
2026年5月8日公開の「Daadi Ki Shaadi(祖母の結婚)」は、祖母の再婚を巡るドタバタ劇を描いたコメディードラマである。インドでも家族が分裂を始め核家族化が進んでいるが、そんな中でもう一度、古き良きジョイントファミリー(合同家族)に回帰しようと訴えかける内容である。親孝行を主題とした映画として、小津安二郎の「東京物語」(1953年)やラヴィ・チョープラー監督の「Baghban」(2003年)などと比較することも可能である。
監督は「Khiladi 786」(2012年)や「Welcome 2 Karachi」(2015年)のアーシーシュ・R・モーハン。キャストは、ニートゥー・カプール、カピル・シャルマー、リッディマー・カプール・サーニー、サーディヤー・カティーブ、Rサラトクマール、テージャスウィニー・コーラープレー、ヨーグラージ・スィン、ニカト・カーン、フローラ・ジャコブ、アリー、ジテーンドラ・アーフージャー、ディーパク・ダッター、アディティ・ミッタルなど。
主役のカピル・シャルマーはインドを代表するコメディアンで、過去に「Kis Kisko Pyaar Karoon」(2015年)や「Zwigato」(2022年)などの映画に主演しているが、俳優として成功しているというわけではない。リッディマーは男優リシ・カプールと女優ニートゥー・カプールの娘であり、本業はファッションデザイナーだ。これまで映画に演技したことはなかったが、今回初めて映画に出演し、母親との共演を実現した。ヒロインのサーディヤーは「Shikara」(2020年)や「The Diplomat」(2025年)などに出演の、現在売り出し中の女優である。Rサラトクマールはタミル語映画を拠点とする俳優であり、「Ponniyin Selvan」シリーズ(2022年/邦題:PS1 黄金の河・2023年/PS2 大いなる船出)や「Varisu」(2023年)などに出演していた。彼の起用は場違いに思えたが、タミル人退役軍人役でタミル語も話していた。
デリー在住のトニー・カールラー(カピル・シャルマー)は、カンヌー・アーフージャー(サーディヤー・カティーブ)とお見合い結婚することになる。トニーとカンヌーは同じ学校に通ったが、カンヌーは医学コースで学ぶ才色兼備のアイドルである一方、トニーは文系コースの目立たない男子だったため、トニーは一方的にカンヌーを知っていたが、カンヌーはトニーを知らなかった。カンヌーは、婚約後2年間の猶予期間を条件として出してきたが、トニーはそれを受け入れる。こうして二人の婚約式が行われるが、そのときアーフージャー家に耳を疑うようなニュースが入る。なんと、シムラーに住む祖母ヴィムラー(ニートゥー・カプール)が結婚するというのだ。彼女はSNSに「結婚します」と投稿していた。アーフージャー家にとっては寝耳に水だった。
ヴィムラーの夫はとっくに他界しており、彼女は一人でシムラーに住んでいた。カンヌーの父親ジーヴァン(ディーパク・ダッター)はヴィムラーに電話をするがつながらない。それを知ったトニーの祖父(ヨーグラージ・スィン)は、祖母が再婚する家とは婚姻できないと言ってカールラー家を引き上げさせる。
ジーヴァンは、妻ローマル(テージャスウィニー・コーラープレー)、娘カンヌー、その弟ビットゥーを連れてシムラーに向かおうとする。たまたまそこへトニーが挨拶に現れ、彼も同行することになる。途中のチャンディーガルでは、ジーヴァンの弟ナーグ(ジテーンドラ・アーフージャー)、その妻ベイビー、息子のボビーも合流する。
シムラーで彼らはヴィムラーに歓迎される。ジーヴァンやナーグはなかなか再婚のことを言い出せなかったが、聞き出してみるとやはりヴィムラーは再婚するという。トニーと結婚したくなかったカンヌーは、ヴィムラーが再婚すればこの縁談は破談になるため、ほくそ笑む。だが、再婚相手が誰なのか、ヴィムラーはなかなか明かそうとしなかった。
実は、ヴィムラーの再婚は勘違いだった。彼女がSNSに入力した文章がオートコレクトで勝手に書き換えられてしまっており、それに気付かずに投稿してしまったのだ。だが、ヴィムラーは久しぶりに子供や孫たちが家に来てくれたため、うれしくなって同調してしまった。もう少し彼らを引き留めるには偽の再婚相手を用意する必要があった。ヴィムラーは友人たちに相談し、近所に住む退役軍人アーディヴィシュヌ・レッディー大尉(アリー)に白羽の矢が立てられる。レッディー大尉はふたつ返事で引き受けるが、その直後に交通事故で入院してしまう。そこで、レッディー大尉の元上司でたまたまシムラーに滞在していたティーラン・デーヴァラージャン大佐(Rサラトクマール)がレッディー大尉役を演じることになる。
