Rocketry: The Nambi Effect (Tamil)

4.0
Rocketry The Nambi Effect

 近年、インド映画ではにわかに宇宙を主題にした映画が立て続けに公開されている。ヒンディー語映画が「Mission Mangal」(2019年/邦題:ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画)が代表だが、他にもヒンディー語映画「Zero」(2018年)やタミル語映画「Tik Tik Tik」(2018年)などが挙げられる。

 2022年7月1日公開のタミル語映画「Rocketry」も、宇宙開発が主題のドラマ映画である。ヴィカース・ロケットエンジンを開発したロケット科学者ナンビ・ナーラーヤナンの伝記映画だ。同年5月19日にはカンヌ国際映画祭でプレミア上映された。タミル語版、ヒンディー語版、英語版が同時製作されており、鑑賞したのは英語字幕付きのタミル語版である。

 映画の解説をする前に、ナンビ・ナーラーヤナンについて説明しておく必要がある。

 1941年生まれのタミル人ナンビ・ナーラーヤナンはインド宇宙研究局(ISRO)の科学者であり、米プリンストン大学に留学し、液体燃料ロケットの技術を習得した。インドに戻ったナンビは、仏SEDPが開発したロケットエンジン「ヴァイキング」の技術供与を受けるために科学者のチームを率いて渡仏し、そこでフランスの科学者たちと「ヴァイキング」をさらに改良した液体燃料ロケット「ヴィカース」を開発した。ナンビが開発した「ヴィカース」は、2008年の月探査衛星「チャンドラヤーン1号」や、2013年の火星探査衛星「マンガルヤーン」の打ち上げに使用されたPSLV(極軌道打ち上げロケット)にも使用され、インドが宇宙開発国入りする大きな原動力となった。

 正にインドを代表する頭脳であったが、1994年にはロケット技術をパーキスターンに売り渡したスパイ容疑で逮捕される。ナンビは50日間拘束されて激しい拷問を受け、家族も嫌がらせを受けた。しかし、中央捜査局(CBI)が事件の捜査をしたところ、ナンビがスパイ行為を行った証拠は得られず、1998年には最高裁判所もナンビの無実を裏付けする判決を行った。ほとんど確固たる証拠のないままナンビにスパイ容疑が掛けられ、拷問まで行われた裏には、政治的な陰謀が噂されている。ナンビにはケーララ州政府から多額の慰謝料が支払われた。

 2014年にインド人民党(BJP)が中央政府の与党になると、ナレーンドラ・モーディー首相主導の下、ナンビの名誉回復が急速に行われ、2019年にはパドマブーシャン勲章が授与された。こうしてナンビは、国の英雄から裏切り者に転落し、そして再び国の英雄になった。「Rocketry」は、第一には天才的な科学者かつ愛国者のナンビ・ナーラーヤナンが国から受けた屈辱的な仕打ちを赤裸々に描き出すことで、彼の貢献をインド国民の前に提示し、二度と同じようなことがないように戒める内容の映画だといえる。

 監督はRマーダヴァン。いくつかのヒンディー語映画にも出演しているが、基本的にはタミル語映画界の男優である。今回、初めてメガホンを取り、しかも主演ナンビ・ナーラーヤナン役も演じている。また、映画はナンビへのインタビュー形式で進み、回想シーンによってナンビの人生に起こった事件が語られる。そのインタビュアーを務めるのが、タミル語版ではスーリヤ、ヒンディー語版と英語版ではシャールク・カーンである。

 他に、スィムラン、ラジト・カプール(ヒンディー語版と英語版)、ラヴィ・ラーガヴェーンドラ(タミル語版のみ)、ムラーリーダラン、ミシャー・ゴーシャール、アマーン、サム・モーハンなどが出演している。また、ラストでRマーダヴァンに代わってナンビ・ナーラーヤナン自身が本人役で出演し、国民に語りかけている。

