The Vaccine War

4.0
The Vaccine War
「The Vaccine War」

 2022年においてもっとも話題になったヒンディー語映画のひとつに、ヴィヴェーク・アグニホートリー監督の「The Kashmir Files」(2022年)があった。アグニホートリー監督はインド人民党(BJP)のカリスマ的政治家ナレーンドラ・モーディー首相の熱烈な支持者を公言している人物であり、彼の作る作品群は、BJPのライバル政党である国民会議派(INC)を貶める内容か、BJPの党是を喧伝する内容か、どちらかだ。

 従来、カシュミール問題というと、とかくカシュミール地方に住むイスラーム教徒が当地の治安維持のために中央から送り込まれた治安部隊や軍隊によって弾圧されている現状が強調されてきたが、「The Kashmir Files」は、それよりも前にカシュミール地方の多数派であるイスラーム教徒に迫害され故郷を追われたヒンドゥー教徒、いわゆるカシュミーリー・パンディトの受難を取り上げ、カシュミール問題の別の側面を浮き彫りにした。決して「喧嘩両成敗」で済ましてしまっていい問題ではないのだが、少なくともヒンドゥー教徒を票田とするBJPにとってカシュミーリー・パンディトに対する「ジェノサイド(大量虐殺)」と彼らの「エクソダス(集団脱出)」は都合のいい言説である。アグニホートリー監督の映画はあからさまにプロパガンダ映画なのだが、作り方はうまく、その影響力は計り知れない。賛否はあるものの、現在のヒンディー語映画界でもっとも無視できない映画監督の一人だ。

 2023年9月28日公開の「The Vaccine War」は、そんなアグニホートリー監督の最新作である。今回彼が切り込んだのは、コロナ禍にインドが独自に開発したワクチン「Covaxin(コバクシン)」であり、この映画はその開発秘話になっている。「Covaxin」開発を主導したインド医学研究評議会(ICMR)の会長バルラーム・バールガヴァが著した「Going Viral: Making of Covaxin」(2021年)を原作としている。

 「The Vaccine War」は、ちょうどインドが月面探査船チャンドラヤーン3号の月面着陸を成功させた興奮の冷めやらない時期に公開された。近年、宇宙開発は盛んに映画の主題になっており、「Mission Mangal」(2019年/邦題:ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画)や「Rocketry: The Nambi Effect」(2022年)などの実話にもとづいた作品も作られている。インドの宇宙開発を主導しているのはインド宇宙研究局(ISRO)であり、それらのミッションを成功させたISROの科学者たちは映画のおかげもあって英雄に祭り上げられるようになった。チャンドラヤーン3号も近く必ず映画化されるだろう。確かに宇宙開発はスケールが大きく、宇宙の謎解明という底知れないロマンがあり、映画にしやすい。しかしながら、科学には他にも様々な分野がある。「The Vaccine War」は、世界を一変させてしまったウイルスと、それに立ち向かうための武器であるワクチン開発というミクロ分野の科学を扱っている。今回クローズアップされた組織はICMRだ。保健家族福祉省保健研究局下にあるICMRは、インド全土の生物医学研究を統轄し、インドの保健問題の解決を目指している。コロナ禍ではICMRが民間製薬会社バーラト・バイオテックと協働して「Covaxin」の開発を行った。インドでワクチン接種が始まったのは2021年1月である。

 「Covaxin」の開発は、単に新型コロナウイルス対策のためだけではなかった。医療分野で外国製のワクチンに依存することはインドの自立性や外交力を低め、外圧に弱い体制を作ってしまう。国産ワクチンの開発成功は、保健衛生分野での「独立」の象徴である。そのため、「The Vaccine War」はワクチン開発の物語ではあるが、それ以上に国威発揚の映画になっている。しかも、ワクチン開発がモーディー政権下で成功したことを考えると、これは他のアグニホートリー映画と同じでモーディー政権の礼賛でもある。映画中、モーディー首相もしくは彼をモデルとしたキャラは登場しなかったが、明らかに首相は好意的に描かれていた。この映画に限った話ではないが、映画で言及されていること全てを鵜呑みにするのは危険だ。しかしながら、ICMRや、その傘下でワクチン開発に当たった国立ウイルス学研究所(NIV)などの組織名、それに原作者バルラーム以下、ほとんどの科学者が実名で登場しており、それが一種の信憑性の担保になっている。

