2024年10月11日公開の「Jigra(度胸)」は、脱獄モノのアクションスリラー映画である。ユニークなのは、海外の刑務所が舞台になっていることと、女性主人公が外から死刑囚となった弟の脱獄を画策することだ。ヒンディー語映画では珍しい姉弟モノ映画に位置づけることも可能である。
プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。監督は「Mard Ko Dard Nahi Hota」(2019年/邦題:燃えよスーリヤ!!)のヴァーサン・バーラー。主人公のサティヤーを演じるのはアーリヤー・バット。彼女はプロデューサーも務めている。その弟アンクルを演じるのは「The Archies」(2023年/邦題:アーチーズ)でデビューしたヴェーダーング・ラーイナーだ。他に、マノージ・パーワー、アーディティヤ・ナンダー、ハリシュ・A・スィン、アンクル・カンナー、ラーフル・ラヴィーンドラン、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ユヴラージ・ヴィッジャン、ディール・ヒーラーなどが出演している。また、ラーディカー・マダン、スィカンダル・ケール、アーカーンシャー・ランジャン・カプールがカメオ出演している他、人気歌手・俳優のディルジート・ドーサンジがエンドロールに流れるミュージックビデオ「Chal Kudiye」に特別出演し歌を歌っている。
「Jigra」の舞台は「韓氏島(Hanshi Dao)」と呼ばれる架空の島国である。地理的にはマレーシアとインドネシアに囲まれた場所にあり、シンガポールをモデルにしていると思われる。実際にこの映画はシンガポールで撮影された。また、舞台となる刑務所は「Jiang Ge Correctional Institution」とのことだったが、その漢字表記は「姜戈懲教所」と「江閣懲教所」の2種類があった。「姜戈」も「江閣」も「Jiang Ge」と読むようだから、どちらかが正しいわけでもなさそうだ。漢字が読めてしまうと細かいところが気になってしまう。
サティヤバーマー・アーナンド、通称サティヤー(アーリヤー・バット)と弟アンクル(ヴェーダーング・ラーイナー)の母親は幼い頃に亡くなり、父親も自殺した。サティヤーとアンクルは遠い親戚であるメヘターニー家で育てられることになった。成長したサティヤーはメヘターニー家の執事として働き、アンクルはメヘターニー家の御曹司カビール(アーディティヤ・ナンダー)と起業しようとしていた。
アンクルとカビールはメヘターニーから投資を受け、ビジネスのために韓氏島へ赴く。そこでカビールは麻薬所持で逮捕される。韓氏島は麻薬に厳しく、有罪になれば死刑は確定だった。メヘターニーは韓氏島に弁護士ジャスワント(ハルシュ・A・スィン)を送るが、彼がしたことは、カビールの罪をアンクルになすりつけることだった。カビールは無罪放免されたがアンクルは死刑判決を受ける。
それを聞いたサティヤーはメヘターニー家の邸宅に火を付け、アンクルを救い出すためにチャーター便で韓氏島へ向かう。サティヤーは刑務所でアンクルと面会した後、弁護士を探すが、麻薬の罪で一度死刑判決が出た者を救うことは難しそうだった。そんな中、彼女はシェーカル・バーティヤー(マノージ・パーワー)という元ギャングと出会う。シェーカルの息子トニーが刑務所の中に収容されていた。サティヤーとシェーカルは脱獄を計画し始める。それを聞いていた元警官ムトゥ(ラーフル・ラヴィーンドラン)が止めに入るが、サティヤーは彼も仲間に引き入れる。ムトゥは、濡れ衣によって刑務所に収容されたチャンダン(ディール・ヒーラー)を救おうとしていた。
一方、アンクルは刑務所内で囚人のライヤン(アンクル・カンナー)と仲良くなる。ライヤンは密かに脱獄を計画しており、アンクルを仲間に入れる。サティヤー、シェーカル、ムトゥは中元祭の日にアンクル、トニー、チャンダンを脱獄させようとするが、同時並行で進んでいたライヤンの脱獄計画にアンクルたちが乗ってしまったために実行できなくなる。また、アンクル、トニー、チャンダン、ライヤンは一時刑務所の外に出ることに成功するが、ハンスラージ・ラーンダー所長(ヴィヴェーク・ゴーンバル)に見つかる。ライヤンはその場で殺害され、アンクル、トニー、チャンダンは刑務所に連れ戻される。しかも死刑執行日が早まる。
