Sita Ramam (Telugu)

3.5
Sita Ramam
「Sita Ramam」

 インドにとって血を分けた兄弟国家パーキスターンとの関係は大きな命題であり、映画でも様々な形で触れられる。ヒンディー語映画には「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)のような印パ親善を訴える映画もあるが、近年はパーキスターンを悪者に描いた映画が目立つようになった。そんな中、2022年8月5日公開のテルグ語映画「Sita Ramam(スィーターとラーム)」は、1960年代と80年代のインド、パーキスターン、ロンドンを舞台にしながら、印パ親善のメッセージを送る作品である。

 監督はハーヌ・ラーガヴァプーディ。主演はマラヤーラム語映画界のスーパースター、マンムーティの息子ドゥルカル・サルマーンと、ヒンディー語映画界で人気急上昇中のムルナール・タークル。ムルナールにとってこれがテルグ語映画デビューとなる。

 他に、ラシュミカー・マンダーナー、スマント、サチン・ケーデーカル、タルン・バースカル、ヴェネラ・キショール、シャトル、ブーミカー・チャーウラー、ルクミニー・ヴィジャヤクマール、プラカーシュ・ラージ、ムラリー・シャルマー、ティーヌー・アーナンド、ローヒニー、ジーシュ・セーングプター、ニーラジ・カービーなどが出演している。テルグ語映画俳優に加えて、マラヤーラム語、ヒンディー語、ベンガル語などの映画界から俳優を引っ張ってきており、何気にインド各地を網羅する布陣だ。

 キャスティングからも汎インド映画を意識した作りになっていることが分かるが、言語的にもインド全国を市場として想定しており、テルグ語オリジナル版に加えて、タミル語吹替版とマラヤーラム語吹替版も同時公開された。そしてその1ヶ月後にはヒンディー語吹替版も公開されている。鑑賞したのは英語字幕付きのテルグ語版である。

 1964年、パーキスターン領カシュミールに住むテロリスト、アンサーリーは、5人の子供をインド領カシュミールに送り込む。彼らは変装して現地人に溶け込んでいた。

 20年後。ロンドン在住のパーキスターン人大学生アフリーン(ラシュミカー・マンダーナー)は反印運動にのめり込んだ挙げ句、インド人実業家アーナンド・メヘターの自動車に火を付ける。実はメヘターはアフリーンの通う大学の支援者だった。アフリーンは、1ヶ月以内にメヘターに100万ルピーを支払わなければ退学処分になるとことになった。アフリーンはパーキスターンに飛び、祖父のターリーク准将(サチン・ケーデーカル)にお金の無心に行く。ところがターリーク准将は既に亡くなった後だった。アフリーンにはターリーク准将の遺産相続権があったが、そのためには条件があった。それは、20年前にインド人中尉によって書かれた手紙を宛先に届けることだった。宛名はインドのハイダラーバードに住むスィーターマハーラクシュミーだった。

 アフリーンは手紙を持ってハイダラーバードに飛び、大学の友人バーラージー(タルン・バースカル)の助けを借りて宛先まで辿り着く。そこはかつて元ハイダラーバード藩王国の王女ヌールジャハーンの宮殿だったが、現在は女子学校になっていた。この建物のことをよく知るスブラマニヤム(ムラリー・シャルマー)に聞いてもスィーターマハーラクシュミーという人物の情報は手に入らなかった。

 そこでアフリーンは送付人であるラーム中尉を調べ出す。ラーム中尉を知る人物に聞き取り調査を行い、彼がどんな人物だったかが分かってくる。

 時は1964年。ラーム中尉はマドラス部隊に所属し、カシュミールに駐屯していた。インド陸軍は、アンサーリーによって送り込まれた少年テロリストたちを次々に射殺するが、無実の子供が殺されたと考えた地元カシュミール人たちがインド陸軍やヒンドゥー教徒たちを攻撃するようになる。カシュミーリー・パンディトが多く住むアガルター村でも暴動が発生する寸前だったが、ラーム中尉は村人たちの誤解を解いて暴動を抑えることに成功し、一躍英雄になる。記者のヴィジャヤラクシュミー(ローヒニー)はラームが孤児であることを全国に伝えた。その結果、ラームの元にはインド中から手紙が届くようになる。その内の一人がハイダラーバード在住の女性スィーターマハーラクシュミー(ムルナール・タークル)だった。彼女はラームの妻を自称していた。ラームはスィーターマハーラクシュミーと文通する中で彼女への恋心を膨らませる。