 ISROに務めるロケット科学者のナンビ・ナーラーヤナン(Rマーダヴァン)は、固体燃料よりも液体燃料の方に将来性を見出し、米プリンストン大学で液体燃料ロケットの技術を学ぶ。NASAのオファーを断ってインドに戻ったナンビは、今度はフランスに渡り、ヴァイキング・エンジン開発チームと液体燃料エンジンを共同開発する。彼が開発したエンジンは「ヴィカース」と名付けられた。

 1992年、ナンビは経済危機に陥るソビエト連邦に渡り、ロケット技術を買い付ける。ソビエト連邦が解体し、米国からの邪魔が入る中、ナンビはソ連を脱出し、ロケットのいくつかの部品を持ち帰る。しかし、ナンビには突然、マリヤム・ラシーダーというモルディヴ人女性のハニートラップに掛かってパーキスターンにロケット技術を売り渡した容疑が掛けられ、逮捕される。ナンビは50日間の拘留期間の内に拷問を受ける。また、ISROもナンビに救いの手を差し伸べようとしなかった。

 だが、CBIが事件の担当となったことで公平に真相に光が当てられ、ナンビは釈放される。だが、世間からの執拗な嫌がらせに遭った妻のミーナー(スィムラン)は精神に異常をきたしてしまう。

 釈放後もナンビの汚名は完全には拭えず、人々は彼とその家族に冷たく当たった。だが、遂に最高裁判所がナンビの無罪を確定し、人々は一転して彼を受け入れる。

 時は現代。スーリヤ(本人)によってナンビはインタビューされ、過去を語る。全てを聞いたスーリヤはインド国民を代表して彼に謝るが、ナンビはその謝罪を受け取らず、今でもインド国民の良心を信じていると語る。

 ロケット科学者の伝記映画であるために、ロケット科学の映画でもあり、「理系映画」と称してもいいくらい、科学的な専門用語が頻出する映画だった。ナンビは液体燃料エンジンを開発したことで有名な科学者だが、それが従来の固体燃料エンジンに比べてどう優れているのか、そしてさらに次世極低温エンジンがなぜ必要なのか、専門知識がないため、全く付いていけなかった。ちょうどEVでは全固体電池の開発競争が話題になっている中で(おそらく全く別の話だろうが)、ロケットエンジンの燃料が固体から液体に進化した背景を知りたかった。そのような専門用語の解説を差し挟みつつストーリーを進めてもらえるとありがたかった。

 技術的なことはチンプンカンプンだったが、映画を一通り観ると、ナンビの人となりが分かる上に、インドにおいてロケットエンジン開発がどのように進んできたのかを大まかに知ることができる。

 インドは、古代には世界でもっとも優れた科学技術を誇っていたが、現代では他国に比べて多くの分野で立ち後れてしまっていた。ナンビをはじめとした科学者たちは、インドを再び世界有数の科学技術大国に復活させるべく、日々粉骨砕身していた。ロケット科学者であるナンビが将来性を見出したのが液体燃料であり、彼は米国留学や仏チームとの共同開発を経て、180秒間の燃焼に耐える高性能なロケットエンジン「ヴィカース」の開発に成功する。このエンジンは、その後ISROが打ち上げた多くのロケットに搭載され、ミスなく稼働している。

 液体燃料エンジンの次にナンビが着手したのが極低温エンジンだったが、これは自国での開発よりもソビエト連邦から供与を受ける道を選ぶ。だが、ソビエト連邦は崩壊し、ナンビもスパイ容疑で逮捕されたため、この計画は頓挫してしまう。スパイ容疑が晴れ、ISROに戻ったナンビは、他国に頼らず極低温エンジンの開発を成功させようとする。

 一貫してナンビは、目的のためなら手段を選ばない人物として描かれている。ただ、彼の動機は利己心ではなく、常に愛国心であった。例えばナンビは、教壇を降り病気の妻と暮らす教授の家に家事手伝いとして通い、彼から知識を貪欲に得ようとする。ナンビは可愛がられ、NASAへの推薦状まで出してもらう。フランスでのエンジン開発時にも、彼はチームにフランス語を教え込むと同時に、フランス人科学者の前ではフランス語が分からない振りをさせて、少しでも機密情報を盗み取ろうとする。そして、機密情報入手のためのキーパーソンとなっていた仲間の科学者ウンニには、彼の息子が死んだことを伝えなかった。彼は、仲間の冠婚葬祭や感情よりも技術の確立を最優先にしたのだった。そうまでして彼はインドをロケット大国にしようとした。

