
2026年3月5日からAmazon Prime Videoで配信開始された「Subedaar(中尉)」は、退役軍人がギャングに因縁を付けられ戦いに巻き込まれる筋書きのアクション映画である。日本のAmazon Prime Videoでも日本語字幕付きで配信されており、邦題は「スベダール」になっている。「スーベーダール」の方がより原音に近い。
監督は「Tumhari Sulu」(2017年)や「Jalsa」(2022年)などのスレーシュ・トリヴェーニー。主演はアニル・カプールで、彼がプロデューサーの一人も務めている。ヒロインは「Mard Ko Dard Nahi Hota」(2019年/邦題:燃えよスーリヤ!!)のラーディカー・マダン。他に、クシュブー・スンダル、サウラブ・シュクラー、アーディティヤ・ラーワル、モーナー・スィン、ファイサル・マリク、ヴィクラム・プラタープなどが出演している。また、ナーナー・パーテーカルのサプライズ出演にも注目である。
映画の舞台になっているのは、「マハープラデーシュ州コーク県ベートール市」という架空の地名だ。だが、登場人物の話す方言や風景から察するに、ウッタル・プラデーシュ州、ラージャスターン州、マディヤ・プラデーシュ州が交わる地域にあるチャンバル谷を意識しているものと思われる。
アルジュン・マウリヤ中尉(アニル・カプール)は、3ヶ月前に交通事故で愛妻スダー・デーヴィー(クシュブー・スンダル)を亡くし、軍を退役して故郷に戻ってきていた。軍生活が長かったアルジュン中尉は、大学に通う一人娘シャーマー(ラーディカー・マダン)から冷遇されていた。彼は妻が生前彼のために購入した赤いジプシーを受け取り、形見としていた。
アルジュン中尉の戦友プラバーカル(サウラブ・シュクラー)は彼に護衛の仕事を紹介する。雇い主のソフティー(ファイサル・マリク)は、殺人罪で服役中のサンドマフィアのドン、バブリー・ディーディー(モーナー・スィン)の片腕であった。バブリーの弟プリンス(アーディティヤ・ラーワル)は姉の権力を笠に着て横暴の限りを尽くしており、ソフティーを困らせていた。つい最近も、亡き父親の形見の銃で人を殺し、バブリーの釈放を遠ざけてしまっていた。
プリンスはアルジュン中尉にも因縁を付ける。特に彼が大事にするジプシーに嫌がらせし、彼の怒りに火を付ける。プリンスは公衆の面前でアルジュン中尉に打ちのめされ、形見の銃を奪われてしまう。バブリーはソフティーとプリンスに銃の奪還を厳命する。
一方、シャーマーも大学で、言い寄ってきていた大学生ランヴィール(ヴィクラム・プラタープ)から逆恨みされており、トラブルに巻き込まれていた。ランヴィールは仲間を引き連れてマウリヤ家に悪戯を仕掛けるが、同時にプリンスも銃を取り戻そうとマウリヤ家を狙っていた。ストレスを抱えていたアルジュン中尉は、勘違いからシャーマーの友人を殴り倒してしまい、警察に逮捕される。プラバーカルの取りなしによって釈放されるものの、留守中にプリンスたちによって自宅を荒らされた。だが、プリンスは銃を見つけられなかった。自宅の惨状から、シャーマーにも彼が何か問題を抱えていることが知られてしまう。
シャーマーはカバッディーの選手であり、1泊2日で遠征に出掛けた。その間、アルジュン中尉はプラバーカルを連れてプリンスに会いに行き、講和しようとする。彼らは服役中のバブリーとも携帯電話を使って連絡を取る。ところがプリンスが余分なことをしたために交渉は決裂し、アルジュン中尉とプラバーカルはプリンスたちを圧倒する。そして、彼らが幽閉していた母子を助け出す。この母子はプリンスが殺した青年の親族であり、公判中に行方不明になっていた。
アルジュン中尉とプラバーカルは母子を僻地の村にかくまう。アルジュン中尉は遠征から帰って来たシャーマーをバス停まで迎えに行くが、彼女はランヴィールに誘拐されてしまう。アルジュン中尉はランヴィールを追うが、途中でプリンスに追いつかれ追突される。怪我を負ったアルジュン中尉は幽閉される。一方、ランヴィールに幽閉されたシャーマーは自力で逃げ出す。彼女は、家に隠してあったプリンスの銃を見つけて勝手に持ち出しており、それを使ってランヴィールたちを追い払う。だが、シャーマーがアルジュン中尉に電話をしたことでプリンスに彼女の存在が知れてしまい、捕まってしまう。また、プラバーカルと母子もプリンスの手中に落ちる。
アルジュン中尉、シャーマー、プラバーカル、そして母子は殺されようとしていたが、プラバーカルが召集していたナーナー・ワーグマレー(ナーナー・パーテーカル)たち退役軍人の一団が到着し、形勢が逆転する。プリンスは殺される。一方、刑務所ではソフティーがバブリーを毒殺し、マフィアの実権を握っていた。ソフティーはアルジュン中尉を襲撃する。