諦め切れないサティヤーは、韓氏島全体を停電にして刑務所の機能を停止させ脱獄させるという大胆な計画を練り出す。さすがに付いて行けなくなったムトゥは仲間から外れる。サティヤーはシェーカルと共に準備をし、アンクル、トニー、チャンダンの死刑執行が行われる日に停電を起こし、刑務所を襲撃する。停電になった刑務所内では囚人と警官の間で乱闘が起きた。サティヤーは刑務所の壁を爆破して侵入し、アンクルを探す。アンクルはラーンダー所長と死闘を繰り広げており、一時は殺されそうになるが、サティヤーの援護のおかげで助かる。サティヤーはアンクル、トニー、チャンダンを連れて逃げ出す。彼らはシェーカルの運転する自動車に乗り込み、ジェッティー乗り場を目指す。途中でシェーカルは銃弾を受け、彼らをかばって自爆する。サティヤー、アンクル、トニー、チャンダンの4人はボートに乗って韓氏島の領海外を目指す。途中でラーンダー所長に追いつかれるが、そこは既にマレーシア領海内で、マレーシア海軍に助けられる。
サティヤーとアンクルはインドに戻り、父親と住んでいた家に住み始める。
ヒンディー語映画界では、兄と妹という関係はよく描かれてきたが、姉と弟という関係は滅多に取り上げられなかった。「Fiza」(2000年)、「Dil Dhadakne Do」(2015年)、「Dhanak」(2016年)などが思い付くくらいである。「Jigra」はその数少ない姉弟モノ映画のリストに加わる作品だ。ユニークなのは、姉が弟の脱獄を主導するというプロットである。
ヒンディー語映画になぜ姉弟モノの映画が少なかったかといえば、男性中心だったからである。男性主人公に妹がいるという設定なら、守るべき相手なので問題ないのだが、姉となると男性主人公よりも偉い存在がいることになり、都合が悪い。そういうわけでヒンディー語映画において姉という存在はなるべく排除されてきたのである。
2010年代になると女性主体の映画が増え、そのトレンドは2020年代も続いている。女性が主人公であるばかりでなく、強い女性像が盛んに発信されるようになった。そうなると、男性中心映画と同じで、兄の存在は都合が悪くなる。「Jigra」でアーリヤー・バットが演じるサティヤーも目的のためなら手段を選ばない強い女性の典型である。彼女が助ける相手が兄では見栄えが悪い。そういうわけで弟を助けるプロットになったのであろう。
サティヤーは、唯一の身内である弟アンクルを助けるためならどんなことでもする。まず手始めに彼女が行ったのは、カビールを助けるためにアンクルを犠牲にする判断をしたメヘターニー家への復讐だ。父親が自殺した後、サティヤーとアンクルは遠い親戚であるメヘターニー家に預けられ育てられた。家族同然に育てられ、大きな恩がある家族だ。だが、アンクルを生け贄にした途端、サティヤーは牙をむく。韓氏島へ飛んだサティヤーは、弁護士を使ってアンクルを救い出そうとするがかなわない。すると、今度は脱獄を画策し出す。当初の脱獄案は刑務所の地下にある排水口を使ってこっそり助け出す手段だった。だが、それが失敗すると、今度は韓氏島全体を停電にし、刑務所を爆破して力尽くで助け出すという乱暴な計画に実行に移そうとする。刑務所には6,000人が収容されていた。6,000人の囚人を野放しにするリスクを負ってでも彼女はアンクルを何とか救い出そうとした。
サティヤーとアンクルの会話の中にはラーキーへの言及もあった。ラーキーはラクシャーバンダン祭のときに女性が自分の兄弟の手首に巻くミサンガ状の装身具だ。ラーキーを結ばれた男性は、その姉妹を守る義務を負う。ところが「Jigra」では、サティヤーがラーキーに誓って弟を守ると宣言する。ラーキーの意味合いがひっくり返ってしまったのは注目すべきである。
監督の趣味であろうか、劇中ではアミターブ・バッチャンの出世作「Zanjeer」(1973年)のシーンや歌が何度も引用され、レトロ感を演出していた。あるシーンでは、マノージ・パーワーが知る人ぞ知る伝説的スリラー映画「Urf Professor」(2001年)のTシャツを着ていた。マノージはこの映画で「プロフェッサー」という名の殺し屋を演じた。
アーリヤー・バットの演技は素晴らしかったし、中国語が飛び交うインド映画というのも異国情緒があってよかった。だが、ストーリーがあまりに荒唐無稽すぎて付いて行けなかった。架空の島国が舞台というのもいまいち物語の中に入っていけない要因になっていた。ダシャハラー祭に合わせて封切られた期待作であったが、興行的には失敗に終わってしまった。
「Jigra」は、アーリヤー・バット主演の脱獄映画である。中からではなく外から脱獄を計画・実行すること、女性が主人公である点がユニークだ。また、女性中心映画ということで、姉が弟を救うプロットにもなっている。だが、ストーリーが進行するにつれて話がどんどん大きくなっていき、最後には刑務所爆破という荒唐無稽な手段に訴えることになった。これでは、いくらアーリヤーの名演があったとしても付いていくことなどできない。無理して観る必要はない映画である。