Mard Ko Dard Nahi Hota

3.5
Mard Ko Dard Nahi Hota
「Mard Ko Dard Nahi Hota」

 最近は日本で劇場一般公開されるインド映画も増えて来たが、通常そのような映画は、ある程度名の通った監督や俳優の出演作である。その点、「燃えよスーリヤ!!」の邦題と共に日本でも公開されたヒンディー語映画「Mard Ko Dard Nahi Hota」は、ほぼ無名の監督と俳優による映画であり、異例であった。2018年のトロント国際映画祭で観客賞を受賞しており、それが日本での公開につながったのだと思うが、このようなルートからもインド映画が一般に公開されるようになるのは嬉しいことである。

 「Mard Ko Dard Nahi Hota」は、インドでは2019年3月21日に公開された。題名の「Mard Ko Dard Nahi Hota」は、「男は痛みを感じない」という意味である。これは諺でもあるが、この映画は、無痛無汗症という、痛みを感じない奇病をテーマにした作品であり、それを表している。監督はヴァサン・バーラー。アヌラーグ・カシヤプ監督の作品で助監督を務めており、彼の弟子の一人と言える。主演はアビマンニュ・ダサーニーとラーディカー・マダン。アビマンニュは、映画プロデューサーのヒマーラヤ・ダサーニーと女優バーギヤシュリーの息子で、本作品がデビュー作である。ラーディカーは元々テレビ俳優で、ヴィシャール・バールドワージ監督の「Pataakha」(2018年)で映画デビューしており、本作が2作目となる。他に、グルシャン・デーヴァイヤー、マヘーシュ・マーンジュレーカル、ジミト・トリヴェーディーなどが出演している。

 主人公のスーリヤは幼少時の事故が原因で、母親を亡くすと同時に無痛無汗症になった。彼は父親(ジミト・トリヴェーディー)と祖父(マヘーシュ・マーンジュレーカル)に監禁状態で育てられた。祖父の影響でスーリヤはブルース・リーに傾倒し、マーシャルアーツを独学で身につけた。

 父親の再婚を機にスーリヤは外に出られるようになり、そこで幼馴染みのスプリー(ラーディカー・マダン)と再会する。スプリーは、片足の空手家マニ(グルシャン・デーヴァイヤー)の弟子で、空手の黒帯であった。マニは、双子の弟ジミー(グルシャン・デーヴァイヤー)と確執を抱えており、父親の形見であるペンダントを盗まれてしまった。スーリヤはマニやスプリーと共にジミーの経営する警備会社の事務所に乗り込み、手下たちと戦う。

 一言で言うと、インド映画離れした映画だった。ダンスシーンがないだけでなく、奇をてらった映像やストーリー、また、独特の間があり、日本や韓国の若手監督が作りそうな雰囲気の作品であったが、バーラー監督のオリジナルであるらしい。

 アビマンニュ・ダサーニー、ラーディカー・マダン、そして一人二役を演じたグルシャン・デーヴァイヤーと、映画の中では自ら拳法を使いこなしていたが、彼らは元々空手などをやっていたわけではなく、この映画に出演するために訓練を受けたという。とても素人のアクションとは思えず、インド映画においては、もっとも真面目に格闘技に取り組んだ映画のひとつと評することができる。

 女性キャラの表象の変化は、最近のヒンディー語映画で注目すべき点のひとつであるが、「Mard Ko Dard Nahi Hota」のヒロイン、スプリーも面白いキャラだった。空手の黒帯で、腕っ節は強く、口も達者だが、父親や恋人など、彼女を支配する男性の押しには弱い。また、スーリヤとベッドを共にするが、翌朝、薬局で「iPill」、つまり経口避妊薬を買って飲んでいた。わざわざ見せるシーンでもないと思うが、それを敢えて見せるところに、ヒンディー語映画の劇的な変化を感じる。

 「Mard Ko Dard Nahi Hota」は、ほぼ無名の監督と俳優たちによるアクション映画である。若干、ブルース・リーと空手を混同しているところがあるが、日本への言及も随所にあり、日本人が観ても面白く感じる。あまりインド映画らしくない、突然変異的な作品であり、この映画の制作陣や俳優たちの今後の動向が気になる。隠れた注目作と言える。