 思い立ったラーム中尉は休暇をもらって、スィーターマハーラクシュミーに会いに行く。ラームはハイダラーバードまで行き、友人ドゥルジョイ・シャルマー(ヴェネラ・キショール)の家に滞在しながら、スィーターマハーラクシュミーと出会いを重ねる。彼女は王女ヌールジャハーンの宮殿でダンス教師として働いているようだった。実はアガルターでの暴動のときにスィーターマハーラクシュミーはその場にいて、ラームに命を助けられていた。そのときにラームが彼女を「妻」と呼んだため、以来彼女は「ラームの妻」を名乗るようになったのだった。

 実はスィーターマハーラクシュミーこそが王女ヌールジャハーンであった。兄のアクバル(ジーシュー・セーングプター)は彼女をオマーンの王子と結婚させようとする。ヌールジャハーンはラームとの関係を言い出せずにいたが、二人が一緒にいるところを記者に写真に撮られており、それが新聞で報道されてしまう。ヌールジャハーンはオマーン王子との結婚を断り、ラームのいるカシュミールへ向かう。二人は再会を喜び、一緒に住み始める。

 ラーム中尉は、上官のヴィシュヌ・シャルマー大尉(スマント)と共にアンサーリーの手下を捕まえ、アンサーリーの居場所を聞き出す。捕まった少年は、妹のワヒーダーの身を案じていた。ラームはワヒーダーの救出を約束する。シャルマー大尉、ラーム中尉やその他の精鋭部隊は国境を越えてパーキスターン領に侵入し、アンサーリーを首尾良く殺害する。しかし、ラーム中尉はワヒーダーを助けようとしたため、パーキスターン軍兵士に囲まれてしまい、シャルマー大尉と共に捕虜になってしまう。これは極秘作戦だったため、シャルマー大尉やラーム中尉は脱走兵として扱われ、ヌールジャハーンはラームの帰りを待ち続ける。

 シャルマー大尉とラーム中尉は監獄の中で拷問を受けるが、ターリーク准将は彼らに優しく接していた。インドとの間で捕虜交換が行われることになるが、二人の内の一人しか帰国できなかった。シャルマー大尉はインド軍の基地の座標を漏らすことで帰国を許された。情報漏洩の罪はラーム中尉になすりつけられることになり、その情報をもとにインド軍の基地は次々に破壊され、多大な損害を被る。インド軍の中でラーム中尉は裏切り者と呼ばれるようになる。

 ラーム中尉は処刑されるが、その前にターリーク准将にスィーターマハーラクシュミーに宛てた手紙を託していた。また、ラーム中尉が助けたワヒーダーこそがアフリーンであることも分かる。アフリーンは、ヌールジャハーンが現在ロンドンに住んでおり、現在はたまたまカシュミールを訪れていることを知る。彼女はヌールジャハーンに会いに行き、ラーム中尉からの手紙を渡す。その手紙には、シャルマーが情報漏洩をしたことが綴られていた。ヌールジャハーンはラーム中尉の汚名を晴らすが、代わりにシャルマーは自殺をする。ラーム中尉はインド軍から敬意を持って扱われる。

 印パ間の人間ドラマというと、従来はパーティション時の混乱が時代背景になることが大半だったのだが、最近はそれ以降の時代にも焦点が当てられている。「Sita Ramam」の時間軸は2つだが、特に重要だったのは、回想シーンに相当する1964年の時代背景だ。この年は第二次印パ戦争の前年であり、パーキスターンが係争地カシュミール地方(参照)を虎視眈々と狙っていた時期だ。映画では、パーキスターン軍とテロリストが協調してカシュミール地方を不安定化しようと画策していた。それに対しインド軍は、パーキスターン領に精鋭部隊を秘密裏に送り出し、テロリストの暗殺をする。

