Vishwanath & Sons (Tamil)

3.5
Vishwanath & Sons
「Vishwanath & Sons」

 2026年8月14日公開のタミル語映画「Vishwanath & Sons」は、結婚を断固拒絶する実業家が20歳年下の代理母に息子を生んでもらった後、その代理母から結婚を求められるという筋書きの、コメディータッチのロマンス・ファミリー劇である。

 監督は「Vaathi」(2023年/邦題:バーラ先生の特別授業)のヴェンキー・アトルーリ。音楽はGVプラカーシュ・クマール。主演はスーリヤー。ヒロインは「Jana Nayagan」(2026年)に出演のマミター・バイジュ。他に、ラーディカー・サラトクマール、ラヴィーナー・タンダン、ナーサル、ラージーヴ・メーナン、スニール・レッディー、ラグ・バーブー、バヴァーニー・スレー、アナールカリー・マリカール、ジョージ・マリヤンなどが出演している。

 チェンナイ在住のサンジャイ・ヴィシュワナート(スーリヤー)は裕福な実業家であり、また射撃の五輪金メダリストだった。父親ヴィジャイ(ラージーヴ・メーナン)は既に亡く、母親ニルマラー・デーヴィー(ラーディカー・サラトクマール)はサンジャイの結婚を急かしていた。だが、サンジャイは父親が女優アンジャリ(ラヴィーナー・タンダン)と二度目の結婚をし新たな家族を作ったことをトラウマとして抱えており、結婚しないことを決めていた。サンジャイは「孫が欲しい」という母親の願いを結婚せずにかなえるため、米国で代理母を使って息子を作り、家に連れて来た。息子はアバイと名付けられた。

 アバイは再生不良性貧血ちおう難病を発症し、母親の骨髄移植を必要とした。サンジャイは米国までアバイの母親に会いに行く。代理母は、マダナカーメーシュワリー・ジョーティリンガム、通称マディー・ジェイ(マミター・バイジュ)という22歳のタミル人女性だった。医学部で医師を目指すマディーは天涯孤独の身ということもあって学費の支払いに困っており、多額の報酬と引き換えに骨髄移植手術に同意する。マディーはサンジャイと共にチェンナイにやって来る。

 当初、ニルマラーは米国育ちで馴れ馴れしいマディーを気に入らなかった。だが、人懐こいマディーはすぐにサンジャイの家族や部下たちの心を勝ち取る。そしていつしか彼女はサンジャイに恋するようになり、彼との結婚を望むようになっていた。手術は成功し、アバイの病気は治った。サンジャイはマディーを米国に送り返そうとするが、マディーはニルマラーの後援も受けてそのままチェンナイに残り、アバイの親権を求めて訴訟を起こす。裁判長(ラグ・バーブー)はサンジャイに子育ての適性を求め、6ヶ月の監視期間を設ける。マディーはその間、サンジャイの家に住めることになった。

 監視期間中にニルマラーが急死し、サンジャイは落ち込む。アンジャリの娘メーグナー(バヴァーニー・スレー)の結婚式が行われることになり、サンジャイはマディーと共に久しぶりに生家のあるウダガマンダラム(ウーティー)を訪れる。そこでサンジャイはアンジャリと彼女の両親との間にあった確執を解決し、アンジャリを困らせていた地域のチンピラたちを手なずける。

 6ヶ月の監視期間が終わり、サンジャイはアバイの親権を認められた。マディーはサンジャイに懇願するが、彼は決して彼女と結婚しようとしなかった。とうとうマディーは怒って米国に帰ってしまう。マディーは大学で猛勉強し、首席で卒業する。サンジャイは成長したマディーと共に卒業式に出席する。

 題名「Vishwanath & Sons」は、劇中で主人公サンジャイが経営する会社の名前から取られている。「~& Sons」といった名前の会社はインドでは一般的である。だが、ポスターでは主演スーリヤーが赤ちゃんを抱っこする姿が大々的に使用されており、何となくスーリヤーがシングルファザーか何かになって子育てをする物語なのかと予想することになる。

 その予想は半分当たりで半分外れだ。確かにサンジャイが子育てに悪戦苦闘するシーンはある。だが、それは「Vishwanath & Sons」の数ある見どころのひとつに過ぎない。むしろ、サンジャイの息子アバイの登場シーンは限られており、かわいらしい赤ちゃんを前面に押し出して女性客やファミリー客を集客しようとする下心はほとんど感じられなかった。あくまで主演はスーリヤーである。タミル語映画ではスターシステムがあまりに強固なため、スターを差し置いてまで赤ちゃんをメインにする選択肢は採られにくいのだろう。だから、題名の「Sons」の部分はポスターで微笑む赤ちゃんのことではない。そもそも映画に登場する赤ちゃんは一人だけで、複数形の題名と合致しない。

 大企業の社長が子育てに手こずり、保育の大変さが強調されることで、これまでインド社会において家事育児をほぼ一手に引き受けてきた女性たちの偉大さが実感できるような描写も一瞬だけあった。だが、結局マギーの方もそれほど母親らしいことをしておらず、このメッセージは脆弱だった。やはりスターシステムがあるので、あまりスターに恥をかかせるような描写は控え目だったといえる。

