
2014年のモーディー政権樹立以来、ヒンディー語映画界では愛国主義的な映画やモーディー政権をあからさまに支持するような映画に加えて、イスラーモフォビア(イスラーム教嫌悪)を流布する映画が盛んに作られるようになった。「The Kashmir Files」(2022年)がその最たる成功例として知られているが、それと同じくらい成功を収めたイスラーモフォビア映画がスディープトー・セーン監督の「The Kerala Story」(2023年)だった。この映画は、イスラーム教徒男性がヒンドゥー教徒女性の改宗を目的にして結婚をしているとするラブ・ジハードを題材としており、インド国内のイスラーム教徒を敵視する内容であった。
2026年2月27日公開の「The Kerala Story 2」は「The Kerala Story」の続編である。前作に引き続き、ラブ・ジハードの犠牲になったヒンドゥー教徒女性たちを主人公にしたイスラーモフォビア映画である。テーマは共通しているが、前作からストーリー上およびキャラクター上のつながりはない。プロデューサーは前作と同じヴィプル・アムルトラール・シャーだが、監督はカーマーキヤー・ナーラーヤン・スィンに交代している。
キャストは、ウルカー・グプター、アディティ・バーティヤー、アイシュワリヤー・オージャー、スミト・ゲヘラーワト、アルジャン・スィン・アウジラー、ユクタム・コースラー、アルカー・アミーンなど。無名の俳優ばかりである。
「The Kerala Story 2」は、主に3人の女性に焦点が当てられている。前作の舞台はケーララ州だったが、本作では「Goes Beyond」の副題の通り、ケーララ州コーチに加えて、ラージャスターン州ジョードプルとウッタル・プラデーシュ州グワーリヤルおよびアーグラーが舞台になっている。3人の女性は相互に接点を持っておらず、ストーリーの中で絡み合うこともなく、純粋に独立した3つのエピソードで構成されている。映画ではこれら3つのエピソードが同時進行するが、以下のあらすじでは各エピソードを別々に分解して書いた。
コーチ在住の女性スレーカー・ナーイル(ウルカー・グプター)は、信心深いヒンドゥー教徒の母親に育てられたものの、父親の影響で合理主義やリベラリズムに傾倒しており、真剣に宗教を捉えていなかった。スレーカーにはサリーム(スミト・ゲヘラーワト)というイスラーム教徒の恋人がいた。サリームはリベラルなジャーナリストで、既婚だったが、スレーカーには離婚することを約束していた。サリームはスレーカーに同棲を提案し、スレーカーはそれを受け入れる。改宗はしないという条件付きだった。
サリームは賃貸の家を見つけスレーカーと共に住み始める。だが、あるときサリームは妻子を連れてきて一緒に住まわせ始める。スレーカーは反発するが、サリームは2-3ヶ月だけの話だとして何とか理解してもらう。実はサリームはラブ・ジハードの活動家であり、徐々にスレーカーに圧力を掛け、彼女をイスラーム教に改宗させようとしてきた。スレーカーは一室に監禁され、無理やり牛肉を食べさせられる。スレーカーは、サリームから褒められた髪を剃り落とし、遺書を残して首を吊って自殺する。サリームは逮捕され、警察から拷問を受ける。
グワーリヤル在住のネーハー・サント(アイシュワリヤー・オージャー)は、ジャベリングの選手で、かつてジャベリングの選手だった父親から訓練を受けていた。ネーハーの家庭はヒンドゥー教徒のダリトだった。ネーハーはラージュー(アルジャン・スィン・アウジラー)という男性と出会い恋に落ちる。ラージューは、ネーハーをジャベリングの権威プラサンナに会わせると約束し、彼女は親に内緒で彼と結婚をする。それを聞いたネーハーの父親は彼女を勘当し、ラージューとネーハーはアーグラーに移住する。そこでラージューは、実はファイザーンという名前でイスラーム教徒であると打ち明ける。ネーハーはイスラーム教徒に改宗し、ナフィーサーに改名し、ファイザーンの家族と一緒に住み始める。
だが、ファイザーンはラブ・ジハードを主導する宗教指導者からの報酬目当てでネーハーと結婚したのだった。ネーハーは宗教指導者からレイプされた後、家に幽閉され、ファイザーンの母親によって無理やり売春をさせられる。あるときネーハーは隙を見て逃げ出し、警察に駆け込む。警察はファイザーンやその家族を逮捕し、彼らを拷問する。
ジョードプル在住のディヴィヤー・パーリワール(アディティ・バーティヤー)はダンスが大好きで、踊りを録画してSNSにアップロードしながらインフルエンサーを目指していた。ディヴィヤーの両親は、娘が踊りを踊ることには反対していなかったが、いやらしい踊りは禁止していた。ディヴィヤーの恋人ラシード(ユクタム・コースラー)は、セクシーなダンスをして知名度を勝ち取るべきだと助言する。ディヴィヤーは彼の助言に従ってセクシーな踊りをアップロードし、それが両親にばれる。怒った母親はディヴィヤーの携帯電話を破壊する。ディヴィヤーは家出をし、ラシードと合流する。ディヴィヤーはイスラーム教に改宗し、アーリヤーに改名して、ラシードと結婚する。結婚後、ラシードは一転してディヴィヤーに踊ることを禁じた。