 キャストは、ナーナー・パーテーカル、パッラヴィー・ジョーシー、ラーイマー・セーン、サプタミー・ガウダー、アヌパム・ケール、ギリジャー・オーク、ニヴェーディター・バッターチャーリヤ、モーハン・カプールなどである。パッラヴィーは「The Kashmir Files」でカシュミール分離を支持する教授を演じていた女優であり、本作のプロデューサーも務めている。アヌパムもモーディー支持者として知られる俳優で、親BJPの映画には必ず顔を出す。アグニホートリー映画にも常連になっている。

 2023年10月6日にイオンシネマ市川妙典にてSpaceBoxによる上映会があり、この映画をいち早く鑑賞することができた。

 2021年1月、ICMRのバルラーム・バールガヴァ会長(ナーナー・パーテーカル)は、中国で発生した未知の病気に興味を持ち、調査を始める。この新型コロナウイルスはすぐに世界各国に広まり、インドでも感染者が出始めた。バルラームは、部下のニヴェーディター・グプター(ギリジャー・オーク)、国立ウイルス学研究所のプリヤー・アブラハム(パッラヴィー・ジョーシー)などに指示し、新型コロナウイルスの入手・分離とワクチンの開発に着手した。

 現政権に批判的な立場で報道する報道局「ザ・デイリー・ワイヤー」のジャーナリスト、ローヒニー・スィン・ドゥーリヤー(ラーイマー・セーン)は、インドには新型コロナウイルスに立ち向かうだけの能力も設備もないと主張し、世間に不安を広めた。そして、あることないことを記事にして、ICMRのワクチン開発を阻止しようとする。実はローヒニーは米国と通じていた。インド独自のワクチン開発を失敗させることで米国製ワクチン導入を余儀なくさせ、それを突破口に政権転覆を狙っていた。

 一方、ICMRは7ヶ月でワクチン開発に成功し、「Covaxin」の大量生産を開始する。ローヒニーは「Covaxin」を「標準以下のワクチン」と呼んでネガティブキャンペーンを繰り広げる。その影響からか、「Covaxin」の接種量が減少した。ICMRはメディアを通してきちんと説明する必要があったが、頑固なバールガヴァ会長はそれを拒否していた。仕方なくプリヤーが記者会見を行う。記者会見の場ではローヒニーが「Covaxin」を批判し、安全性が確立している外国製ワクチンの導入を求めた。突如会場に現れたバールガヴァ会長は、外国製ワクチンの実態を暴露すると同時にインド独自のワクチン開発に成功した意義を強調し、ローヒニーを含む記者たちを納得させる。

 映画の題名は「The Vaccine War」となっている。わざわざ「戦争」という言葉が入っているのは、第一には新型コロナウイルスとの戦いだったからだ。映画の中では、ICMRの科学者たちがいかに苦労して新型コロナウイルスを入手し、分離・培養して徹底的に検査し、ワクチン候補を検体に投与して効果を確かめ、そして最終的に短期間でワクチン開発にこぎ着けたかがつぶさに描かれている。映画中にはウイルス学に関する専門用語が頻出する。幸い英語字幕付きだったので目で専門用語を追うことはできたのだが、ひとつひとつの意味をいちいち理解できなかった。それは一般のインド人観客にとっても同様であろうが、何となくインド人科学者の優秀さを示す効果はあった。