 意外だったのは、サンジャイが代理母によって息子を得る点だ。インドでは一時期代理母が一大産業に膨れあがったが、政府による規制が入り、現在は独身男性が代理母で子供を持つことはできない。よってサンジャイは米国で代理母制度を使い、息子を得たのだった。サンジャイは父親の再婚のトラウマから結婚を忌避しており、母親の「孫が欲しい」という願いをかなえるために代理母を利用したのだった。よって、「Vishwanath & Sons」は代理母映画のひとつに数えることができる。

 さらに、アバイを生んだ代理母マディーは、サンジャイよりも20歳年下のタミル人女性であった。通常ならば代理母の個人情報は顧客には明かされないはずだが、アバイが難病を患い、母親の骨髄が必要になったことで、特別扱いされて代理母の情報が共有され、サンジャイはマディーに会うことができた。このマディーが20歳の年齢差を超えてサンジャイに恋をし、彼との結婚まで望むようになる。この要素を切り出せば、「Vishwanath & Sons」は年の差婚を題材にした映画に分類できる。結末では、サンジャイがマディーとの結婚を決断しそうな雰囲気を醸し出すが、それははっきりとは描かれておらず、観客の想像に任せられていた。おそらく、20歳の年の差婚を露骨に描くと拒絶反応が起きる恐れがあるため、わざと曖昧な終わり方にしたのだろう。

 ユニークな要素が盛りだくさんだが、結局この映画の核心は「許す」に尽きる。劇中には何かしらの怒りを抱えたキャラが登場した。娘の駆け落ちが許せない父親、夫の再婚が許せない妻、そしてサンジャイ自身は父親の再婚が許せない息子であった。だが、どんなに激しい怒りであっても時間が経てばその勢いは弱まり、いつか人間はそれを許すべきタイミングに直面する。そんなときに素直に相手を許すことができるかどうか、そんなことを問い掛ける映画だった。ニルマラーはかなり早い内に夫の第2の妻アンジャリを許す。幼い頃のサンジャイはそれを受け入れられなかったが、母親の寛容さを尊く感じるようになったサンジャイは、自らもそれに倣い、過去の怒りを忘れ人を許す勇気を得る。サンジャイがマディーとの結婚を頑なに拒んでいたのは父親に対する怒りからであったが、それを許せるようになったことで、マディーとの結婚にも障害がなくなった。

 全体的には感動的にまとめられていたが、このようなストーリーにおいてそこまでスターシステムを頑なに守る必要はあったのかという疑問は最後まで完全に払拭できなかった。まず、主人公サンジャイは理想的すぎる万能の男性だ。リッチだし、オリンピックの金メダリストだし、しかも優しい。多少頑固なところはあり、どうやら月に一回、海外にお忍びで行ってデートアプリか何かで女性と会って性欲を発散しているようでもあったが、基本的には典型的なヒーローだ。そして、全ての問題を彼が独力で解決してしまう。時には金の力で強引に解決することもあったが、自ら動いて仲違いしている人々を和解させるような努力もしていた。しかしながら、冷静に分析してみると、「Vishwanath & Sons」の脚本は、このような万能なヒーローがいなくても十分に成立したはずである。タミル語映画界のトップスターの一人であるスーリヤーが起用されたことで彼をスター扱いしなくてはならなくなり、元々もっとシンプルだった脚本にこのような派手な味付けがなされたのではないかと感じた。特に終盤の、メーグナーの結婚式のシーンは果たして絶対に必要だったのだろうか。スターシステムが足かせになって完成度を低めてしまった映画の一例なのではなかろうか。

 スーリヤーはいつもの通りであったが、「Vishwanath & Sons」で魅力を振りまいていたのはマディー役のマミター・バイジュだ。マラヤーラム語映画界で子役時代から活躍し、近年はタミル語映画でも存在感を示している。スーリヤーを相手にして一歩も引けを取っていなかった。また、アンジャリ役を演じたのはヒンディー語映画界で活躍してきたラヴィーナー・タンダンであり、特筆すべきである。彼女は過去にタミル語映画に出演したことはあったがそれほど多くはなく、本作は四半世紀振りのタミル語映画カムバックになった。さらには、「Sarvam Thaala Mayam」(2019年/邦題:響け!情熱のムリダンガム)などのラージーヴ・メーナン監督が端役で出演している。

 「Vishwanath & Sons」は、題名やポスターからさも赤ちゃん映画のような雰囲気を醸し出しているが、主演スーリヤーを差し置いて赤ちゃんが大活躍するような種類の作品ではない。あくまでスーリヤーがスターとしての役割を通常運転で担い、おいしいところは全て持って行ってしまう。それでも相手役のマミター・バイジュが天真爛漫な魅力を振りまいて存在感を示している。赤ちゃんだけに期待すると肩透かしだし、あまりにスーリヤーをスター扱いしすぎていてバランスが悪くなっているようにも感じるが、観て損はない作品である。興行的にも成功している。