ヴィムラーはデーヴァラージャン大佐をレッディー大尉として家族に紹介する。ジーヴァン、ナーグ、トニーはレッディー大尉を追い払おうとするが、退役軍人に腕力ではかなわなかった。そこでトニーはレッディー大尉の身辺調査を行い、彼には再婚した妻がおり、ヴィムラーは3人目の妻になると暴露する。レッディー大尉がとんでもない人物だったことが分かり、アーフージャー家は胸をなで下ろすが、警察がやって来て、トニーを詐欺容疑で逮捕する。これはデーヴァラージャン大佐の差し金だったが、今度はトニーが信頼を失ってしまう。
トニーは釈放されるが、もうアーフージャー家からは離れようと決意し、シムラーからそっと出て行こうとする。ところがヴィムラーの置き手紙を見つけ、彼女の本心を知ってしまい、一転して彼女に協力しようという気になる。トニーが留守の間、ジーヴァンとナーグの妹スナイナー(リッディマー・カプール・サーニー)が娘のアヴニーと共にやって来て、再婚前に財産の分割を要求して醜い兄弟ゲンカが勃発していた。ヴィムラーはそれに心を痛めていた。トニーとデーヴァラージャン大佐は、アーフージャー家を戒めるためにヴィムラーと手を組んで一芝居打つことにする。
デーヴァラージャン大佐はアーフージャー家の前でヴィムラーと同居を始め、すぐに主人のように振る舞って彼らに命令を下すようになる。また、思い出の品を次々に処分しようとする。ジーヴァンやナーグたちは弁護士に相談してヴィムラーの再婚を阻止しようとする。彼らが思い付いたアイデアは、ヴィムラーを精神異常者に仕立て上げることだった。それに対抗するため、トニーとデーヴァラージャン大佐は、ヴィムラーがギャンブル依存症になっているという嘘をでっち上げる。そして、デーヴァラージャン大佐はアーフージャー家に対し、ヴィムラーには1億7,220万ルピーもの借金があるとはったりを言う。もし彼女の再婚を止めたかったら、多額の金を用意しなければならなかった。
ジーヴァンやナーグたちが資金繰りの相談をしていると、ヴィムラーがレッディー大尉と結婚してシムラーを去ろうとしているという知らせを受ける。彼らはヴィムラーのもとへ急ぐ。また、デリーからはトニーの家族もやって来て合流する。ヴィムラーは家族が一堂に会し、彼女が去るのを泣きながら止めようとしているのを見て、全て嘘だったと明かす。それを聞いても誰も怒る者はおらず、今まで祖母を放置していたことを反省する。また、一連の出来事を経てカンヌーはトニーを見直しており、彼女から彼にプロポーズする。
シムラー在住のヴィムラー・アーフージャーには亡き夫との間にジーヴァン、ナーグ、スナイナーという3人の子供がいた。母親として彼女は子供たちを愛情いっぱいに育て上げたが、三人とも成長し、独立してそれぞれの道へ進んでいった。ジーヴァンとナーグはデリー、スナイナーはシンガポールに住んでいた。子供たちがヴィムラーを訪ねることもほとんどなく、彼女は孤独な毎日を送っていた。
「Daadi Ki Shaadi」の発端になったのは、ヴィムラーがSNSに書き込んだ「Hi I am getting married, feeling happy!」というメッセージだった。実は、ヴィムラーはヒマーニー(Himani)という人物の結婚式に参加してこのメッセージを投稿したのだが、「Himani」の部分がAIによってオートコレクトされてしまい、「Hi I am」になってしまったのだった。非常に現代的なミスだ。
かつてインド社会では、女性の再婚はタブーだった。寡婦再婚は社会改革の重要なトピックのひとつとなり、19世紀から活動家たちがその改善を目指してきた。おかげで現代ではだいぶ緩和されたものの、まだそれを好ましくないと考える人は多い。祖母再婚の報によってアーフージャー家に激震が走ったが、主人公トニーのカールラー家も同様にそれを言語道断と捉えた。トニーは今まさにアーフージャー家のカンヌーと婚約しようとしていたが、その知らせによって儀式は止まってしまった。こうしてヴィムラーの再婚がトニーとカンヌーの縁談にとって最大の障壁になったのである。ただし、カンヌーはトニーとの結婚を望んでいなかったことは押さえておくべきだ。カンヌーはこの降って湧いたハプニングをこれ幸いと捉えていた。