 だが、戦いはそれだけではなかった。ワクチン開発にあたってICMRがウイルス以外に戦わなければならなかったのは、インドの官僚システムや行政機構だった。新型コロナウイルス感染者が急増し始めたインドにとってワクチン開発は急務だったが、厳しい規制や煩雑な手続きが目の前に立ちはだかり、迅速なワクチン開発を阻んだ。また、国益を二の次にして無責任な政権批判を繰り返すメディアも新型コロナウイルスやワクチン開発を政治利用しようとした。それに、多くの科学者にとっては家庭を犠牲にした戦いでもあった。通常は何年も掛かるワクチン開発を数ヶ月内に完遂するため、科学者たちは何日も家に帰らず、睡眠も取らず、ワクチン開発に没頭した。その姿は、国境で国防に従事する兵士と全く変わらなかった。

 検体用の猿を捕まえにICMRのチームがジャングルの奥地に入り込む場面があった。候補となったワクチンをマウスに投与する実験に成功したICMRは、次はより人間に近い猿での実験を求めていた。しかしながら、インドのどの研究所にも検体として適した猿がおらず、動物園にも見当たらなかった。コロナ禍が始まって以来、中国は猿の輸出を禁止しており、海外からの入手も難しかった。そこで科学者たちが自らジャングルに入って猿を捕獲しようとしたのである。もちろん、そのためには多くの手続きを経る必要があった。しかも、動物愛護の急先鋒であるメーナカー・ガーンディーから物言いが入る場面もあった。ワクチン開発の裏に猿捕獲大作戦や動物愛護活動家たちとの一悶着があったという裏話は非常に興味深いものだった。

 女性の活躍が強調されていたのは、近年のヒンディー語映画に共通して見られる傾向だ。「Covaxin」開発チームは、リーダーこそ男性であったが、多数の女性科学者で構成されていた。似たような理系映画である「Mission Mangal」も同じ構成だったのを思い出す。ただし、これらは事実の反映でもあるようだ。実際に「Covaxin」開発チームには多くの女性科学者が参画していた。女性が多いという点よりもむしろ、彼女たちがいかに家庭との両立に悩みながら国のために使命を全うしたかが強調されていた。

 女性に関して非常に印象に残ったのは、パンデミック初期に、イランに取り残されたインド人のPCR検査を行うため女性科学者が派遣されたエピソードだ。ワクチン開発とは直接関係ないエピソードだったが、監督の女性観がもっとも顕著に表れていた。イランに渡って検査をするミッションを任されたICMRでは、派遣する科学者の人選が行われていた。男性科学者たちが軒並みイラン行きを拒否する一方で、女性科学者たちは勇敢にも自ら志願した。彼女たちを統轄するプリヤーは、イスラーム国家であり、女性への規制が厳しいイランに女性を派遣することに断固反対だった。しかし、バールガヴァ会長は、戦争を戦うのに男女の別はないと主張し、彼女たちをイランに送る。危険な任務から女性を外すという慣習は確かに男女平等が当然となった現代社会にも根強く残っている。だが、結局はその配慮が男尊女卑の温床となる。ましてや自ら志願した女性たちを女性という理由だけで任務から外すのは彼女たちの自尊心を傷付け、やる気をそぐことになる。イランに派遣された女性科学者たちは見事に任務を全うしインドに帰還した。

 このエピソードに付随して、インドの科学者たちが薄給であることも批判を込めて取り上げられていた。インドにおいて理系は学問の王道であり、国の機関で働く科学者たちは高給取りかと思いきや、それほど給料はよくないようだ。科学者への尊敬や、彼らに対する正当な報酬の支払いの必要性も、この映画は裏テーマとして抱えていた。

 最近のヒンディー語映画に見られるようになった新たな風潮に中国批判がある。四半世紀前まではヒンディー語映画は直接的なパーキスターン批判すら控えてきたのだが、21世紀に入ると、パーキスターン政府やパーキスターン人が敵として設定されるのは当たり前となり、2010年代からはパーキスターンに加えて中国が敵国として浮上してきた。世界では、新型コロナウイルスが中国発祥というのはほぼ認められている事実であり、さらに踏み込んで、中国が軍事的な目的で人為的に生み出したウイルスなのではないかという説も流布している。「The Vaccine War」には、やたらと中国批判をするキャラが登場していたし、コロナ禍初期の中国政府の隠蔽工作を厳しく糾弾する発言もあった。決して中国批判が主眼の映画ではなかったが、中国にとっては気持ちいいナラティブではないだろう。

