Varisu (Tamil)

3.5
Varisu
「Varisu」

 2023年1月11日公開のタミル語映画「Varisu」は、タミル語映画界のタラパティ(大将)、ヴィジャイ主演の娯楽大作である。タミル語映画のテルグ語吹替版を配給していたシュリー・ヴェンカテーシュワラ・クリエイションズが初めて製作したタミル語映画であり、タミル語映画界において2023年最初の大ヒット作になっている。

 監督はテルグ語映画界で活躍してきたヴァムスィ・パイディパリ。過去に「Yevadu」(2014年)などを撮っており、タミル語映画を撮るのは初である。音楽監督は「Ala Vaikunthapurramuloo」(2020年)などのタマンS。主演のヴィジャイの他に、ラシュミカー・マンダーナー、Rサラトクマール、ジャヤスダー、シュリーカーント、シャーム、プラカーシュ・ラージ、ヨーギー・バーブーなどが出演している。また、SJスーリヤが特別出演している他、コレオグラファーのジャーニー・マスターが「Thee Thalapathy」に少しだけ出演している。

 テルグ語映画界を拠点とする会社が製作しただけあって、テルグ語映画界の人材を使ったタミル語映画という印象である。

 ちなみに、題名の「Varisu」とは「跡継ぎ」という意味である。アラビア語が起源の言葉で、ヒンディー語でも「वारिसワーリス」という全く同じ単語が使われる。

 チェンナイを拠点とする大企業ラージェーンドラン・グループのCEOラージェーンドラン・パラニサーミー(Rサラトクマール)には3人の息子がいた。長男のジャイ(シュリーカーント)、次男のアジャイ(シャーム)、そして三男のヴィジャイ(ヴィジャイ)である。ラージェーンドランは息子たちを競わせて勝ち抜いた者を後継者に指名するつもりだったが、ハーヴァード大学留学から帰ったヴィジャイはその競争を拒否し、家を出る。

 それから7年後。インド中を巡ったヴィジャイは、スタートアップ企業を立ち上げようとしていた。その頃、母親のスダー(ジャヤスダー)はラージェーンドランの65歳の誕生日パーティーを開こうとしていた。母親の願いもあって、ヴィジャイは7年振りに家に戻ってくる。だが、ラージェーンドラン、ジャイ、ヴィジャイたちは彼に冷たく当たる。それだけでなく、ヴィジャイは家族の結束がバラバラになってしまっているのを目にする。ラージェーンドランは膵臓ガンを患っており、余命数ヶ月であったが、家族には黙っていた。また、ヴィジャイは兄嫁の妹ディヴィヤー(ラシュミカー・マンダーナー)と出会い恋に落ちる。

 ラージェーンドランのライバルであるジャヤプラカーシュ(プラカーシュ・ラージ)は、彼を出し抜こうと虎視眈々と機会をうかがっていた。ラージェーンドランの誕生日パーティーにおいてジャイの不倫とアジャイの不祥事が明らかになり、彼らは父親を失望させる。ラージェーンドランはヴィジャイを後継者にしようとする。ヴィジャイは当初断るが、最終的にはそれを受け入れる。

 ラージェーンドラン・グループのCEOにヴィジャイが就任したことでジャイとアジャイは憤り、家を出てジャヤプラカーシュと手を組み、父親やヴィジャイに歯向かってくる。だが、ヴィジャイは彼らの問題を次々に解決し、心を勝ち取る。おかげでジャイとアジャイが家に帰ってくる。ラージェーンドランはようやく家族の団欒を手にした。そして幸せに息を引き取っていく。

 家族の中で異端児だったヴィジャイが万能のヒーロー振りを発揮して全ての問題を解決し、膵臓ガンを患った父親の最期を幸せなものにするという筋書きの娯楽映画である。ヴィジャイの見事なダンスステップが存分に堪能できる上に、家族の大切さを改めて声高らかに宣言する内容で、典型的なインド娯楽映画だ。大方、観客の期待通りに進んでいくためサスペンス性は低いが、おかげでストレスなく鑑賞することができる。心地よい3時間が約束された映画である。

 今回ヴィジャイはそのままヴィジャイという名前の役を演じている。主演のスターが無敵の強さを誇るのはインド娯楽映画のお約束だが、今回のヴィジャイは強いだけでなく、心優しい悪戯っ子だ。敵をとことんおちょくるのだが、持ち前の大らかさによっていつの間にか敵をも包み込み、仲間にしてしまう。インド神話ではクリシュナそのもののキャラであるし、三人兄弟の末っ子という設定で、彼がもっとも人格者かつおいしいところを持っていくので、脳裏にはチラリと「3匹の子ブタ」も浮かんだ。

 ダンスシーンは5つのみなのだが、ひとつひとつが長く、しかも力が入っているため、ダンスシーンは多く感じた。ヴィジャイは相変わらずダンスが上手く、しかも個性がある。ただ、それぞれのダンスシーンはどれも同じような群舞だった。とにかくヴィジャイを「タラパティ」と持ち上げていた。

 ヴィジャイの過去作へのオマージュも散りばめられていた。「Ghilli」(2004年)、「Bigil」(2019年)、「Master」(2021年)などである。ヴィジャイ・ファンならば嬉しくなるような仕掛けが多い。

 ただ、あまりにヴィジャイを中心に物語が動くため、ヒロインのラシュミカー・マンダーナーはほとんどダンス要員にしかなっていなかった。その中でも、父親ラージェーンドランを演じたRサラトクマールと母親スダーを演じたジャヤスダーは、ヴィジャイの軽妙な演技と対を成す重厚な演技で応えており、映画を落ち着かせていた。

 利益を追い求め、会社を「帝国」と呼ばれるまでに育て上げた実業家ラージェーンドランが、死期を悟ったときに最期に求めたのは「幸せな死」であった。そしてその「幸せの死」の具体的な在り方が、家族の団欒であった。ヴィジャイが、疑心暗鬼渦巻く家族を結束させ、父親の最期の願いを叶える。笑いやアクションに満ちた3時間だが、最後は家族愛を見せられてホロリとするのだが、そこまでの下地を作っていたのはサラトクマールであった。

 「Varisu」は、ヴィジャイ主演の典型的なマサーラー映画である。ヴィジャイの魅力が存分に詰め込まれている上に、家族の価値を改めて訴える終わり方になっており、インド映画の鑑である。大きなサプライズはないし、ダンスシーンが多少単調であったが、気持ちよく鑑賞のできる作品である。