開の「Operation Romeo」は、題名に「ロミオ」が入っていることからも推測できるように、いちゃついているカップルを取り締まるアンチ・ロミオ部隊が幅を利かせるインド社会を背景にした映画である。マラヤーラム語映画「Ishq: Not A Love Story」(2019年)の公式リメイクであり、実話をもとにした物語でもある。
監督は「Dasvidaniya」(2008年)や「Chalo Dilli」(2011年/邦題:デリーに行こう!)のシャシャーント・シャー。キャストは、スィッダーント・グプター、ヴェーディカー・ピントー、ブーミカー・チャーウラー、シャラド・ケールカル、キショール・カダムなど。また、「Dasvidaniya」や「Chalo Dilli」の主演ヴィナイ・パータクが特別出演している。
舞台はムンバイー。IT企業に勤めるアーディティヤ・シャルマー(スィッダーント・グプター)は、大学生のネーハー(ヴェーディカー・ピントー)と付き合っていた。ネーハーの誕生日、アーディティヤは彼女を夜のドライブデートに誘い出す。 アーディティヤはネーハーと初めてのキスをしたいと思い、病院の駐車場に自動車をとめ、キスをしようとする。ところがそこへ2人の警察官、マングレーシュ(シャラド・ケールカル)とパーティール(キショール・カダム)が現れる。マングレーシュとパーティールは公共の場でいちゃついていたアーディティヤとネーハーを責め始める。アーディティヤは何とか場を収めようとし、3万5千ルピーの賄賂を払うことで話がまとまる。アーディティヤの自動車にマングレーシュとパーティールも乗り込み、ATMまで行って金を下ろす。だが、彼がATMに行っている間、自動車の中に残ったマングレーシュとネーハーが何をしていたのか、アーディティヤは気になってしょうがなかった。 翌朝、アーディティヤはネーハーを家まで送り、別れる。それから1週間、アーディティヤは眠れぬ夜を過ごす。ネーハーからの電話にも出なかった。アーディティヤの姉の結婚式が終わり、彼は行動を始める。 アーディティヤはマングレーシュとパーティールが実は警察官ではなく、それぞれ救急車の運転手と仕立屋だということを突き止める。ガネーシュ・チャトゥルティー祭の日、アーディティヤはマングレーシュの家に押しかける。マングレーシュは留守だったが、妻のチャーヤー(ブーミカー・チャーウラー)と娘のリヤーがいた。アーディティヤはチャーヤーとリヤーを脅し、帰ってきたマングレーシュを襲って、彼に自分のしたことを告白させる。彼はパーティールにも復讐をした。 翌日、アーディティヤは寮までネーハーを迎えに行き、渡していなかった誕生日プレゼントの婚約指輪を渡そうとする。だが、ネーハーは受け取りを拒否する。
夜中に自動車の中でいちゃついていたアーディティヤとネーハーが、警察官を名乗る二人組、マングレーシュとパーティールに絡まれ、屈辱的な夜を過ごす。これがきっかけで二人の仲はギクシャクするようになってしまうが、特にアーディティヤを悩ませていたのが、彼がネーハーとマングレーシュを二人きりにした空白の数分間であった。ネーハーに何があったのか聞いても彼女は答えてくれなかった。しかも、アーディティヤはネーハーの前で男らしい行動を取ることができなかった。これが前半の内容である。
後半、優男に見えたアーディティヤは驚くべき行動に出る。マングレーシュの家を突き止めて押しかけ、その妻や娘に、自分たちがマングレーシュにされたようなことをするのである。そしてマングレーシュが帰宅すると、妻と娘の前で、彼が何をしたのかを曝露しようとする。そして、空白の数分間に何が起こったのかを白状させる。彼の語ったところでは、特に何もなかったとのことだった。
ここまでだったら、勝手にアンチ・ロミオ部隊的な行動を取る一般人たちへの警鐘と取ることができた。単に一緒にいるだけの男女に対して嫌がらせをする行動は、義侠心でも世直しでも何でもなく、大きなお世話だ。そしてそういう相互監視的な窮屈な社会の雰囲気を作り出すことは、結局は自分たちの身に返ってくる。そんな内容の映画だと受け止めることができただろう。