 映画中、ワクチン開発以外の部分でBJPへの忖度を感じる場面もいくつかあった。たとえば、「インド人は団結しなかったために、1000年もの間、外国人による支配を許した」という発言があった。通常、インドにおいて「外国人による支配」と言った場合、それは英国人による支配を指し、その期間はせいぜい200-300年だ。では「1000年間」が何を指すかといえば、それはイスラーム教徒による支配を含むとしか考えられない。これは、BJPの歴史観そのものだ。他にもBJPが好きそうな用語「サナータン(永遠の)」や「バーラト(インドの国号)」を耳にした。

 ラーイマー・セーンが演じる反政府ジャーナリスト、ローヒニー・スィン・ドゥーリヤーには特定のモデルがいるわけではなさそうだが、彼女の属するメディア「ザ・デイリー・ワイヤー」は、何となくモーディー政権に批判的なメディア「The Wire」を彷彿とさせる。ローヒニーは、恣意的・選択的な報道を駆使して政府を攻撃し続けていたが、最後にはバールガヴァ会長にたしなめられ、涙を流して改心する。映画中、彼女を代表とした政権批判的なメディアに対しては、「人々を不安に陥れるという点ではテロリストと変わらない」と痛烈な批判がなされているが、これも言論統制を強めつつあるモーディー政権にとっては都合のいい言説である。最終的に「The Vaccine War」は、ウイルスとの戦いよりもローヒニーとの戦いで幕を閉じていた。娯楽映画として成立するために、このような分かりやすい悪役が必要だったのかもしれないが、彼女がいなければ、もっとワクチン開発の苦労に集中した硬派な映画になっていたと思われる。アグニホートリー映画の限界をローヒニーに見た気がする。

 主筋ではないが、小道具としてヒンドゥー教の神話がいくつか使われていた。たとえば、ワクチン開発にあたってバールガヴァ会長は科学者たちに「アルジュナの魚の目」を心に刻ませる。「マハーバーラタ」には、パーンダヴァ五兄弟の三男で弓の名手アルジュナが、空中に吊り下げられた魚の目を、水面に映った影だけを見て弓で射抜いた逸話が語られている。この逸話は、余所事に気を取られず、一点集中して使命を果たす大切さを教えている。これは、クリシュナがマハーバーラタ戦争直前にアルジュナに語ったことでもある。

 「The Vaccine War」全体を通して強く感じられたのは、インド人が深層心理で感じている劣等感、そしてそれに付け込む国際社会という構図の妄想、さらにはその克服の必要性の啓蒙である。世界最大の人口と急速な経済成長を背景に大国の仲間入りをしつつあるインドだが、まだ国際社会の中では正当に評価されていないという感覚をインド人の多くが持っているのではなかろうか。それだけではない。インド人自身が自国についていまいち自信を持っていないところもあり、それはローヒニーが見出しに掲げた「India can’t do it(インドにはできない)」という言葉に凝縮されている。ICMRはわずか7ヶ月で新型コロナウイルスのワクチン開発に成功した。しかも、ファイザー社やモデルナ社が採用した最新のmRNA方式のワクチンではなく、安全性が確立していた従来型の不活化ワクチンであった。これは十分にインド人がインドに自信が持てる偉業であった。それにもかかわらず、不安を煽るメディアの報道に踊らされてインド国民の間でワクチン接種が滞り、国際的にも長らく「Covaxin」は認可されなかった。中国が開発したワクチンが早々に認可されたのとは対照的だった。これは国際社会によるインドに対する差別であり、また、ワクチンによってインドを支配下に置こうとする米国などの列強国の陰謀だとされていた。それを克服するためには、国民の間に科学の知識を広め、インド人科学者たちが成し遂げた業績を正しく評価し、国際的にも科学力を使ってインドの存在感を地道にアピールしていくしかない。その一環が宇宙開発であり、そしてこのワクチン開発なのだ。現に「Covaxin」は欧米諸国の支援が届かなかったアジア・アフリカ諸国に提供され歓迎された。インドはワクチン販売による利潤を追求せず、全世界の保健にひたすら貢献している点も強調されていた。最近になってインドが「グローバルサウス」の盟主を自認し始めたのも、このようなワクチン外交の成功体験と、そこから醸成された「インドは他国と異なる善なる大国だ」という自己認識に一因があったのではないかと思われる。