 ナンビは、正にスパイ行為をしてロケットエンジンの開発と改良に邁進したのだが、その技術をパーキスターンに売り渡したというスパイ容疑で逮捕されてしまうという波瀾万丈の人生を送った。彼の人生はそれだけで映画として十分だ。ただ、映画監督としてはまだ新人のRマーダヴァンは、彼の人生をバランス良く配置し、分かりやすく提示する配慮を十分にしておらず、純粋に娯楽映画として観た場合、改善点が残る作品だった。

 ただ、スーリヤやシャールク・カーンの特別出演など、スター面での楽しみもあるし、ヴィクラム・サーラーバーイーやAPJアブドゥル・カラーム元大統領など、実在する科学者が登場してストーリーに絡んでくるのも面白い。また、ナンビの娘婿であるスッビヤー・アルナンは、火星探査計画のチーフであり、「Mission Mangal」の主人公ラーケーシュ・ダワンのモデルになった人物である。

 誰がナンビにスパイ容疑の濡れ衣を着せたのか、という点も気になるところだが、ナンビなど、多くの登場人物が実名で登場していることもあり、その究明には時間が割かれていなかった。ただ、黒幕として示唆されていたのは、ナンビと旧知で、NASAの科学者であるバリーであった。1990年代、米国はインドが宇宙開発で成功することを望んでおらず、ナンビを追い落とすことで妨害していたのである。

 この映画はちょうどロシアによるウクライナ侵攻の真っ最中に公開された。欧米諸国がロシアへの経済制裁に踏み切る中、インドはロシア制裁に加わっていない。「Rocketry」を観ると、インドとソ連の近さがよく分かる。ナンビは米国に留学してロケット技術を学び、崩壊寸前のソ連から極低温エンジンを買い取ろうとしていたが、これは米ソのどちらにも依存しないインドのバランス外交そのものである。

 タミル人のナンビがケーララ州の州都トリヴァンドラム(現在のティルヴァナンタプラム)に住んでいたのには少し解説が必要だろう。ナンビの出身地は、インド亜大陸最南端コモリン岬近くの町ナーガルコイルだ。この町は、現在ではタミル・ナードゥ州に属しているが、インド独立前はトラヴァンコール藩王国の領地だった。ナーガルコイル周辺は南インド有数の肥沃な土地であり、昔からタミル地方とケーララ地方の王朝の間で取り合いが行われていた歴史があり、両地域の文化が混ざっている。独立後、トラヴァンコール藩王国の大部分の領地はケーララ州に組み込まれたが、ナーガルコイル周辺はタミル・ナードゥ州に編入された。ナンビはタミル人であるが、ナーガルコイルに住む住民特有の意識として、ケーララ方面を故郷と考えているのではなかろうか。そんなこともあって、彼はISROのトリヴァンドラム支局に勤めていたのであろう。

 冒頭でも少し触れたが、ナンビはケーララ州の共産党政府から冷遇された人物であり、それを救ったのがナレーンドラ・モーディー首相とBJP政権であった。最後にはモーディー首相出席の下、大統領官邸でナンビがラーム・ナート・コーヴィンド大統領からパドマブーシャン勲章を受章する実際の映像が流れる。これら一連の事実から、「Rocketry」は親BJPのプロパガンダを含む映画に分類していいだろう。

 「Rocketry: The Nambi Effect」は、南北インドの映画界で活躍する俳優Rマーダヴァンが初監督し、自身が主演を務めて作った、天才ロケット科学者ナンビ・ナーラーヤナンの伝記映画である。ナンビの人生がそれだけで波瀾万丈であり、映画にピッタリだ。また、米国、フランス、ソ連と世界各国を飛び回るスケールの大きな作品にもなっている。Rマーダヴァンの演技も悪くなかった。だが、監督としてのRマーダヴァンはまだ学ぶべきことがたくさんあるように感じた。