日本で一般に「SNS」と呼ばれているコミュニケーションツールは、インドでは「ソーシャルメディア(Social Media)」といわれている。日本でもLINEやInstagramなどのSNSが日常生活を送る上で不可欠なツールになっているのと同様に、インドでもソーシャルメディアはインフラ同然になっている。近年、インドで作られる現代劇でも、ソーシャルメディアが普通に登場し、人々のコミュニケーションを媒介し、時にストーリーの進行に重要な役割を果たす。
インド人と日本人の間でソーシャルメディアの使い方に大した違いがあるわけではない。ただ、面白いことに主流になっているソーシャルメディアの種類は国によって違いがあり、若干の説明を加える余地がある。ここでは、映画の鑑賞に手助けとなるように、コミュニケーションツールについて解説をしたい。
STD/ISD/PCO
ソーシャルメディアの話に入る前に、携帯電話普及前のインドの通信事情に関して簡単に触れておく。その時代の映画を観る際に必要となる知識だからだ。
どの国でも、携帯電話普及前の時代、人々は街中などで誰かに連絡をしようと思い立ったとき、公衆電話を探していた。日本でも駅には必ず緑色の公衆電話があり、10円硬貨を入れて電話をしていたものだった。街中には四方をガラスで囲まれた個室型の公衆電話ブースが交差点や公園などの要所に設置されていた。
インドにも公衆電話はあり、日本ほどではないが公衆電話ブースもあったが、公衆電話ブースから電話を掛けるのは一般的ではなかった。街中には必ず「電話屋」があり、そこから電話を掛けるのが一般的だった。有人の公衆電話であり、電話を掛けた後に代金を店員に支払う方式だった。電話を専門にしているところもあったが、一般的な商店が軒先に公衆電話を置いて電話屋を兼業しているということも多かった。
インドの電話屋には必ず「STD/ISD/PCO」と書かれていた。「STD」とは「Subscriber Trunk Dialling」の略で、市外通話のこと、「ISD」とは「International Subscriber Dialling」の略で、国際通話のこと、そして「PCO」とは「Public Call Office」の略で、市内通話のことである。「STD/ISD/PCO」と3つそろっていたら、そこからは市内通話も市外通話も国際通話もできることを意味していた。

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1990年代までのインド映画では、登場人物が電話屋から電話を掛けている様子がよく映し出されている。
SMS/MMS
インドで携帯電話が普及し始めたのは世紀に変わり目頃からである。当初は端末自体も高価だったし、通信費も割高だったため、所有者は一部の富裕層に限られていた。当初は発信のみならず受信も有料だった。だが、やがて受信は無料となり、複数の通信会社の間で価格競争が始まって通信費全体が値崩れしたこともあって、2000年代半ばには多くの人々に携帯電話が行き渡ることになった。ちなみに、日本では携帯電話普及前に一瞬だけ「ポケベル」と呼ばれる簡易通信端末が普及した時代もあったのだが、インドでは普及しなかった。
映画の中に携帯電話が登場し、しかも単なる小道具ではなく、物語の中で重要な役割を果たしたのは、確認されている限り、「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)がもっとも早かったのではないかと考えている。「Company」(2002年)の頃になると、携帯電話によってインド社会に通信革命が起きていることが感じられるようになる。

携帯電話が通信の主流だった時代、携帯電話番号を宛先にしたテキストのやり取りも可能だった。それは「SMS」と呼ばれていた。「Short Messaging Service」の略である。インドではアルファベットしか入力できなかったので、インド在住日本人同士でSMSでのやり取りをする際は、英語か、もしくはアルファベット化した日本語で会話をしていた。
SMSが重要な役割を果たしていた映画として記憶にあるのが「No One Killed Jessica」(2011年)だ。これは実話にもとづく物語であるが、2006年頃の出来事として、SMSによって抗議活動の情報がデリー市民の間に拡散し、多くの人々を呼び寄せて、インド門での大規模な抗議集会に結び付いた事実に触れられていた。

SMSは文字情報のみだったが、やがて通信規格や携帯電話端末が進化し、写真や動画などのよりサイズの大きい情報をやり取りすることが可能になった。それは「MMS」と呼ばれた。「Multimedia Messaging Service」の略である。
だが、従来敷居の高かった動画の撮影が手持ちの端末で簡単に行えるようになり、画素数の向上によってより鮮明な画像の記録が可能になり、そしてそれを個人間で簡単にやり取りできるようになったことで、トラブルも深刻化した。やはりもっとも社会問題になったのはポルノ画像やポルノ動画の拡散である。プライベートな動画が流出し、当事者が社会的に抹殺されるような事件がインドでも相次いだ。
MMSによるプライベート動画流出事件が映画の中で取り上げられた最初期の例は「Dev. D」(2009年)や「Love Sex Aur Dhokha」(2010年)であろう。「Ragini MMS」(2011年)に関しては、題名に「MMS」とあるものの、実際には隠しカメラによる盗撮を題材にしたホラー映画であり、厳密にいえば「MMS」ではない。