やがてアーリヤーは妊娠し、男児を産む。だが、ラシードはファーティマーという2番目の妻を家に連れてきた。当初、アーリヤーはファーティマーに嫉妬するが、ファーティマーも元々はヒンドゥー教徒だったことを知り、二人は心を通い合わせるようになる。アーリヤーはラシードに携帯電話を取り上げられていたが、ファーティマーの携帯電話を借り、両親にビデオメッセージを送る。だが、それがラシードにばれ、アーリヤーは頭を強く壁に打ちつけられて死んでしまう。ラシードの家族はアーリヤーの遺体をバラバラにして運び出し、埋める。それを見てファーティマーは震え上がる。
ディヴィヤーの両親が地域のヒンドゥー教徒を結束させ、ラシードの家族に圧力を掛ける。ディヴィヤーの遺体が発見され、ラシードの一家は逮捕される。ディヴィヤーの息子は彼女の両親が引き取り、ディヴィヤーンシュと名付ける。
主人公になっている3人の若い女性たちは、住んでいる地域や社会階層が異なるが、共通しているのは、温かい家族に恵まれたヒンドゥー教徒だったことだ。ただ、同時に家族に対して反抗期らしい窮屈さも感じており、自由を求めて恋愛をした。相手がイスラーム教徒だと分かっていることもあれば、分かっていないこともあったが、とにかく3人の女性たちは、今まで一緒に暮らしてきた家族よりも、最近出会ったばかりの恋人を信頼し、家を出る決断をしたのだった。この時点では、好きになった人と恋愛し、結婚や同棲をすることが正当化されていた。
だが、彼女たちは、インドの人口の15%を占めるイスラーム教徒の陰謀に無頓着だった、という設定になっている。インドはヒンドゥー教徒が多数派の国だが、イスラーム教徒の活動家たちはインドをイスラーム教徒が多数派の国に作り替えるべく、結婚と改宗を武器にしてラブ・ジハードを行っていた。彼女たちは揃ってラブ・ジハードの犠牲者になってしまったのである。単にヒンドゥー教徒女性がイスラーム教徒男性と恋愛して改宗したという異宗教間恋愛ではなく、イスラーム教徒の団体が組織的にヒンドゥー教徒女性の改宗を狙ってイスラーム教徒の若い男性たちにヒンドゥー教徒女性を口説かせているというのがポイントだ。
ネーハーとディヴィヤーは早々に改宗し、スレーカーは改宗を拒否し続けたという違いはあったものの、イスラーム教徒男性との恋愛の結果、3人とも家の一室に閉じこめられ、自由を奪われていた。ネーハーは売春をさせられ、ディヴィヤーは大好きなダンスを禁じられた。スレーカーは改宗を強要され、牛肉を無理やり食べさせられた。
前作と大きく異なっていたのは、ヒンドゥー教徒による蜂起で締めくくられていたことだ。ディヴィヤーは殺されてしまい、スレーカーは自殺してしまうが、ネーハーは脱出に成功し、警察に保護される。そして、それぞれの場所で警察や住民がラブ・ジハード団体に対する取り締まりに乗り出し、イスラーム教徒たちが逮捕され拷問を受ける。ヒンドゥー教徒は多数派だからといって安心せず、一致団結してラブ・ジハードに立ち向かうべきというメッセージが発せられていた。
「The Kerala Story 2」がイスラーム教徒への憎悪を煽るイスラーモフォビア映画であることは間違いない。これを観てイスラーム教徒への嫌悪を抱かないヒンドゥー教徒がいるだろうか。ただ、全てのイスラーム教徒を十把一絡げに非難していたわけではない。アブドゥル・カラーム元大統領をはじめ、「善良な」イスラーム教徒がいることにも触れられ、一応のガス抜きがされていた。だが、それも映画全体を覆う憎悪に比べたら焼け石に水だった。かえって、「善良な」イスラーム教徒以外は皆ラブ・ジハードの活動家であるかのような誤解を招きかねなかった。映画自体はフィクションであるものの、「実話」にもとづくストーリーであることが強調され、ラブ・ジハードの実在は既成事実化されていた。ラブ・ジハードへの警戒よりも、ヒンドゥー教徒女性に対し、イスラーム教徒との恋愛そのものに強い警鐘を鳴らす映画だといえる。麻薬撲滅や交通安全の啓発のために作られた教育ビデオような極度に説教臭い映画で、しかもその説教の内容が非常に偏見に満ち社会に憎悪を撒き散らす類のものであり、全体としてちっとも楽しくなれない映画だった。
主役の3人を演じたのは無名の女優たちばかりだったが、彼女たちの演技は悪くなかった。スレーカー役を演じたウルカー・グプターからもっとも将来性を感じたが、それ以外のアディティ・バーティヤーとアイシュワリヤー・オージャーもそれぞれ好演していた。
「The Kerala Story 2」は、前作に引き続いてラブ・ジハードの被害に遭う女性たちを取り上げ、ヒンドゥー教徒の女性たちに注意喚起する内容のイスラームフォビア映画である。こういう一方的なヘイト映画が易々と検閲を通ってしまうことに危機感を抱かざるをえない。興行的にも前作ほどの成功は収められなかった。物議を醸す問題作として一歩引いて鑑賞すべきである。
