The Kashmir Files: Unreported

3.5
「The Kashmir Files: Unreported」

 2022年のヒンディー語映画界で大きな話題となった作品のひとつにヴィヴェーク・アグニホートリー監督の「The Kashmir Files」(2022年)があった。いわゆるカシュミール問題の中でも、1990年代のカシュミール地方で起こったとされるカシュミーリー・パンディトの「民族浄化」を扱った映画で、大いに物議を醸したが、興行的には大成功を収めた。

 一般的に「カシュミール問題」といった場合、カシュミール地方の領有権を巡る印パ間の紛争であったり、カシュミール地方に住むイスラーム教徒に対するインド政府の弾圧であったりする。だが、「The Kashmir Files」は、フィクション映画の体裁を取りながら、カシュミール地方で少数派だったカシュミーリー・パンディトたちが多数派のイスラーム教徒によって抑圧され、虐殺・凌辱され、最終的に生まれ育った土地を追い出されて難民となった現状を巧みに描き出し、インド人観客に強い問題意識を植え付けることに成功した。

 「The Kashmir Files」に対しては国内外から「プロパガンダ映画」との批判もあった。折しもインド人民党(BJP)政権が2019年に憲法第370条を無効化し、ジャンムー&カシュミール州に特別に認められていた自治権を剥奪し、同地域をインド連邦に完全に併合した直後だったこともあり、映画の内容はBJPの政策に寄り添うものだったからだ。アグニホートリー監督はナレーンドラ・モーディー首相の熱心な支持者として知られている。

 また、今までカシュミーリー・パンディト難民問題が映画の題材にならなかったわけでもない。例えば過去に「I Am」(2011年)や「Shikara」(2020年)などの映画がカシュミーリー・パンディト問題を取り上げていた。しかしながら、カシュミーリー・パンディトの受難についてここまで直球で切り込んだ映画はなく、社会に与えた影響も大きかった。

 2023年8月11日にZee5で配信開始された「The Kashmir Files: Unreported」は、「The Kashmir Files」の取材のためにアグニホートリー監督が撮りためたインタビュー映像などをまとめたドキュメンタリー・シリーズである。全7話あり、「The Kashmir Files」の映像も使いながら、カシュミーリー・パンディトの「民族浄化」や難民問題について、今度はドキュメンタリー映画という形で問い直している。フィクション映画である「The Kashmir Files」を、実際のインタビュー映像によって補完する内容になっており、併せて観ることでよりアグニホートリー監督の主張がよく分かるようになっている。アグニホートリー監督自身が出演している他、「The Kashmir Files」で分離主義を支持するラーディカー・メーナン教授を演じたパッラヴィー・ジョーシーもインタビュアーやアンカーとして出演している。

 まずは1947年の印パ分離独立時にまで遡り、カシュミール地方で何が起きたのかを明らかにする。アグニホートリー監督の主張は完全にインド側の立場に立っており、本来ならばジャンムー&カシュミール藩王国の最後の藩王ハリ・スィンがインドへの併合に同意した時点で、現在パーキスターン領カシュミール(自由カシュミール)、ギルギト、アクサイ・チン、シャクスガームと呼ばれている地域までインド領となるはずだったとしている。だが、分離独立直後の混乱期にシェーク・アブドゥッラーやジャワーハルラール・ネルー首相などの取った行動によって、カシュミール地方は分断され、事実上の国境線が引かれ、パーキスターンや中国による部分的な領有を許してしまったと、批判的に主張している。主に批判の矛先はネルー首相に向かっている。国際連合によりカシュミール地方が「紛争地域」扱いされてしまった責任もネルー首相にあるとしている。

 また、1980年代以降にカシュミーリー・パンディトが過激派勢力のターゲットになった裏には、パーキスターンのジヤーウル・ハク大統領による巧みな工作があったとしている。軍人からクーデターによって大統領になったハクは、東パーキスターンがバングラデシュとして独立するきっかけとなった1971年の第三次印パ戦争でインドによる敗北を味わっており、その復讐として、何としてでもカシュミール全土を手中に収めようとしていた。だが、ハク大統領は戦争によって表立ってカシュミールを奪い取ることはせず、カシュミール地方の若者たちを扇動し、内部から内戦を起こしてカシュミールを混乱させようと画策した。その結果、カシュミール地方にテロが蔓延するようになり、カシュミーリー・パンディトに対する弾圧や追放につながっていったというのがアグニホートリー監督の主張である。

 実際に身内が殺されたり、難民生活を送ったりしたカシュミーリー・パンディトたちのインタビュー映像がいくつも使われ、それが事実であったことが雄弁に語られる。殺された数はもしかしたら「大量虐殺」と呼べるような規模ではなかったかもしれないが、国連で採択された「ジェノサイド」の定義に十分当てはまるものであり、カシュミーリー・パンディトの問題を矮小化してはならないと強く警鐘が鳴らされる。

 「The Kashmir Files: Unreported」では、政治家、官僚、警察などもこの「ジェノサイド」の発生と拡大を助長した責任を問われているが、アグニホートリー監督がもっとも強調しているのが、メディアの責任である。当時の新聞を見てみると、メディアはカシュミーリー・パンディトに対する弾圧を糾弾する代わりにそれを後押ししており、分離独立派勢力の代弁者に成り下がってしまっていた。そういうこともあって、カシュミーリー・パンディトの受難は、意外なほどインド国民に知られておらず、「The Kashmir Files」のような映画が登場するまで、ほとんど忘れ去られた存在になっていた。

 アグニホートリー監督は、自分の映画がこの問題に再び光を当てたと自負するが、同時に、難民となって国内外に離散したカシュミーリー・パンディトの人生には何の変化も訪れていないとも述べている。確かに憲法第370条の無効化以降、カシュミール地方の観光業は盛り上がり、モーディー首相の掲げる「発展」の波が押し寄せている。だが、カシュミーリー・パンディトが故郷に戻ることができるようになる日が来るまでは、この問題が解決したとは言い切れない。そういう日が早く来ることを期待しながらも、インド国民の一人一人がこの問題について当事者意識を持ち、解決に向けて努力する必要があることを主張し、このドキュメンタリー映画は幕を閉じている。

 「The Kashmir Files: Unreported」は、2022年の最大の問題作ともいえる「The Kashmir Files」を補完する目的で作られたドキュメンタリー・シリーズである。カシュミール問題は、カシュミール在住のイスラーム教徒を被害者として語ることが多いのだが、これらの作品はカシュミール地方を追い出されたヒンドゥー教徒を被害者として位置づけており、カシュミールで起こってきたことを多角的に分析する上で重要な視座を与えてくれる。なぜインド政府はカシュミーリー・パンディト問題を国際的な場で積極的に取り上げて来なかったのか、国内で周知して来なかったのかなど、依然として疑問も残るのだが、「The Kashmir Files」の理解度を上げるために欠かせない作品だ。