Mission Majnu

3.5
Mission Majnu
「Mission Majnu」

 「Parmanu: The Story of Pokhran」(2018年)は、1974年にインドがラージャスターン州ポークランで行った核実験をテーマにした変わった映画だった。しかしながら、インドは国連常任理事国以外で世界に核保有を力技で認めさせた国であり、核兵器は国の威信と密接に結び付いていることを考えれば、こぞって愛国主義的な映画が作られるようになったヒンディー語映画界において、ポークランが映画化されるのは不思議ではない。

 2023年1月20日にNetflixで配信開始された「Mission Majnu」も核兵器を巡る映画である。ただし、こちらはパーキスターンの核開発をテーマにしたスパイ映画だ。日本語字幕付きで、邦題は「ミッション・マジュヌ」になっている。

 パーキスターンの核開発計画は「プロジェクト706」と呼ばれていた。1971年の第3次印パ戦争でパーキスターンが完敗し、バングラデシュの独立を認めざるをえなかった屈辱を晴らすためにズルフィカール・アリー・ブットー首相が核開発を推進したとされている。その後、1974年にインドがポークランで核実験を行ったことで、さらに急ピッチで開発が行われることになった。この計画の中心になったのがAQカーンである。AQカーンはパーキスターンにおける核開発の父であり、英雄扱いされているが、リビアや北朝鮮などの「ならず者国家」に核技術を売却したことでも知られており、西側諸国からはお尋ね者になっていた。

 「Mission Majnu」では、パーキスターンが核開発を行う施設の場所を特定することが主人公のスパイの任務になる。劇中でそれはインド国境近くのカフーターと断定されるが、これは事実であり、実際にこの地に秘密の研究所が作られ、核実験の準備が進められていた。映画には、インディラー・ガーンディー首相、ズィヤーウル・ハク将軍、AQカーンなど、歴史上の人物が実名で登場し、そこで語られる出来事の多くも事実だ。ただ、パーキスターンの核施設の場所を特定したのがインド人スパイなのかは不明である。

 当然、諜報活動は極秘にされるのが常で、もしこの物語で語られるようなことが本当に起こっていたとしても滅多に表には出ず、歴史にも残らず、活躍したスパイたちが顕彰されることもない。「Mission Majnu」の時代背景には事実が多いが、主人公のスパイの活動についてはフィクションだと考えていいだろう。ただし、かつて「Raazi」(2018年)という、第3次印パ戦争前後にパーキスターンに潜入し重要機密を盗み出したインド人女性スパイの映画があった。これは実在したスパイから聞き取り調査をした上で書かれた小説に基づいており、かなり信憑性のある物語だった。一方、「Mission Majnu」にそのような実在するスパイのモデルがあるとの情報はない。

 「Mission Majnu」の監督は新人のシャーンタヌ・バーグチー。主演はスィッダールト・マロートラーで、ヒロインは、南インド映画で主に活躍し、「Pushpa: The Rise」(2021年/邦題:プシュパ 邦題)や「Sita Ramam」(2022年)などに出演したラシュミカー・マンダーナー。他に、パルミート・セーティー、シャーリブ・ハーシュミー、ミール・サルワール、クムド・ミシュラー、ザーキル・フサイン、ラジト・カプール、アシュワト・バット、アヴァンティカー・アケールカル、アヴィジート・ダットなどが出演している。

 題名の「Majnu」とは、アラブ地方発祥の悲恋物語「ライラーとマジュヌーン」の主人公マジュヌーンのことであり、「狂人」を意味する。パーキスターンの核開発計画に関する諜報活動が「ミッション・マジュヌー」と名付けられたことから来る題名だが、主人公のスパイ、アマンがパーキスターンで潜伏中に出会って結婚した女性ナスリーンに対する強い愛情もこの言葉に込められている。

 時は1974年。アマンディープ・スィン(スィッダールト・マロートラー)は、ターリク・アリーを名乗り、パーキスターンのラーワルピンディーに潜伏する、インドの諜報機関RAWのエージェントだった。仕立屋で下働きをするアマンディープは、盲目の美女ナスリーンと出会って恋に落ち、彼女と結婚する。

 その頃、インドはポークランで核実験を成功させていた。このニュースはパーキスターン政府に衝撃を与え、表向きはインドを批判しながら、裏では秘密裏に核開発を開始させていた。その責任者として、オランダにいたパーキスターン人科学者AQカーン(ミール・サルワール)が招聘された。RAWもパーキスターンが核開発に着手したとの情報をキャッチしたが、どこで行われているのかは不明だった。そこでアマンディープに核開発の場所を特定する任務が与えられ、この作戦は「ミッション・マジュヌー」と名付けられた。しかしながら、アマンディープの直接の上司シャルマー(ザーキル・フサイン)は、彼の父親が反逆者だったことから彼を信じておらず、別のRAWエージェント、アスラム・ウスマーニヤー(シャーリブ・ハーシュミー)をアマンディープの監視に当たらせた。

 1977年。ナスリーンは子供を身籠もっていた。アマンディープは求職をしながら諜報活動を行っていた。彼はパーキスターンの核開発の責任者がAQカーンであることを突き止め、ラーワルピンディー周辺で核開発が行われていると推測する。そして、インド国境近くのカフーターに核施設を発見する。

 しかしながら、インドでは政権交代が起きており、「ミッション・マジュヌー」を始めたインディラー・ガーンディー首相(アヴァンティカー・アケールカル)に代わって、人民党のモーラールジー・デーサーイー(アヴィジート・ダット)が首相に就任した。また、パーキスターンでもズィヤーウル・ハク将軍(アシュワト・バット)によるクーデターが起き、ズルフィカール・アリー・ブットー首相(ラジト・カプール)が失脚していた。デーサーイー首相はパーキスターンとの友好関係を重視し、「ミッション・マジュヌー」の停止を命じた。RAWのRNカーオ(パルミート・セーティー)局長は抗議の辞任をするが、政府に黙ってアマンディープの諜報活動を続けさせた。

