Bawaal

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Bawaal
「Bawaal」

 2023年7月21日からAmazon Primeで配信開始された「Bawaal(騒動)」は、第二次世界大戦時のヨーロッパ史を下敷きにしながら、見栄っ張りの教師とてんかん持ちの妻が夫婦仲を構築していくという物語である。この一文での紹介を読むと何が何だか分からないだろうが、ストーリーテーリングの名手である、「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)や「Chhichhore」(2019年/邦題:きっと、またあえる)などのニテーシュ・ティワーリー監督が上手にまとめている。

 プロデューサーはサージド・ナーディヤードワーラー。脚本は、ティワーリー監督の妻、アシュウィニー・アイヤル・ティワーリーである。彼女も「Nil Battey Sannata」(2016年)や「Panga」(2020年)の名作を撮ってきた監督だ。主演はヴァルン・ダワンとジャーンヴィー・カプール。この二人は初共演となる。他に、マノージ・パーワー、アンジュマン・サクセーナー、ムケーシュ・ティワーリー、プラティーク・パチョーリー、ヴャース・ヘーマングなどが出演している。

 ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウーの高校で歴史の教師をするアジャイ・ディークシト(ヴァルン・ダワン)は、凡人ではあったが、自分のイメージを良く見せることに関しては人一倍努力しており、おかげで周囲から尊敬されていた。アジャイは、裕福な家庭の娘ニシャー(ジャーンヴィー・カプール)と結婚するが、彼女がてんかん持ちであることを知り、自分のイメージに傷が付くと気を悪くする。結婚式以来、アジャイはニシャーに冷たく当たっており、彼女を決して家の外に出そうとしなかった。アジャイと同居する父親(マノージ・パーワー)と母親(アンジュマン・サクセーナー)は、彼らの夫婦仲を心配する。

 ある日、アジャイは第二次世界大戦について授業で教えている最中に生意気な質問をして来た生徒を平手打ちにする。運が悪いことにその生徒は州議会議員ヴィシュワース・ラグヴァンシー(ムケーシュ・ティワーリー)の息子だった。ヴィシュワースは学校に乗り込んで校長に苦情を申し入れる。アジャイは1ヶ月の停職処分になり、第三者委員会が事案の調査を行うことになった。アジャイにとって大ピンチだった。

 だが、転んでもただでは起きないアジャイは、停職処分中に自腹でヨーロッパを旅行し、現地から生徒たちに第二次世界大戦について動画を通して授業をしたいと申し出る。その資金を工面するため、両親に対しては、妻を旅行に連れて行きたいと言う。息子夫婦の関係を心配していた銀行勤めの父親は喜んで旅費を提供する。

 アジャイはニシャーを本当にヨーロッパに連れて行くつもりはなかった。だが、ニシャーが絶対にヨーロッパに行くと言い出したので、仕方なく連れて行く。二人は、パリ、ノルマンディー、アムステルダム、ベルリン、アウシュヴィッツなどを巡る。旅行の中でアジャイとニシャーは関係を改善する。また、アジャイは第二次世界大戦の凄惨さを肌で実感し、生徒たちに臨場感のあるリモート授業を行う。

 旅行を終えてアジャイとニシャーはインドに戻ってきた。旅行前には離婚も考えていたニシャーだったが、アジャイの家に帰る。アジャイも教師としての実力が認められ、高校に復帰できた。

 ヴァルン・ダワンはデビュー以来、二枚目半の役を好んで演じて来ているが、この「Bawaal」において彼が演じたアジャイも、見栄っ張りの嫌な男だった。常に外面を重視するが、中身はスカスカで、高校教師という仕事に対しても誇りを持っておらず、いい加減な授業をして過ごしていた。しかしながら、彼の外面や噂を信じてしまった周囲の人々は彼を持ち上げており、ラクナウーでアジャイはヒーローのように扱われていた。

 アジャイがニシャーを結婚相手に選んだのも外面重視の結果だった。ニシャーの家庭は裕福で、ニシャーも優秀な女性であった。彼女と結婚すれば自分の株がさらに上がると考えたのである。ところがニシャーはてんかん持ちだった。そんな「欠陥品」の妻を娶ったと知られたら彼のイメージが損なわれる。アジャイはニシャーを家から出そうとしなかった。はっきりいって、アジャイは誰の同情も得られないような最悪キャラである。