PC媒体のソーシャルメディア
2000年代半ばからソーシャルメディアが次々に誕生していく。Orkutの開始が2004年、Facebookの開始が2004年、Twitter(現X)の開始が2006年である。日本産ソーシャルメディアの先駆けであるmixiの開始も2004年であった。また、ソーシャルメディアとは若干異なるが、SkypeやMSN Messengerといったチャットサービスも普及しており、既にビデオチャットが実現していた。
だが、この頃はまだスマートフォンの時代ではなく、携帯電話の時代だった。iPhoneが発売されたのが2007年だ。人々は携帯電話ではなくPCを使ってソーシャルメディアを利用していた。
基本的にインド映画は最新テクノロジーの取り込みに積極的で、既に「Mitr: My Friend」(2002年)にはチャットが登場する。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)ではビデオチャットを通して遠隔で出産をサポートする場面があった。「Mujhse Fraaandship Karoge」(2011年)はFacebookそっくりのソーシャルメディアを介した恋愛映画であった。だが、これらの映画ではPCからソーシャルメディアを利用していた。

スマートフォン媒体のソーシャルメディア
インドでスマートフォンが普及し始めたのは2010年代である。2007年に登場したiPhoneはインドでも2008年に販売されるようになったが高価であり、一部の富裕層しか手が届かなかった。だが、2010年代になると、中国製の安価なAndroid端末が市場を席巻するようになり、スマートフォンは庶民の手にも届くようになった。決定打となったのは2016年のReliance Jioによる通信価格破壊である。通信セクターに新規参入したReliance Jioは豊富な資金力を背景に4G専用ネットワークを構築し、無料データ・音声通話キャンペーンを打ち出して、顧客の獲得に努めると共に、通信料の価格破壊を行った。これによってスマートフォンが一気に普及した。
また、2016年にはモーディー政権による高額紙幣廃止(参照)とUPI(参照)のローンチもあった。これによってデジタル決済が一般化し、スマートフォンが「財布」になったため、インドにおいてスマートフォンは日常生活に必要不可欠なツールになって、ますます普及することになった。2020年からのコロナ禍も社会のデジタル化を推し進める結果となった。2020年代にはスマートフォンの普及率は75%を超えている。
インターネット利用の主要な媒体がPCからスマートフォンに移ったことで、スマートフォンにインストールされたアプリによるソーシャルメディアの利用が一般化した。
インドにおいてチャットツールの王座を獲得したのはFacebook傘下のWhatsAppである。日本で支配権を確立したLINEもインド進出したがWhatsAppの牙城は崩せなかった。現代のインド映画では登場人物がチャットツールによってやり取りをする場面が頻繁に映し出されるが、イメージしているのはこのWhatsAppである。インド人と知り合うと、ほぼ必ずWhatsAppで友達になろうと誘われる。音声通話もWhatsAppを介して行われる。日本人同士のコミュニケーションではあまり使わないかもしれないが、インド好きならとりあえずWhatsAppをインストールしておくことをおすすめする。
かつてインドではTikTokも人気だった。TikTokは2016年にサービス開始した中国発のソーシャルメディアだが、インドでは2020年に他の中国発アプリと共に禁止されたため、現在はインドではほぼ使われていない。ショート動画の主要媒体は同じくFacebook傘下のInstagramに移った。よって、映画の中にショート動画主体のソーシャルメディアが登場したら、それは十中八九Instagramをイメージしている。やはりインド人と知り合うと、Instagramのアカウント交換を求められることが多い。
これらの他に、動画投稿・共有プラットフォームのYouTubeもソーシャルメディアの一種であり、インド人に人気だ。また、Twitter(旧X)もよく使われている。だが、これらの人気は日本とそう変わらない。YouTubeに関しては、「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)や「Secret Superstar」(2017年/邦題:シークレット・スーパースター)などでストーリーの不可欠な要素として組み込まれていたのが記憶に新しい。

あとは、インドのビジネス界でマイクロソフト傘下のLinkedInもよく普及しており、転職活動などにも利用されていることが特筆すべきである。
インド人は世界の中でももっともこれらのソーシャルメディアを使いこなしている人々であり、映画などにおいて現代インド人のコミュニケーションを写実的に描き出そうと思ったら、WhatsAppやInstagramなどは活用せざるをえない。最近の映画の中でもっともソーシャルメディアを活用してストーリーを構築していた映画は「CTRL」(2024年)や「Logout」(2025年)である。特に「CTRL」は、PCやスマートフォンの画面の中だけでほとんどストーリーが進む「スクリーンライフ映画」の手法を採っており、注目される。
