2024年3月15日からNetflixで配信開始された「Murder Mubarak(殺人おめでとう)」は、インド人作家アヌジャー・チャウハーン作のミステリー小説「Club You To Death」(2021年)を映画化した作品である。過去にも彼女の書いた「The Zoya Factor」(2008年)が原題と同じ「The Zoya Factor」(2019年)として映画化されている。
プロデューサーはディネーシュ・ヴィジャン、監督は「Cocktail」(2012年)や「Angrezi Medium」(2020年/邦題:イングリッシュ・ミディアム)のホーミー・アダジャーニヤー。複雑なプロットのスリラー映画を得意とする監督だ。アンサンブルキャストの作品で、パンカジ・トリパーティー、サーラー・アリー・カーン、ヴィジャイ・ヴァルマー、カリシュマー・カプール、ディンプル・カパーリヤー、ティスカ・チョープラー、サンジャイ・カプール、スハイル・ナイヤル、ターラー・アリーシャー・ベリー、アーシム・グラーティー、ブリジェーンドラ・カーラーなどが出演している。
この映画は日本語字幕付きで配信されており、邦題は「マーダー・ムバラク」になっている。
100年の歴史を持つ由緒ある会員制クラブ、ロイヤル・デリー・クラブ(RDC)で、ジム・トレーナーのレオ・マシューズ(アーシム・グラーティー)がベンチプレス中にバーベルに首を挟まれて変死した。バヴァーニー・スィン警部(パンカジ・トリパーティー)は部下のパダムと共に現場に赴く。バヴァーニー警部はすぐに殺人だと断定する。レオの体内からは「ピンコ・ハートニー」と呼ばれるドラッグが検出された。容疑者候補はクラブに出入りする会員と従業員全員だった。 まずはレオの同僚トレーナー、テージューとティンスクに疑いの目が掛けられるが、バヴァーニー警部は保留する。孤児院出身のレオは孤児院に欠かさず寄付をしていた。その寄付リストにはRDC会員の名前が連なっていた。レオは会員の弱みを握って金を揺するのを趣味としており、孤児院に寄付をさせていたのである。このリストに名前がある者がレオに恨みがあり、殺人の動機がある可能性が高かった。 没落王族のランヴィジャイ・スィン(サンジャイ・カプール)、B級映画のC級女優シェヘナーズ・ヌーラーニー(カリシュマー・カプール)、クッキー・カトーチ(ディンプル・カパーリヤー)、ローシュニー・バトラー(ティスカ・チョープラー)とその薬中息子ヤシュ(スハイル・ナイヤル)など、それぞれレオに揺すられた経験を持っていたが、殺人の動機としては弱かった。 そうこうしている内に、RDCの従業員ガッピー・ラーム(ブリジェーンドラ・カーラー)が拳銃で自殺し、その後、庭園から白骨化した遺体が発見される。当初、その遺体はRDCのエステティシャン、ガンガー(ターラー・アリーシャー・ベリー)の夫アジャイ・クマールだと予想される。アジャイは3年前から行方不明になっていた。アジャイはピンコ・ハートニーの売人でもあった。ランヴィジャイはガンガーと浮気しており、ランヴィジャイが逮捕されそうになるが、そのときアジャイがひょっこり現れたため、振り出しに戻る。 検死の結果、その遺体はバンビー・トーリー(サーラー・アリー・カーン)の夫アンシュルのものだということが分かった。アンシュルは事故死したとされていたが、遺体は見つかっていなかった。頭部に鈍器で殴られた跡があった。バヴァーニー警部は凶器を特定し、その持ち主がバンビーの幼馴染みで弁護士のアーカーシュ・ドーグラー(ヴィジャイ・ヴァルマー)であることを突き止める。アーカーシュはバンビーに片思いしており、バンビーを奪ったアンシュルに恨みを抱いていた。バヴァーニー警部はアーカーシュを逮捕しようとする。 ところがそこへバンビーが進み出て自白を始める。バンビーはアンシュルと結婚したものの、二人の結婚生活は平穏ではなかった。結婚から1年後にはアンシュルはガンガーと浮気をするようになっていた。怒ったバンビーはアンシュルの頭部をクッキーの作った彫像で殴って殺してしまう。バンビーはガッピーの協力を得てアンシュルの遺体をRDCの庭園に埋めた。だが、レオはそれを知ってしまい、バンビーを脅していた。そこでバンビーはレオにピンコ・ハートニーを飲ませて昏睡させ、ベンチプレスで事故死させてしまった。また、彼女は秘密を知るガッピーを殺した上に、ヤシュを犯人に仕立て上げようとした。アーカーシュはバンビーを助けるために彼女の罪を自分でかぶろうとしたのだった。