 ICMRのトップを務めた科学者の著書を原作としているはずだが、ストーリーには事実と異なる部分もあるのではなかろうか。たとえば、インドは「Covaxin」以前に自前のワクチンを開発して来なかったとされていたが、たとえばICMRと協働して「Covaxin」を開発したバーラト・バイオテック社は過去に既に豚インフルエンザやロタウイルスのワクチンを開発している。コロナ禍にインドは外国製のワクチンを受け入れなかったともされていたが、英アストラゼネカ社のワクチンが承認され、「Covishield(コビシールド)」としてインド国内で生産されるようになった。2021年1月にインドで新型コロナウイルスのワクチン接種が始まったとき、「Covaxin」と「Covishield」が併用されていた。映画ではこのあたりの説明が全く抜け落ちていた。

 しばらく観ない間にナーナー・パーテーカルは太ってしまっていたが、演技力やナーナー節は健在だった。2018年に女優タヌシュリー・ダッターによりセクハラで訴えられたことで彼の出演作は減ってしまったが、2019年には裁判所から無罪を勝ち取っており、その後、再び映画に出演するようになった。才能ある俳優なので、またスクリーン上で彼の演技を頻繁に楽しめるようになるのを期待する。

 パッラヴィー・ジョーシーやギリジャー・オークなどの女優陣も素晴らしい演技だった。キャストへのギャラを含め、おそらくかなり低予算で作られた映画であろうが、優れた脚本と演技により、純粋な娯楽映画として観ても成立する作品になっていた。さらに、インド人の劣等感を刺激し、その反動として愛国心を燃え立たせる工夫もなされている。アグニホートリー監督はインド人の心をくすぐる天才だ。

 既にコロナ禍は過去のものとなりつつある時期に鑑賞したが、スクリーンに大きく映し出され、不気味にうごめく新型コロナウイルスの姿を見ると、何となく当時の嫌な記憶が戻ってくる。しかも、新型コロナウイルスが映し出されるときには必ず不気味な効果音が付けられる。まるで魑魅魍魎が地獄の底からうなり声を上げているようだ。そういえば宮崎駿監督「風立ちぬ」(2013年)でも、人の声を使った似たような効果音があった。

 「The Vaccine War」は、親BJPの立場から物議を醸す映画を作り続けるヴィヴェーク・アグニホートリー監督の最新作である。モーディー政権下で成功した新型コロナウイルスのワクチン開発を愛国心たっぷりに取り上げており、平常運転だ。インドが科学分野で躍進する姿を礼賛する理系映画の系譜ともいえるし、女性活躍を前面に押し出した女性中心映画の系譜でもある。2024年に下院総選挙を控えており、モーディー首相は3期目を目指している。その応援のための強力な追い風だと捉えても差し支えないだろう。この映画は様々な切り口で分析することができる。一応、ワクチン開発を主導した科学者バルラーム・バールガヴァの著書を原作としており、開発に携わった他の科学者たちも実名で登場するため、その描写に一定の正確性はあるのだろうが、事実と異なる部分もあるように感じる。BJP応援のためのプロパガンダ映画としても有用な内容であることも忘れてはならない。どちらにしろ、現代インドを語る上で外せない映画なのには変わりがない。