 パーキスターンの核開発計画はイスラエルも看過していなかった。イスラエルはパーキスターンの核施設に空爆を計画していたが、このときはクエッタにそれがあると考えられていた。もし誤爆となるとパーキスターンに有利な状況を作り出してしまう。アマンディープは物的証拠をもってカフーターに核施設があることを証明しなければならなかった。彼はカフーターに出入りする軍人の髪の毛を集め、それを陸路でインドに送り、放射線被ばく量を検査させた。異常な被ばく量が検知されたことでカフーターこそが核施設であることが分かり、イスラエルに情報が転送され、誤爆を止めることができた。

 デーサーイー首相がズィヤーウル・ハク将軍にカフーターでの核開発を糾弾したことで、ハク将軍は国内にRAWエージェントが潜伏していることを知る。インドとの電話記録からスパイのあぶり出しが行われ、アスラムや、もう一人のRAWエージェント、ラマン・スィン(クムド・ミシュラー)が殺される。一方、アマンディープはナスリーンを連れてドバイへ逃げようとしていた。しかし、空港で止められる。アマンディープは何とかナスリーンをドバイ行きの飛行機に乗せ、自らは必死に逃走した挙げ句、殺される。ドバイに着いたナスリーンをカーオ元局長が迎え、彼女にアマンディープからの手紙を渡す。

 「Mission Majnu」の本筋は、パーキスターンに潜伏中のRAWエージェント、アマンディープがパーキスターンの核施設の場所を特定していく過程である。アマンディープは、洋式トイレからAQカーンの家を特定したり、軍人が床屋で切った髪の毛からカフーターの施設が核開発と関連していることを証明したりと、独創的な手法で目的を達成する、頭の切れるスパイである。ただ、1970年代の物語ということもあって、彼の諜報活動は地味かつ牧歌的であり、スパイ映画というよりは探偵映画のノリだった。終盤になると走行する列車の上での戦いなど、動きのあるアクションシーンも織り込まれているものの、彼の行動を追った大部分の時間帯は退屈さの方が勝った。

 むしろ興味を引かれたのは、事実に基づく政治劇の方だ。1970年代、インド側ではインディラー・ガーンディーからモーラールジー・デーサーイーへ政権交代があり、パーキスターン側ではズィヤーウル・ハクによるクーデターとズルフィカール・アリー・ブットーの失脚があった。まだ第3次印パ戦争の緊張状態が完全に収まっていない時代で、印パ両国はお互いを出し抜くために駆け引きをする。その切り札になったのが核兵器であり、インドがまず1974年に核実験を成功させ、パーキスターンも核開発を急ぐ。そんな風雲急を告げる南アジア情勢が、簡潔ながらもしっかり描かれていた。また、イスラエルがパーキスターンの核施設を空爆しようとするシーンもあるが、これも事実である。あまりに危険なパワーゲームが行われていた。

 あまり時間を割いて描写されていなかったが、この映画でもっとも心に響くのは、アマンディープとナスリーンの関係であろう。敵国に潜入したスパイが現地人女性と恋に落ちるというのはあまりに使い古されたプロットではあるものの、スィッダールト・マロートラーの純朴な演技や、ナスリーンが盲目という設定、そしてアマンディープが最期に見せる自己犠牲などが効果的にはまっており、ロマンス映画として観ても成立する作品になっていた。特に、終盤で死を覚悟したアマンディープが、ナスリーンのお腹にいる子供の名前として「アマン」を提案する場面はホロリとさせられる。「平和」を意味する「アマン」は、ヒンドゥー教徒にもイスラーム教徒にも名付けられるユニバーサルな名前だ。そして、彼はこのとき初めて自分の本名を愛するナスリーンから呼んでもらえていた。

 パーキスターンの核開発をインド人スパイが阻止した内容の映画であり、パーキスターンは完全に悪者として描かれている。パーキスターンでは英雄扱いのAQカーンも、「ならず者国家」に核技術を売り渡した犯罪者扱いだ。2010年代半ばに印パ関係が悪化して以来、ほとんど回復しておらず、パーキスターンを批判的に描いた映画は多い。「Mission Majnu」についても、パーキスターンへの同情の余地を全く残していない、反パ的映画に分類できる。

 近年のヒンディー語映画の中には、「The Kashmir Files」(2022年)のように、あからさまな政治的プロパガンダが行われる作品が出て来ているが、その点、「Mission Majnu」ではバランスが取られていたと感じた。インドが1974年に初めて行った核実験は国民会議派(INC)のインディラー・ガーンディー首相が主導しており、1998年の2回目の核実験はインド人民党(BJP)のアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相が主導した。核実験に関して、この二大政党の間で大きなスタンスの違いはない。また、一般的なインド国民はインドが核武装して世界の大国に肩を並べることに誇りを感じている。核実験を巡るこの映画が愛国心を呼び覚ますことはあっても、INCやBJPへのヘイトを喚起するような政治的プロパガンダが発信されている映画ではなかった。あくまでパーキスターンを明確な敵に設定しているだけだ。

 「Mission Majnu」は、印パが核開発競争を激化する中、パーキスターンに潜伏するインド人スパイが、妻との甘い生活と板挟みになりながら、核施設の場所を特定しようと奮闘するハートフルなスパイ映画である。諜報活動の部分はあまり派手さがなく退屈な時間帯もあったが、時代背景の描写とロマンスの部分に光るものがあった。観て損はない映画である。