ここで本当は注目しなければならないのは、アーフージャー家の違和感である。カンヌーの婚約式に、家族の重要なメンバーが参加していなかったのだ。ヴィムラーもそれを全く知らされていなかったし、カンヌーの父親ジーヴァンの弟ナーグや妹のスナイナーも欠席だった。カールラー家は現代まで伝統的なジョイントファミリーを維持していたようだが、アーフージャー家の家族メンバーは核家族化し、物理的にも精神的にもバラバラになっていた。しかしながら、インド社会において冠婚葬祭の際に家族や親戚に知らせもしないというのは信じ難い。人間関係が希薄化してきたとはいっても、インドは今でも世界でもっとも家族の絆を大切にする人々である。そもそも家族がバラバラになっていないとストーリーが成立しないので、力技でそういう設定にしたのだろうが、インド映画としてはどうしても違和感を抱かざるをえない。
それはそうと、シムラーで孤独な生活を送るヴィムラーは子供や孫たちの来訪を待ちわびていたため、たとえ勘違いで来てしまったとしてもうれしくてたまらなかった。そして、その勘違いがどうやら自分の再婚にあると気付いたとき、とっさにその勘違いに乗っかってしまった。つまり、本当に再婚するつもりだと答えたのである。
序盤は、ヴィムラーのこの小さな嘘をどのように維持するか、老いた友人たちを巻き込んでの大作戦がコミカルに描かれ、微笑ましい。このままの雰囲気で最後まで行っても良かったと思うのだが、途中で映画はダークなトーンに変わる。スナイナーも娘を連れてやって来て、久々に三代そろっての団らんが実現したかと思ったら、醜い財産争いが勃発してしまったのである。ジーヴァン、ナーグ、スナイナーは、ヴィムラーのために自分がいくら支払ったのかを競い合い、自分こそが彼女の財産を多めにもらえる権利があると主張し始めた。それを見てヴィムラーは悲しくなり、もう家も土地も全て売り払って老人ホームに入ろうかとまで考える。
だが、インド映画なので、最後には家族をまとめる方向に向かう。ポイントになったのは孫世代の子供たちの視点だ。彼らは、自分たちの親が祖母を大事にしないのを見て失望するのである。彼らはいわゆるZ世代とかα世代とか呼ばれる世代だが、彼らは親世代が見失ったものに価値を見出し、それを取り戻そうとしている。親世代はジョイントファミリーから逃げ出したが、孫世代はジョイントファミリーに憧れを持っていた。孫世代に愛想を尽かされた親世代は反省し、ヴィムラーの気持ちになって考えることができるようになる。全体として「Daadi Ki Shaadi」は古き良き伝統への回帰を訴える保守的な作品であるといえる。
ファミリードラマに軸足が置かれていたため、カピル・シャルマー演じるトニーとサーディヤー・カティーブ演じるカンヌーのロマンスはなおざりにされがちだった。サーディヤーがトニーとの結婚に乗り気になった心変わりも納得いく説明がなされていたとは思えない。それでも、映画を美しく終わらせるためには二人をくっ付かせなければならなかった。
カピル・シャルマーは、ちょっと愚鈍だが心は純粋な青年役を自然に演じていた。時々、コメディアンとしてのカピル節が出ているセリフのやり取りがあったが、概して抑え気味だったといえる。俳優としての自分とコメディアンとしての自分を使い分けているように感じた。
サーディヤー・カティーブは、ラーディカー・マダンと似たようなしゃべり方をする女優だ。カシュミール人ということもあって肌の色が白い。堂々とした演技をしていて、今後の成長が楽しみだ。
ニートゥー・カプールは現在60代後半。ついこの間までは母親役を演じていたと記憶しているのだが、いつの間にか祖母役も演じることになっていた。まだ祖母には見えないのだが、茶目っ気のある孤独な祖母役をしっかりと演じていた。本作で女優デビューしたリッディマー・カプール・サーニーについては、おそらく気まぐれの出演だったのではないかと思う。登場シーンだけはやたらかっこよく、一体誰が現れたのかと思った。今度も女優を続けるということはないだろう。
ジーヴァン役のディーパク・ダッターやナーグ役のジテーンドラ・アーフージャーについてはあまり知らないのだが、非常にいい味を出していた。今後も脇役俳優としてさらなる活躍の場がありそうだ。
「Daadi Ki Shaadi」は、祖母の再婚というインド社会ではタブーに近いハプニングを通して、バラバラになっていた家族がひとつにまとまるまでを感動的に描いたコメディードラマ映画である。後半はかなり教条的になるので賛否が分かれるだろうが、序盤のコミカルな展開は文句なく面白かった。興行的には振るわず、批評家からの評価も低かったようだが、このような良心的なインド映画が失われてはいけないと思うので、応援したい。
