
2026年7月3日公開の「Baby Do Die Do」は、聾唖の女性殺し屋が主人公の犯罪スリラー映画である。主人公の名前が「ベイビー・カルマルカル(Baby Karmarkar)」なのだが、彼女の名字が「しろ、死ね、しろ(Do Die Do)」という意味のヒンディー語のフレーズ「कर मर कर」に読めるため、このような題名になっている。
監督は「Single Salma」(2025年)のナチケート・サーマント。音楽はアルジュン・アイヤル。主演はフマー・クライシー。また、彼女の弟サーキブ・サリームがプロデューサーを務めている。
他に、スィカンダル・ケール、チャンキー・パーンデーイ、ラチト・スィン、スィーマー・パーワー、マールーダル・シェーカーワト、ヴィディヤー・マールヴァデー、ヒマーンシュ・マリク、アルン・クシュワー、カラン・ダーヴェー、プラディープ・カーブラー、ルーペーシュ・バーネーなどが出演している。また、プロデューサーのサーキブ・サリームが「Alpha Q」に特別出演し、ソーナークシー・スィナーの顔写真が一瞬だけ使われていた。
キャストの中で特筆すべきはヒマーンシュだ。彼は「Khwahish」(2003年)でマッリカー・シェーラーワトと共演し一世を風靡した俳優だったが、その後ほとんど鳴かず飛ばずだった。最近では「Ulajh」(2024年)や「Hisaab Barabar」(2024年)に出演していたが端役に過ぎず、ほとんど忘れられていた存在だった。今回はスキンヘッドの準悪役を演じており、彼と気付かないくらい迫力が出ていた。今後、再評価もあるかもしれない。
ベイビー・カルマルカル(フマー・クライシー)は聾唖の女性だった。彼女には双子の姉がいたが、20年前に廃ホテルで右耳のない男に殺された。以来、ベイビーはPMジャイン、通称パパ(チャンキー・パーンデーイ)の下で殺し屋として働きながら、姉を殺した犯人を捜し求めるようになる。彼女は折りたたみ傘の形をした銃で仕事をこなしており、これまで多くの暗殺を成功させてきた。
パパは、ザファル・カートカル(スィカンダル・ケール)という悪徳建設業者の指令を受けて暗殺をベイビーに実行させていた。ザファルはムンバイーのスラム街にラッキー・タワーを建設中だった。ザファルは、弟のラッキー(アルン・クシュワー)を溺愛していた。ラッキーがライバル建設業者のムケーシュ・ムルジャーニー(ヒマーンシュ・マリク)に侮辱されたことを知ったザファルは、パパにムルジャーニーの暗殺指令を出す。パパの息子マヌ(マールーダル・シェーカーワト)は暗殺に失敗するが、ベイビーがしっかりとバックアップし彼を殺す。ただ、暗殺の様子が監視カメラに映っており、アンジュム・カーン警部補(スィーマー・パーワー)は彼女の服装からベイビーを容疑者として想定していた。
ところで、ベイビーは同じチャール(集合住宅)に住む歌手スィッドゥー(ラチト・スィン)に言い寄られていた。ベイビーはあるとき突然スィッドゥーとの結婚を決め、パパに暗殺業から足を洗いたいと申し出る。だが、パパがザファルに誘拐され、ベイビーはラッキーに殺されそうになる。パパは殺されたとのことだった。ベイビーはラッキーを返り討ちにする。
弟を殺されたザファルは怒り狂い、ベイビーを追い求める。ベイビーは、スィッドゥー、母親、ファイズー(ルーペーシュ・バーネー)など共にムンバイーを脱出しようとするが、ザファルは母親やファイズーなどを焼き殺す。ベイビーはザファルに復讐することにし、スィッドゥーの前で急にしゃべり出す。実は彼女はベイビーではなく、姉のディーディーだった。20年前に殺されたのはベイビーだったが、彼女がベイビーに成り代わり、聾唖の振りをしてきたのだった。
ディーディーはカーン警部補に救援を求め、20年前にベイビーが殺された廃ホテルにザファルをおびき出す。そして、彼の手下を手際よく殺し、ザファルも殺そうとする。だが、ザファルに右耳がないことに気付いたディーディーは一瞬固まってしまい、その隙に反撃を受けて気絶する。スィッドゥーが助けに入るが彼は殺されそうになる。ディーディーは目を覚まし、ザファルを殺す。
実はパパは生きており、彼女を殺そうとしていたことを知る。そこでディーディーはパパの前に現れ、彼を殺す。彼女はようやく暗殺業から解放されたと感じるが、今度はカーン警部補から暗殺指令が入るようになった。
この映画で最大のポイントになるのは「ベイビー」と呼ばれる主人公自身だ。彼女は幼少時から耳が聞こえず言葉がしゃべれなかった。双子の姉に常にひっついて生きていたが、あるとき姉が右耳のない男に殺されてしまう。その後、彼女は暗殺者斡旋業のようなことを行うパパという人物に保護され、暗殺者として育つ。ベイビーはパパの指令に従って暗殺を遂行する中で、姉の殺人犯を捜し続けているというダークな設定の映画だった。
ただ、映画好きな人ならこの導入部だけでピンと来るに違いない。主人公が本当にベイビーなのか確証がないのである。姉のディーディーがベイビーに成り代わって聾唖者の振りをしているのではないか。そんな予想をしながら観るわけだが、案の定、終盤で彼女の正体が明かされる。20年前に殺されたのはやはりベイビーの方であり、責任を感じたディーディーは、その瞬間から自分を死んだことにし、ベイビーとして生きるようになったのだ。
さらに、ベイビーを殺した人物がザファルであることも予想が付いた。殺人犯には右耳がないという明確な身体的特徴があり、ザファルがまさにそうであった。予想できない方がおかしいといえるだろう。
スリラー映画には何らかのサプライズを期待するわけだが、「Baby Do Die Do」のサプライズ要素は十分に予想可能なものであり、物足りなさを感じた。また、聾唖者が暗殺者になるという設定に新規性があるのだが、本当の聾唖者であるベイビーではなく、健常者のディーディーがベイビーの振りをして暗殺者になったというオチなので、結局聴覚と言語に障害を抱えた女性が残りの感覚を駆使して暗殺を実行している要素は存在しないということになり、この点でも肩透かしであった。
だが、演技力に定評のあるフマー・クライシーが、ほとんど言葉を発せず、ほとんど表情を変えず、冷酷で凄腕の暗殺者を演じるのは大きな見どころであり、彼女にとってはまたひとついい挑戦になった。女性中心映画の主演である点も重要だ。彼女はこれまで「Tarla」(2023年)や「Single Salma」など、女性が主人公の映画で主演を任されており、ヒンディー語映画界で主演を張れる女優の一人としての地位を着実に固めている。
音楽やその使い方にはセンスを感じた。音の使い方にアミト・トリヴェーディーと近いものを感じたが、作曲したのはアルジュン・アイヤルというまだ若い音楽監督である。これから伸びていきそうだ。本編には未収録だったが、「Shakti: The Power」(2002年)のアイテムナンバー「Ishq Kameena」のリミックス「Ishq Kameena 2.0」がプロモーションに使われており、懐かしかった。
「Baby Do Die Do」は、演技力に定評のあるフマー・クライシー主演の女性暗殺者を主人公にしたスリラー映画である。ただ、サプライズ要素の入れ込み方が下手で、面白さを損なっていた。興行的にも失敗している。工夫次第ではもっと面白くできたはずだ。惜しい映画である。
