Taxi No. 9211

4.0
Taxi No. 9211
「Taxi No. 9211」

 今日はPVRアヌパム4で、2006年2月24日公開の新作ヒンディー語映画「Taxi No. 9211」を見た。「9211」は「ナォ・ドー・ギャーラー」と読む。これはヒンディー語の慣用句のひとつであり、「逃げる」という意味である。直訳すれば「9+2=11」という意味だが、これがなぜ「逃げる」という意味になるのか、詳細は不明だ。ただ、「11」という数字は「徒歩」という意味がある。「ナンバー11のバスで行く」と言ったら、「歩いて行く」という意味になる。「11」という数字の形が、2本の足に見えるかららしい。

 「Taxi No. 9211」のプロデューサーは「Bluffmaster!」(2005年)を大ヒットさせたラメーシュ・スィッピー、監督は「Deewar」(2004年)のミラン・ルトリヤー、音楽はヴィシャール=シェーカル。キャストは、ナーナー・パーテーカル、ジョン・アブラハム、サミーラー・レッディー、ソーナーリー・クルカルニー、シヴァージー・サタム、クルシュ・デーブー、プリヤンカー・チョープラー(特別出演)、サンジャイ・ダット(ナレーション)など。

 ジャイ・ミッタル(ジョン・アブラハム)は大富豪実業家の御曹司だった。ところが病死した父親の遺言書には、全ての財産を親友のバジャージ(シヴァージー・サタム)に譲ると書かれていた。ジャイはバジャージを告訴し、本当の後継者は自分であると主張する。それを証明するため、まだ病気になっていなかったときに父親が書いた遺言書を裁判所に提出する必要があった。その遺言書は銀行のロッカーに預けてあった。だが、ジャイは昨晩、恋人のルーパーリー(サミーラー・レッディー)と別れた後に自動車をぶつけてしまい、タクシーで移動しなければならなかった。ジャイが乗ったのは、ラーガヴ(ナーナー・パーテーカル)の運転する9211番のタクシーだった。

 ラーガヴは、妻(ソーナーリー・クルカルニー)には保険会社に勤めていると嘘をつきながらタクシーの運転手をしている男であった。だが、ここ3ヶ月金に困っていた。急いでいたジャイはラーガヴにスピードを出すよう要求する。だが、スピードを出した途端、ラーガヴのタクシーは事故に遭ってしまう。ラーガヴは警察に連れて行かれた一方、ジャイは逃げ出して銀行へ向かう。だが、ロッカーを開けるために必要な鍵をどこかでなくしてしまっていた。事故に遭ったときにタクシーの中に落とした可能性が高かった。

 ジャイは警察署に行って、拘留されていたラーガヴに鍵のありかを聞く。ラーガヴは鍵を持っていたが、ジャイの態度が気に食わなかったので持っていない振りをする。気がすまないジャイはラーガヴの家まで行って、彼の妻にラーガヴがタクシーの運転手をしていることをばらしてしまう。真実を知った妻は、ラーガヴが自分に嘘をついていたことを知ってショックを受け、息子を連れて実家に帰るための列車のチケットを取る。警察から脱走して来ていたラーガヴは、ジャイが秘密をばらしたことを知って復讐を開始する。ジャイはラーガヴの妨害をかわして何とか裁判所まで辿り着く。裁判長は、明日の朝までに遺言書を持って来なかったらバジャージの主張を認めると宣告する。一方、ラーガヴはロッカーから遺言書を取り出して、ジャイの家に侵入して、遺言書をビリビリに破る。そのときジャイは、ラーガヴの息子が通う学校に行って話をし、うまくラーガヴをおびき出して警察に逮捕させることに成功する。だが、家に帰ったジャイは、遺言書が無残な姿になっているのを見て落胆する。これで勝訴の可能性はなくなった。ちょうどその日はジャイの誕生日だった。友人たちがジャイの家にやって来ていたが、みんな形だけの悔やみの言葉を述べて去って行ってしまった。恋人のルーパーリーすらもジャイのもとを去って行った。

 全てを失ったジャイは、ラーガヴを保釈させる。ジャイとラーガヴは、ジャイの家に行って一杯飲む。実は今日はラーガヴの誕生日でもあったことが発覚する。ジャイに同情したラーガヴは、ソファーの奥から遺言書を取り出す。破ったのはただのコピーであった。これでジャイは30億ルピー相当の父親の遺産を受け継ぐことが可能となった。そのお返しとして、ジャイは実家に帰ろうとしていたラーガヴの妻と息子を引き留める。駅まで行ったものの、虚しく家に戻って来たラーガヴは、ジャイが妻と息子を引き留めてくれたことを知って涙する。

 全く違う世界に住む2人の男の偶然の出会いから始まるトラブルに満ちた1日とその解決を描いた作品。2時間ほどの短い映画であり、典型的なインド映画の手法ではないが、それでもインド映画のエッセンスに満ちた点で高く評価できる。「Rang De Basanti」(2006年)と並んで、21世紀のヒンディー語映画の方向性を示してくれる映画と言えそうだ。