 アジャイは、授業中に体罰をしてしまったことで失職の危機に直面する。起死回生の方策として思い付いたのが停職期間中のヨーロッパ旅行だった。アジャイは、生徒の学習に少しでも寄与すること、さらに、妻を旅行に連れて行くことを口実に父親に旅費を工面させた。そういうところには悪知恵が働く人物であった。アジャイはニシャーをヨーロッパに連れて行くつもりではなかったが、アジャイの自己中心的な性格に愛想が尽きたニシャーは、自分も自己中心的に生きると宣言し、彼の同行如何に関わらずヨーロッパに行くと言い出す。アジャイは渋々彼女も連れて行くことにしたのだった。

 インド映画としてはとても珍しいことに、彼らが旅行先として選んだのは第二次世界大戦、特にナチス・ドイツやアドルフ・ヒトラー関連の都市であった。彼らはパリ、ノルマンディー、アムステルダム、ベルリン、クラクフ、アウシュヴィッツを巡る。この旅行の中でアジャイは大きく成長し、ニシャーとの関係も改善する。二人の間にあまり共通点はなかった。それでも、共通点のない夫婦のどこがいけないのか?二人の関係は急速に接近する。一時、アジャイが彼女を「欠陥品」と呼んでしまったことで関係が一気に悪化したこともあったのだが、アジャイが涙ながらに彼女に謝罪したことで何とか絆を取り戻すことができた。

 アジャイの心変わりに第二次世界大戦が関連していたというのはさらに珍しい。アジャイは、ノルマンディー上陸作戦で死んでいった兵士たちに思いを馳せ、アンネ・フランクの人生に共感し、アウシュヴィッツ収容所やガス室を見学して戦争の悲劇を目の当たりにする。そして、他人の幸せに嫉妬するのではなく、今ある幸せに満足する生き方こそが正しいと自覚する。旅行が終わったとき、アジャイは妻の持病も自然に受け入れることができていた。

 ただ、インド史ではなく敢えてヨーロッパ史の方に題材を求めたのは、昨今、インドにおいて歴史の扱い方が困難になってきていることへの反動なのかもしれないと感じた。一方、ナチス・ドイツによる他国の侵略は、現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻と重ねている可能性もある。

 序盤のアジャイがあまりに嫌なキャラだったし、彼と結婚したニシャーがあまりに可哀想だったため、彼がヨーロッパ旅行によって心変わりを起こし、より良い人間になっていく過程を見ることで、まるでアジャイの両親に同化したような安心感を感じることができた。第一印象が悪い人が少しでもいいことをすると過大評価されるというゲイン・ロス効果が掛かったストーリーだといえるだろう。

 ヴァルン・ダワンにとってはキャリアベストの演技を引き出してもらった映画だ。彼がずっと演じてきた二枚目半役が遂に開花したといっていいのではなかろうか。相手役のジャーンヴィー・カプールは、今回は同情が集まりやすい役で、本人自身にとっては演技的に上下がなかったため、難しい役柄ではなかったはずだ。それでも、ヴァルンとの相性も良かったし、好演していた。

 アジャイとニシャーの夫婦仲を、二人の両親が周りから心配して見守るという構図は、インドにおける、もしくはインド映画における家族の在り方にかなり変化が生まれている好例かもしれない。一昔前のインド映画ならば、もっと両親が新婚夫婦の関係改善に介入したはずだ。ただ、離婚危機を迎えていた夫婦が最後にはよりを戻すという元鞘系のプロットは伝統的な法則の延長線上にある(参照)。

 「Bawaal」は、見栄っ張りの高校教師がてんかん持ちの妻を受け入れるまでの紆余曲折を描いた作品である。二人が第二次世界大戦関連の史跡を巡りにヨーロッパ旅行に出掛けるという点が目新しく、ニテーシュ・ティワーリー監督が上手にまとめたおかげで、誰もが最後には目に涙を浮かべてニッコリするような感動作に仕上がっている。必見の映画である。