2024年12月25日公開のアクション映画「Baby John」は、アトリー監督、ヴィジャイ主演のタミル語映画「Theri」(2016年)のヒンディー語リメイクである。
リメイク版ではアトリーはプロデューサーに回っており、監督はカーリースが務めている。カーリース監督はタミル語映画「Kee」(2019年)でデビューした人物だが、それほど実績はない。音楽監督はタマン・S。主演はヴァルン・ダワン。ヒロインは、「Annaatthe」(2021年)に出演のキールティ・スレーシュと「Khufiya」(2023年)に出演のワーミカー・ガッビー。キールティにとってはこれがヒンディー語映画デビューになる。
他に、ジャッキー・シュロフ、ラージパール・ヤーダヴ、シーバー・チャッダー、ザーキル・フサイン、アルマーン・ケーラー、オームカル・ダース・マニクプリーなどが出演している。また、サーニヤー・マロートラーとサルマーン・カーンが特別出演している。ディルジート・ドーサンジと音楽監督タマン・Sがプロモーションビデオ「Nain Matakka」に出演しているが、彼らの映像は本編では使用されていない。
インド旅行中の2024年12月31日にヴァーラーナスィーのIPヴィジャヤー・シネマで鑑賞した。チケットは250ルピーと300ルピーに分かれていた。
ジョン(ヴァルン・ダワン)は5歳の娘クシーと共にケーララ州のアーラップラー(アレッピー)に住んでいた。ジョンはクシーの通う学校の女性教師ターラー(ワーミカー・ガッビー)と仲良くなる。だが、ジョンは人身売買マフィアに因縁を付けられることになり、クシーを守るために真の姿を現す。実は彼は6年前にムンバイーで死んだはずのサティヤ・ヴァルマー警部であった。一方、実はターラーも警察官僚であることが分かる。 6年前まで、ヴァルマー警部はムンバイーの有名な警官だった。医師のミーラー(キールティ・スレーシュ)と結婚し、二人の間にはクシーが生まれた。ところがヴァルマー警部は人身売買マフィアのバッバル・シェール(ジャッキー・シュロフ)に命を狙われていた。なぜならヴァルマー警部は、彼の息子アシュウィン(アルマーン・ケーラー)を惨殺したからだ。アシュウィンはバッバルの影響力を使って州財務大臣に就任していたが、アンバーという少女をレイプした上に殺害するという犯罪を犯していた。ヴァルマー警部はアシュウィンを逮捕せずに殺してしまった。しかも、ヴァルマー警部は公衆の面前でバッバルを逮捕し、彼に屈辱を与えていた。 クシーの1歳の誕生日にバッバルは手下の悪徳警察官バルデーヴ・パーティル警部補(ザーキル・フサイン)などを率いてヴァルマー警部の自宅を襲撃する。妻のミーラーと母親のマードヴィー(シーバー・チャッダー)は殺されるが、ヴァルマー警部は生き残り、クシーも助け出すことができた。だが、世間ではヴァルマー警部は死んだことになっていた。その後、ヴァルマー警部はミーラーの遺言に従って、クシーと忠実な部下ラーム・セーヴァク(ラージパール・ヤーダヴ)を連れてアーラップラーに行き、そこで正体を隠して暮らしていたのだった。 刑務所に入っていたバッバルは、ヴァルマー警部とクシーが生きていることを察知し、アーラップラーまで刺客を送る。まずはクシーが殺されそうになるが、ヴァルマー警部とターラーの活躍により救出される。ヴァルマー警部はムンバイーに戻り、報復としてバルデーヴ警部補を殺す。だが、バッバルの反撃によりクシーとターラーが誘拐されてしまう。二人は他の女性たちと一緒に外国に身売りされようとしていた。ヴァルマー警部は港まで行って彼女たちを助け出す。助け出された女性たちはバッバルに襲い掛かる。 2年後。ヴァルマー警部とターラーは国際的な人身売買マフィアの密輸船に潜入していた。彼らは捕まり危機に陥るが、バーイージャーン(サルマーン・カーン)が現れ、彼らを救い出す。
「Baby John」の原作「Theri」を撮ったアトリー監督は、シャールク・カーン主演「Jawan」(2023年/邦題:JAWAN ジャワーン)の監督である。アトリー監督はタミル語映画界の人材を連れ込んでオリジナルのヒンディー語映画を撮影し、新たな時代を切り拓いた。彼が次にプロデューサーとしてヒンディー語映画に送り込んできたのがこの「Baby John」になる。今回は自身の過去作のヒンディー語リメイクだが、自ら監督をすることはなく、あえて別の人物に任せた。
反対の角度から見れば、ヒンディー語映画界のスターたちが、近年の南インド映画の隆盛を見て、南インド映画の監督たちに自分の主演作を撮って欲しいという願望を持ち始めたということでもあるだろう。「Baby John」は、表向きはヒンディー語映画だが、その作りは完全に南インド映画である。
また、南インド映画界の女優にとって、南インド映画のヒンディー語リメイクは、ヒンディー語映画界デビューの登竜門にもなっている。「Jawan」ではタミル語映画界の「レディー・スーパースター」ナヤンターラーがヒンディー語映画デビューした。「Baby John」ではマラヤーラム語映画からタミル語映画やテルグ語映画に進出したキールティ・スレーシュがヒンディー語映画デビューを果たしている。ただし、ダブルヒロイン体制であり、もう一人のヒロイン、ワーミカー・ガッビーは元々ヒンディー語映画界を中心に活躍してきた女優だ。
踊りには力が入っているし、アクションシーンもスタイリッシュだ。また、基本的にはシリアスな映画でありながらコメディーシーンを入れて息抜きできる時間帯も作っている。南インド映画的ではあるが、古き良きヒンディー語映画の伝統も感じる。当初は単なる凡人と思われた主人公が実はすごい奴だったという展開も南インド映画でよく見られるものだ。総じて安心して楽しめる娯楽映画であったが、ストーリーには飛躍が散見され、決して上手に構成された作品ではなかった。たとえばワーミカー・ガッビー演じるターラーのキャラはほとんど深掘りされておらず、普段は教師をしながら実は警官として活動するという全く意味不明の人物になっていた。
一応、女性の安全問題に対して注意を喚起する内容にはなっていた。多くの女性たちがレイプの被害に遭っていることについて触れられ、レイプ犯のアシュウィンは局部を切り落とされて焼き殺されるという最期を迎えた。女性の人身売買は映画の中心的なテーマになっていた。だが、これらも取って付けた感が著しく、映画の質を向上する役割は果たせていなかった。
主演ヴァルン・ダワンにとっては、この「Baby John」はもう一段上のスターに昇格するための挑戦だったといえる。南インド映画のフォーマットの作品に主演し、スターとしてのオーラを増強したかったのだろう。しかしながら、「Baby John」の興行成績は期待通りのものではなく、足踏み状態になってしまった。ヒンディー語映画デビューを果たしたキールティ・スレーシュも個性を発揮できていたかと問われれば疑問である。ワーミカー・ガッビーはそもそも演じた役柄が良くなかった。
「Baby John」は、クリスマス公開の話題作の一本であった。大ヒットしたタミル語映画「Theri」のヒンディー語リメイクであり、ダンスやアクションシーンなどの各部品には金が掛かっていて見どころが多かった。だが、ストーリーは支離滅裂で、ヒンディー語映画の観客には幼稚に映ったと思われる。興行的に失敗しており、ヴァルン・ダワンの努力は報われなかった。