英国植民地時代から続く会員制高級クラブ、ロイヤル・デリー・クラブ(RDC)を舞台にした殺人事件を、刑事コロンボ的なおとぼけ警察官バヴァーニーが解決するミステリー映画であった。クラブ会員はデリー社交界のセレブたちであったが、エキセントリックなキャラばかりで、それぞれに怪しい部分があった。それらに惑わされながらも、最後にはピシャリと真犯人を突き止める。
主人公格のキャラは、パンカジ・トリパーティー演じるバヴァーニー警部と、サーラー・アリー・カーン演じるバンビーである。バヴァーニー警部は探偵モノ映画によく出て来るキャラであったが、バンビーはユニークだった。まず、彼女は寡婦である。アンシュルという男性と結婚していたが、3年前に事故で亡くしていた。バヴァーニーは裕福な家庭に生まれ育ち、子供の頃から両親に連れられてRDCに入り浸って生活していた。彼女にとってRDCは全てであり、アイデンティティーであった。よって、RDCに居場所を維持することが彼女の最大の関心事であった。バンビーは幼馴染みのアーカーシュと恋仲にあったが、彼の社会的地位は低く、彼女と釣り合わなかった。よって彼女は同じ上流階級のアンシュルを結婚相手に選んだ。
ところがアンシュルは、RDCで見栄を張ることに躍起になるバンビーを見透かしていた。アンシュルはそんな浅はかな妻に早々に愛想を尽かし、RDCのエステティシャン、ガンガーと不倫を始める。バンビーは、夫が自分と離婚し、ガンガーのような下賎な女性と結婚するようなことがあっては、RDCにおける自分の名誉が傷つくと恐れる。そして不意打ちをして彼を殺してしまったのである。これが「Murder Mubarak」で起こる一連の事件の発端になっていた。つまり、一番まともそうに見え、バヴァーニー警部と平行して事件の解決をしようとしていたバンビーが真犯人というオチであった。
「Murder Mubarak」では、多数のエキセントリックなキャラのそれぞれの言動が足早に、かつランダムに流れていくことでストーリーが進んで行くのだが、このスタイルはホーミー・アダジャーニヤー監督のデビュー作「Being Cyrus」(2006年)を想起させた。スタイリッシュといえばスタイリッシュなのだが、非常に難解で、常に頭をフル回転させていなければならず、少し気を抜くとすぐにストーリーを見失ってしまう。実は苦手な監督である。
これだけ多くの登場人物を個性的に描き切るのは大変なことだ。観客にとっても、登場人物の名前と顔を一致させてるだけで一苦労である。だが、個性的な俳優を適材適所で起用できており、彼らの好演も引き出せている。そのおかげで誰が誰だか分からなくなることはない。パンカジ・トリパーティーの老練な演技はさすがであったし、まだ若手のサーラー・アリー・カーンもキャリアベストと評していい演技をしていた。カリシュマー・カプールの久々の出演も大きな見所だ。
RDCのロケ地となったのは、北デリーのヘリテージ・ホテル、メイデンズ・ホテルだ。英領時代の1903年に建造されたコロニアル建築であり、100年の伝統を持つという架空の会員制高級クラブRDCの雰囲気にピッタリである。2022年12月に宿泊したのだが、そのときと比べて建物がきれいになっていたような気がした。撮影は2023年2月から4月にかけて行われたという。
「Murder Mubarak」は、複雑な筋書きをスタイリッシュな映像で料理することで定評のあるホーミー・アダジャーニヤー監督のミステリー映画である。難解すぎるきらいがあるのだが、パンカジ・トリパーティーやサーラー・アリー・カーン、それに脇役の俳優たちの優れた演技が観られる。カリシュマー・カプールの復帰も大きなニュースだ。