近年、ヒンディー語映画界では、おそらく偶然であろうが、航空分野に関する映画の製作が相次いでいる。しかも実話をもとにしたストーリーであることが多い。その種の映画としては、「Neerja」(2016年)、「Airlift」(2016年)、「Bhuj: The Pride of India」(2021年)などが挙げられる。宇宙まで含めれば「Zero」(2018年)や「Mission Mangal」(2019年/邦題:ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画)を含めてもいいだろう。実際に航空機などを使って撮影すると莫大な製作費が掛かるが、CGの技術が発達したことで、意外に予算を掛けずに作れるようになったこともその一因なのかもしれない。
2022年4月29日公開の「Runway 34」も航空映画のひとつである。しかも実話にもとづいている。2015年8月18日に、ドーハ発コーチ行きのジェット・エアウェイズ9W555が、悪天候のためにコーチの空港に着陸できず、トリヴァンドラムに行き先変更となった。しかし、トリヴァンドラムでも悪天候に見舞われ、燃料も尽きる中、見事にトリヴァンドラム空港に着陸させた。一般にはあまり知られていない出来事だと思われるが、これが映画化されたのである。
監督はアジャイ・デーヴガン。スター男優として活躍しているアジャイはこれまで「U Me Aur Hum」(2008年)、「Shivaay」(2016年)を監督し、自身が主演を務めてきた。この「Runway 34」は主演監督3作目になる。
その他のキャストは、アミターブ・バッチャン、ラクル・プリート・スィン、ボーマン・イーラーニー、アーカーンクシャー・スィン、キャリーミナティー、リシケーシュ・パーンデーイなどである。キャスティング上でユニークなのは、インド人YouTuberのキャリーミナティー(CarryMinati)が本人役で起用されていることである。インド映画がYouTuberを起用する時代になったのは象徴的だ。
2015年8月17日、ベテランパイロットのヴィクラーント・カンナー(アジャイ・デーヴガン)はコーチ行きの飛行機スカイライン777に機長として乗り込む。副機長はターニヤー・アルバカーキー(ラクル・プリート・スィン)であった。また、ヴィクラーントの娘の誕生日は翌日で、彼は娘と妻のサマイラー(アーカーンクシャー・スィン)に、誕生日までに必ず帰ると約束していた。 コーチは悪天候に見舞われており、着陸は困難だった。ヴィクラーントはコーチ上空でギリギリまで粘るが天候は回復しなかった。そこでトリヴァンドラムに針路変更する。だが、そのときサイクロンがトリヴァンドラムに向かっており、トリヴァンドラムの管制塔は、飛行機をトリヴァンドラムに向かわせないように通知を出した。コーチの管制塔にもその通知が届いていたが、それは運悪く管制官が体調不良を訴えて交替したタイミングで、スカイライン777に通知が届かなかった。 トリヴァンドラムの管制塔では、スカイライン777が接近してきたことで大騒ぎになる。燃料が残り少なかったため、視界ゼロの中で強制的に着陸することになる。向かい風となるランウェイ16からの着陸には失敗し、浮上する。そこでヴィクラーントは、追い風となるランウェイ34からの着陸を要請する。そして着陸を成功させる。 困難な着陸を成功させたヴィクラーントは一躍ヒーローになるが、航空事故捜査局(AAIB)のナーラーヤン・ヴェーダーント局長(アミターブ・バッチャン)は自ら事件を担当し、パイロットであるヴィクラーントとターニヤーに落ち度がなかったか調査を始める。そこでは、ヴィクラーントが操縦中に飲酒をしていた疑いが浮上する。スカイライン社のニシャーント・スーリー社長(ボーマン・イーラーニー)は、何とかこのピンチを切り抜けようと、パイロット2人に黙秘を強要する。 それでも、様々な調査の上で、ヴィクラーントはスカイシミュレーターで自分の操縦技術をナーラーヤンに見せ、彼の信頼を勝ち取る。ナーラーヤンはヴィクラーントとターニヤーを3ヶ月の停職処分にするに留めた。
前半と後半ではガラリと雰囲気が変わる映画だ。前半は、サイクロンが近付くトリヴァンドラム空港に飛行機を着陸させるという困難なミッションに、ベテランパイロットのヴィクラーントが果敢に取り組み、見事成功させるまでを描いたスリリングな展開だ。てっきり着陸したらエンディングなのかと思ったら、まだ映画開始から1時間しか経っておらず、1時間半も上映時間が余っていた。一体この後何があるのかと思ったら、後半は一転して法廷劇になっていた。
どうも単に航空機を無事に着陸させただけでは駄目のようだ。乗客乗員に死傷者は出なかったものの、飛行機には持病を抱えた患者が乗っており、着陸後に病院に搬送されたものの、命を落としてしまった。インドには、航空事故の原因を追求し責任の所在を明らかにするAAIBという組織があり、今回の大事故寸前の出来事について調査を始める。槍玉に上がったのはヴィクラーントであった。
ヴィクラーントは過去1週間ほど毎日飛行機を操縦しており、疲労が蓄積していた。しかも前の晩にはドバイのバーで遅くまで飲み明かしており、体調は万全ではなかった。さらに、彼には禁煙の場所で煙草を吸う癖があり、有能なパイロットである一方で、ルールを守らない人物であることが示唆される。ドバイからコーチに向かうスカイライン777の中で彼が酒を飲んだと思われるシーンが映し出されるため、観客はてっきり彼が飲酒して操縦していたと考える。これらの要素がサスペンスを生み出していた。
しかしながら、AAIBがヴィクラーントをなぜここまで執拗に追及するのか、分かりにくい。もし彼が大事故を起こしていたならば分かるのだが、無事に着陸させている。乗客の一人が着陸後に亡くなってしまったのは不幸な出来事だが、元々持病を抱えていた人物であり、彼の行為との因果関係を証明することは難しい。よって、後半になるとストーリーにしっかり付いて行けなくなってしまう。
かといって前半は良かったかといえばそうでもない。飛行機が落ちるかもしれないという恐怖を煽ることで何とか緊迫感を出そうと努力していたのは認めるが、場面がコクピットと乗客席にほぼ限定された密室劇に終始しており、非常に小さくまとまってしまっていた印象である。
ラクル・プリート・スィンが演じた副機長ターニヤーは、なぜ出演を承諾しかのか分からないほど見せ場のない役だったし、ヴィクラーントと妻サマイラーの関係性も描写不足で、サマイラーを演じたアーカーンクシャー・スィンはさらに捨て置かれていた。後半、アミターブ・バッチャンとアジャイ・デーヴガンのやり取りに何とか光るものを見つけられた。
「Runway 34」は、アジャイ・デーヴガン主演監督の意欲作である。キャストは豪華で、見た目も派手だが、蓋を開けてみるととてもこぢんまりとまとまってしまっている。スリリングなシーンを前半に持ってきてしまったために後半が余計退屈に思えてしまうのも短所だ。アジャイは人気スターの一人だが、決して監督としての才覚が飛び抜けているわけではない。せいぜいアジャイの趣味で作った映画止まりであり、必要以上に騒ぎ立てることはない映画である。