 ただし、回想シーンでは殺伐とした話だけではなく、主人公ラーム中尉がパーキスターン人の少女ワヒーダーを助けるシーンもある。迷子になったパーキスターン人の少女をインド人男性が助け、母親の元まで送り届けるという筋書きの「Bajrangi Bhaijaan」を思わせる場面だ。さらに、ラーム中尉とスィーターマハーラクシュミーの間の恋愛もかなりの時間を割いて描写される。スィーターマハーラクシュミーの正体は王女ヌールジャハーンであり、この二人の関係性は身分差のある恋愛ということになる。そしてこの二人を離れ離れにしたのは印パ間の確執であった。

 それから20年後、ロンドンに留学中のパーキスターン人女性アフリーンは、祖父の遺産を相続する条件を満たすため、ラーム中尉の手紙をスィーターマハーラクシュミーに届けるミッションに従事することになる。元々インド嫌いだったアフリーンはインドを訪れ、送付人について調べ、スィーターマハーラクシュミーを探す。それを通して彼女は自分が幼少時にラーム中尉に助けられたことを知り、祖父がなぜその条件を自分に課したのかを完全に理解する。ラーム中尉は彼女を助けたことでパーキスターン軍に捕まってしまっており、彼女の人生はインド人兵士の犠牲の下に成り立っていた。パーキスターン人を主人公にしたインド映画はごく稀にあるのだが、それでも非常に珍しい部類だ。そのような映画はほぼ必ず、感動を呼ぶヒューマンドラマになっており、結果として印パ融和を説いている。「Sita Ramam」のその例に漏れない。

 インド独立前、ハイダラーバードはニザームと呼ばれる強大な封建君主に支配された藩王国であり、インドに併合された後もしばらくの間王族はその特別な地位を保っていた。王族の年金や称号が廃止されたのは1971年である。映画のヒロインスィーターマハーラクシュミーの正体は王女ヌールジャハーンであるが、このとき彼女は名実共に王族の一員であった。ヌールジャハーンの存在や、ハイダラーバードの王族がオマーンの王族と縁談を結ぶ下りなどはフィクションであるが、ハイダラーバードの王家にはオスマントルコの王族の娘が嫁いでいるし、ハイダラーバード藩王国はアラブ諸国と盛んに貿易していたため、あながち荒唐無稽な設定ではない。

 テルグ語映画の本拠地であるハイダラーバードを主な舞台に据えながらも、カシュミール問題を絡めたり、印パ親善をメッセージとして盛り込んだり、はたまた王女と平民の恋愛を描くことで娯楽要素を強化したりと、よく出来た脚本だった。全体的に展開がスローペースで、冗長に感じるシーンも多かったが、テルグ語映画のレベルの高さを十分に実感した。

 ただ、言語面では割り切りが必要だ。基本的にはテルグ語なのだが、ヒンディー語の台詞も少なくなかった。特にパーキスターン人役は最初ヒンディー語を話すのだが、途中でテルグ語に切り替わる。この言語運用は便宜上のもので、現実として捉えることはできない。パーキスターン人がテルグ語をしゃべるというのは現実ではほぼ有り得ないからだ。ヒンディー語以外のインド諸言語で作られた映画は、物語の舞台が州の外に移ると、途端に言語面で苦労することになる。その点、ヒンディー語はインド全土で一応通じるし、パーキスターンの国語ウルドゥー語とも姉妹語なので、ヒンディー語映画はインドのどの州でも舞台にできるし、パーキスターンを舞台にしても違和感がない。

 映像の中には、実際にカシュミール渓谷で撮影されたものもある。ただし、ロケ地にはロシアも含まれており、カシュミールらしく見える景色の中にはもしかしたらロシアのものが含まれているかもしれない。グジャラート州パータンの王妃の階段井戸やモーデーラーの太陽寺院などで撮影されたシーンもあった。

 「Sita Ramam」は、20年前に書かれた手紙をインド嫌いのパーキスターン人女性がインドまで届けにいくという導入部から、様々な方向に発展し、それらがとてもよくまとめられたテルグ語映画である。あくまで娯楽映画であり、この作品にカシュミール問題への鋭い切り込みなどを求めるのは酷だが、この映画が発信していた印パ親善のメッセージは今の南アジアに強く求められているものである。興行的に成功しており、観て損はない映画だ。