だが、アーディティヤのプロポーズをネーハーが拒否するラストで、そんな単純な解釈は完全に覆されてしまう。「Operation Romeo」は、題名こそアンチ・ロミオ部隊関連の内容を示唆しているが、それは表層にしか過ぎない。この映画が実際に提示しているのは、「マルダーンギー(男らしさ)」への強烈なボディーブローである。
まずは、深夜に男性といる女性に対して、取り締まりと称して嫌がらせをする偽の正義感が取り上げられている。だが、こちらはそれほど重要ではない。やはり注目しなければならないのはアーディティヤの行動や心情である。アーディティヤは、絡んできた二人に対して懇願するばかりで、ほとんど男らしい行動を取ることができなかった。結局、賄賂を渡して見逃してもらっていた。それにもかかわらず、マングレーシュに何をされたのか、ネーハーに「男として」知っておかなければならないと言う。それに対してネーハーは「男?」と聞き返す。それがアーディティヤの男性性を大きく傷付ける。
傷ついた男性性を回復するためにアーディティヤが取った行動は、自分たちがされたことをマングレーシュとパーティールにもするということであった。そしてその過程でマングレーシュがネーハーに何もしなかったという証言を得る。彼は、自分の恋人の貞操が守られたことの証明をもってして、自分の男性性が守られたと感じる。そして、ネーハーと仲直りすることにし、元の「クール」な状態に戻ることを提案する。そして彼女に、誕生日プレゼントとして用意していた婚約指輪を渡そうとする。
もし、アーディティヤが、マングレーシュやパーティールに復讐したことをネーハーに明かさなかったら、物語はきれいに終わっていたかもしれない。だが、アーディティヤは、捕まえたパーティールをネーハーの前で見せ、自分が彼らに復讐したことを示す。自分が男であることを証明しようとしたのだった。そして、マングレーシュから直接、空白の数分間に何もなかったことを聞いたと明かす。それを聞いたネーハーは、「もし何かあったら、クールに戻れる?」と聞く。アーディティヤはその問いをはぐらかす。ネーハーは、その態度を見て、指輪の受け取りを拒否する。
これは、アーディティヤとネーハーの間で、「男らしさ」の定義が異なったことからくる行き違いだと考えられる。ネーハーは、たとえ空白の数分間に何があったとしても、アーディティヤには無条件で自分を信用して欲しかったはずで、それを「男らしさ」と捉えていた。だが、アーディティヤは、マングレーシュの家に押しかけてまで空白の数分間に起こった真実を知ろうとし、それを「男らしさ」と捉えていた。逆に言えば、アーディティヤはネーハーを信用していなかった。それを知ったネーハーは、彼をもはや恋人として、もしくは将来の夫として、見られなくなってしまったのである。
当然、アーディティヤとネーハーの身に起きたことは、たまたまこの二人の間で起きたわけではなく、男性と女性の間で根本的に世界の捉え方が異なることが原因である。そして、どちらかというと男性側にその相違の責任があるという主張がこの「Operation Romeo」から感じられた。非常に優れた脚本であり、おそらく原作の「Ishq: Not A Love Story」に由来するものであろう。
アーディティヤを演じたスィッダーント・グプターと、ネーハーを演じたヴェーディカー・ピントーは、今まで全く名前を聞いたことがない俳優たちである。どちらも外見的には、そこら辺によくいそうな、少しルックスのいいインド人という感じだが、非常に繊細な演技をしていた。シャラド・ケールカルのねちっこい演技も良かったし、久々にスクリーンで観たブーミカー・チャーウラーも好演していた。
「Operation Romeo」は、BJP政権になって以来、インド全土で吹き荒れているアンチ・ロミオの嵐を時代背景にして作られた映画だが、「男らしさ」に対する男女の見解の違いを2時間の上映時間に凝縮した、もっと深い作品だ。低予算映画ではあるが、非常に引き込まれる内容で、正に脚本の勝利だといえる。