 主人公は大富豪の御曹司ジャイ・ミッタルと、タクシー運転手ラーガヴ・シャーストリー。二人の共通点と言えば、ムンバイーに住んでいること、自己中心的な性格であること、同じ誕生日であること、そして金の問題に巻き込まれていることであった。二人はお互いにお互いを罠にはめ合うまで険悪な状態になるが、お互い人生の敗北者となった途端に心を通い合わせるようになり、最後にはお互いがお互いに失ったものを取り戻すのに手を貸す。失ったものを取り戻しただけでなく、二人は今までの自分の自己中心的な態度の過ちを認識し、改心する。これは映画中のキャラクター設定の違いであるが、その二人を演じたジョン・アブラハムとナーナー・パーテーカルも全く違うタイプの男優であることも興味深い。ジョン・アブラハムはモデル出身の人気スターである一方、ナーナー・パーテーカルは圧倒的な演技力を武器に名声を獲得して来た曲者男優である。この二人が、お互いにお互いを打ち消すことなく、見事な調和を保っていたのも映画の魅力のひとつになっている。

 やはりナーナー・パーテーカルは素晴らしい演技である。特に最後のシーン、実家に帰ってしまったと思っていた妻や息子、そしてジャイを見て、「ハッピーバースデー、ハッピーバースデー」と2回つぶやいたり、誕生日ケーキを前に泣き崩れたりするところの演技から、彼の魅力をひしひしと感じた。大俳優ナーナー・パーテーカルを前に、ただでさえ発展途上の俳優ジョン・アブラハムは粗が目立ってしまうかと思われたが、全く遜色なかった。配役がよかったのだろうか、ジョン・アブラハムはこの映画でさらにスターの階段を駆け上がったと言えるだろう。

 ソーナーリー・クルカルニーは久々にスクリーンで見た気がする。「Bride & Prejudice」(2004年)以来か。いつの間にか既婚の女性が似合う女優になってしまっていた。サミーラー・レッディーは「Musafir」(2004年)での演技が印象的な女優だが、本作品での彼女はあまり魅力を感じなかった。彼女が演じたルーパーリーは、もっとゴージャスな女優が演じるべきであった。最後にプリヤンカー・チョープラーが特別出演するが、どちらかというとプリヤンカーの方が適役だったかもしれない。

 ちなみに、登場人物のミッタルやバジャージという名前は、実在のインド系大財閥から取られている可能性が高い。ミッタル財閥のラクシュミー・ナーラーヤン・ミッタルは世界有数の大富豪に数えられているし、バジャージ財閥はオートリクシャーや二輪車の製造で有名である。両者ともマールワーリー商人の家系である。

 音楽はヴィシャール=シェーカル。「Bluffmaster!」と非常に似たシャレた雰囲気の曲が多い。「Boombai Nagariya」や「Meter Down」などが名曲と言える。特に映画本編が終わった後に流れる「Meter Down(Rock N Roll Mix)」はいい。ジョン・アブラハムとナーナー・パーテーカルの変な服装と踊りにも注目。最近のヒンディー語映画には、エンドロール直前や最中に大団円またはオマケの性格の強いミュージカルが流れることが多くなってきた。「Kaal」(2005年)の最後に流れる「Tauba Tauba」ではジョン・アブラハム、ヴィヴェーク・オベロイ、イーシャー・デーオール、ラーラー・ダッターなどが大団円的ダンスを踊っていたし、「Bunty Aur Babli」(2005年)の最後に流れる「B n B」ではアミターブ・バッチャンがヒップホップな踊りを見せていたし、「Ek Ajnabee」(2006年)の最後に流れる「They Don’t Know」では、サンジャイ・ダットが特別出演していたし、「Aksar」(2006年)の最後に流れる「Jhalak Dikhlaaja」では、イムラーン・ハーシュミー、ウディター・ゴースワーミー、ディノ・モレアが登場して踊っていた。タイトルロールのときに本編とは関係ないミュージカルが流れるのは以前からあったが、エンドロールのミュージカルは一種のトレンドと言えるだろう。ジャッキー・チェンの映画のエンドロールに必ずNGシーン集が流れるのと似ている。

 映画は45日間の短期間でムンバイーの市街地において撮影されたらしい。ムンバイー在住の人にとっては、見慣れた場所がたくさん出て来るのかもしれない。リュック・ベッソン監督の「Taxi」(1998年)を髣髴とさせるカーチェイスシーンもあった。やたらと自動車がぶつかるシーンが多かったが、最も圧巻なのは、ラーガヴの愛車である9211番のタクシーが列車に激突されて木っ端微塵になるシーンであろう。

 「Taxi No. 9211」は、「Zinda」(2005年)や「Rang De Basanti」に続いてヒットを記録しそうな映画である。昨年12月の「Bluffmasteer!」、今年1月の「Zinda」や「Rang De Basanti」、そして2月の「Taxi No. 9211」と、ヒンディー語映画界には新感覚の面白い映画が続いており、2006年はなかなか好調な滑り出しをしていると言える。