Sergeant

3.5
Sergeant
「Sergeant」

 2023年6月30日からJioCinemaで配信開始された「Sergeant」は、ヒンディー語映画界切っての渋い俳優ランディープ・フッダーが主演のサイコスリラー映画である。片脚を失った敏腕警察官の心の葛藤がよく描写された佳作だ。

 監督は「Gayab」(2004年)や「Main Aur Charles」(2015年)などのプラワール・ラマン。主演ランディープ・フッダーの他には、アーディル・フサイン、アルン・ゴーヴィル、サプナー・パッビーなどが出演している。

 ロンドン市警察のニキル・シャルマー巡査部長(ランディープ・フッダー)は、麻薬密売事件の捜査中にインフォーマントのカリームを殺され、自身も右脚を失ってしまう。ニキル巡査部長は片脚を失ったことで大きなトラウマを抱えることになり、恋人にも振られるが、仕事には復帰する。また、ニキル巡査部長は父親(アルン・ゴーヴィル)と不仲であった。それは、父親が母親を殺したと信じていたからだった。同僚のハイダル・アリー警部補(アーディル・フサイン)はニキル巡査部長を支えるが、彼はアルコール中毒になり、様々なトラブルを巻き起こすようになる。

 ニキル巡査部長は、数年前に行方不明になった少女の事件を勝手に捜査し出す。そして、恵まれない女性に奨学金を出す団体レカが女性の人身売買に関わっていることを突き止める。ニキル巡査部長はSNSの世論を味方に付けてレカを追及するが、レカの会長であるアドミール・レカからロンドン市警察が名誉毀損で訴えられる。レカの情報を流してくれた少女や、ニキル巡査部長のファンだったモニカ(サプナー・パッビー)も死んでしまう。

 ニキル巡査部長はレカに謝罪に訪れるが、そこで隠し持っていた銃をぶっ放してレカたちを皆殺しにする。また、ニキル巡査部長は警察のデータにアクセスし、父親が母親を殺したわけではないことを知っていた。ニキル巡査部長は撃たれるものの、死ぬ直前に父親に会って、彼に謝る。

 主人公ニキル巡査部長は映画開始時に主に2つのトラウマを抱えていた。ひとつは片脚を失ったことであった。ニキル巡査部長は難事件を解決した敏腕警察官であり、多くのファンもいたが、捜査上での出来事からインフォーマントを失い、負傷によって片脚の切断も余儀なくされた。仕事を失うことはなかったものの、現場では以前のように活躍できなさそうだった。ニキル巡査部長は鬱状態になり、恋人にも振られ、酒に溺れるようになる。映画の中では、ニキル巡査部長が義足を隠したり、なるべく健常者に見えるような歩き方を練習したりする場面が何度も出て来て、彼がいかに片脚を失ったことを気にしているかが強調される。

 もうひとつのトラウマは母親の死であった。インド映画にはよくある設定なのだが、ニキル巡査部長も母親が大好きだった。だが、その母親は既に亡くなっていた。死因は自殺ということになっていたが、ニキル巡査部長は、父親が母親を殺したと信じて疑わなかった。ニキル巡査部長は母親の幻影も見るようになる。ちなみに、父親はインド人だが母親は英国人だった。つまり、ニキル巡査部長はハーフであったが、その点が彼の深層心理に何らかの影響を及ぼしているようには感じられなかった。

 ニキル巡査部長は、片脚を失って以来、付き合っていた恋人に振られてしまうのだが、代わりに彼のファンであるモニカという女性と交流するようになる。モニカには白人の夫がいたが、どうも暴力を振るわれているようだった。ニキル巡査部長は、モニカに自分の母親の姿を重ね、DV夫と早く別れるように促す。

 映画の主軸は、ニキル巡査部長がレカという犯罪組織の悪事を暴き、首謀者を一網打尽にするまでを描く部分だ。しかし、この映画の味はそこにはない。この映画が本当に力を込めて描写しているのは、ニキル巡査部長のトラウマに満ちた心情である。レカを追及していたのも、決して正義や職務のためではなく、片脚を失った現実に向き合うためだった。

 また、ニキル巡査部長は最後には死んでしまうのだが、その前に父親との和解を用意し、後味を悪くしない工夫もなされていた。ニキル巡査部長は、子供の頃の記憶から、てっきり父親が母親を殺したと根拠もなく考えていたのだが、実際には母親は薬物中毒者で、決して理想の母親ではなかった。父親は母親を家から外に出そうとしなかったが、それも家父長的な強権を発動していたのではなく、彼女を薬物から救うためだった。奇しくも、ニキル巡査部長が相談相手にしていたモニカという女性も、母親と同じように精神疾患を抱えていた。てっきりモニカは夫から暴力を受けていたと思っていたのだが、真実は逆だったのである。

 ランディープ・フッダーは個性派俳優というよりもスター俳優寄りの立ち位置ではあるが、決してトップスターではない。それでいて、どんな役でも演じ切ることのできる高い演技力を備えている。「Highway」(2014年)や「Sarbjit」(2016年)などが代表作だ。この「Sergeant」でも、もだえ苦しむ演技が素晴らしく、改めて実力を証明した。

 「Sergeant」は、ランディープ・フッダーの優れた演技と、彼が演じるニキル巡査部長の心理描写に重点を置いたサイコスリラー映画だ。まるでロンドンの曇り空のように陰鬱な雰囲気の映画ではあるが、彼がトラウマを克服するまでの過程をじっくりと描き出しており、楽しめる。観て損はない映画である。