愛妻を亡くし、娘とのコミュニケーションにも苦労する老いた退役軍人が、生意気なマフィアの若造に因縁を付けられ、理不尽な罵倒を受け、ひたすら屈辱に耐え続けるという八方塞がりの陰鬱な雰囲気から物語は始まる。いかにもノワール映画といったこの暗いムードは最後までほとんど回復することなく続く。よって、全体的に観ていて気分が上がる映画ではない。
主人公のアルジュン中尉は、国民の生命と財産を守るために、家族との団らんの時間を犠牲にして、国境地帯や紛争地域で任務を遂行してきた。妻スダーが交通事故に遭い、娘のシャーマーから電話があったときも作戦中で出ることができず、そのままスダーは命を落としてしまった。仕事ばかりで家族を顧みない父親にシャーマーが冷たいのも当然のことであった。
娘との関係構築にも苦労していたが、彼をさらに落ち込ませていたのは、市井の人々の不規律だった。おそらく妻の死をきっかけにして軍を退役し、故郷のベートールに戻ってきたアルジュン中尉は、国民が無秩序の中で無秩序に甘んじて暮らしているのを目の当たりにし、呆然とする。道路では誰も信号を守らないし、年金事務所では何度も足を運んでも作業が進まない。こんな自分勝手な人々のために命を賭け、家族を犠牲にして戦っていたのか。アルジュン中尉はそんな疑念を呑み込むようにしてジッと歯を食いしばっていた。
アルジュン中尉がスダーの形見として大事にしていたのが、彼女が必死で貯金して貯めた金で購入してくれた赤いジプシーであった。軍人に似合う自動車はスズキのジプシーということで、それを彼にプレゼントするため、スダーはアチャール(漬物)を売ったり裁縫の内職をしたりしてコツコツ貯金していた。それが手に入る直前に妻は交通事故で亡くなってしまった。そのジプシーに嫌がらせをされたことでアルジュン中尉はついに切れてしまい、プリンスを公衆の面前でぶちのめしたのだった。これが一連のトラブルの始まりになる。アルジュンは、地元のアンダーワールドを支配するバブリーの弟であり、しかもエキセントリックな性格で、厄介な相手だった。
アルジュン中尉は厄介事に巻き込まれたことを自覚していたが、それをシャーマーには決して打ち明けなかった。だが、シャーマーもシャーマーで、大学で男子学生とトラブルを抱えており、それを父親に明かしていなかった。この父にしてこの娘というわけだ。このコミュニケーション不足によって、2つのトラブルが同時に父娘を襲うことになる。
また、実はプリンスも別のトラブルを抱えていた。バブリーは、河沿いの砂地から違法で砂を掘り出す、いわゆるサンドマフィアであったが、この違法な採掘によって河に不自然な穴が空き、そこに人や動物が落ちて死亡する事件が相次いでいた。つい最近も一人の子供が穴にはまって死んでおり、家族が抗議活動を始めてマスコミにも取り上げられるようになっていた。プリンスはその家族の一人を銃殺し、その身勝手な行動がバブリーを怒らせていた。バブリーは早期の釈放を画策しており、プリンスには大人しくしているように厳命していたが、情緒不安定なプリンスは次々に先走った行動をし、問題を大きくしていた。彼は、訴訟を起こした母子を誘拐して幽閉していた。アルジュン中尉にとっては無関係の事件であったが、プリンスのアジトに乗り込んだ彼はたまたまその母子を見つけ、救い出すことになる。これがさらにバブリーを刺激することになったのだった。
「Subedaar」の構成を紐解くならば、世代間闘争と高齢者の勝利だといえるだろう。プリンスは執拗にアルジュン中尉を老人扱いするが、アルジュン中尉はプリンスを子供扱いし、結局この二人は分かり合えない。一時的にアルジュン中尉がピンチに陥る場面はあるが、軍人は老いても軍人ということで、最後には若造を圧倒する。何となく米映画「ランボー」シリーズを思わせる作品であった。父と娘の関係にもこの世代間ギャップをそのまま適用しても大きく外れない。老年の哀愁みたいなものが漂う映画であるが、老年の勝利を結末に据えることで高齢の観客にカタルシスをもたらしている。ただ、そのターゲットが、OTTリリースされたこの作品の主要客層に合致しているとは思えない。
アルジュン中尉役のアニル・カプール、シャーマー役のラーディカー・マダン、プリンス役のアーディティヤ・ラーワル、そしてバブリー役のモーナー・スィンなど、各主要キャストの演技は素晴らしかった。特にラーディカーは出番以上の存在感を示せていたといえる。ただ、全体的にテンポが悪く感じた。プリンスが極悪そうに見えてなかなか極端な悪事を働かないことにもどかしさがあったのかもしれない。戦友の退役軍人たちが助けに来る最後も取って付けたような終わり方であり、もう少し伏線が欲しかった。
「Subedaar」は、陰のある退役軍人が個人的なトラブルに対処している内に地元のマフィアを殲滅するまでを追ったノワール映画の一種である。ベテラン俳優のアニル・カプールや、実力派の女優ラーディカー・マダンなどの演技は目を引くものの、全体的に暗く沈痛な雰囲気の映画で救いが少ないし、続編を匂わす最後もスッキリせず、心がパッと晴れるような作品ではない。万人向けの映画とはいえない。
