Mumbai Mafia: Police vs the Underworld

4.0
Mumbai Mafia: Police vs the Underworld
「Mumbai Mafia: Police vs the Underworld」

 ヒンディー語映画の本拠地はムンバイーであり、ムンバイーが舞台の映画は多い。ヒンディー語映画界で作られるクライム映画はほとんどがムンバイーのアンダーワールドをモデルにしており、主人公はムンバイー警察の警官である。そういうわけで、ムンバイー警察とムンバイーのアンダーワールドがどのような関係性を持ってきたかを知るのは、ヒンディー語映画の理解を深めるためにも重要だ。

 その際に、なかなか外部の人には分かりにくい用語がある。それが「エンカウンター」である。原義は「出くわす」「遭遇」という意味であるが、ムンバイーでは別の意味で使われる。なかなか一言で訳しにくいのだが、簡潔に説明すれば、警察が犯罪者を射殺する行為を指す。ヒンディー語映画には、「エンカウンター・スペシャリスト」と呼ばれる警官がよく登場し、犯罪者を次から次へと殺す。これは映画の中だけの出来事ではなく、むしろ現実に起こったことを映画が後追いしている。

 2023年1月6日からNetflixで配信開始された「Mumbai Mafia: Police vs the Underworld」は、英国人監督フランシス・ロングハーストとインド人監督ラーガヴ・ダールによる、ムンバイーの警察とアンダーワールドの抗争を追ったドキュメンタリー映画だ。1990年代から2020年前後までの30年間を、「エンカウンター・スペシャリスト」と呼ばれた警察官のインタビューなどを交えながら、克明に描き出している。単に警察官側からの視点のみならず、かつてダーウードの部下だったシャーム・キショールのインタビューが含まれているのも特筆すべきである。日本語字幕つきで、「ムンバイ・マフィア:警察と闇社会の仁義なき戦い」という邦題が付けられている。

 1990年当時、ムンバイーのアンダーワールドを支配していたダーウード・イブラーヒームと、彼が統轄していたギャング組織「Dカンパニー」の紹介から映画は始まる。あらゆる悪事に組織的に手を染めていたダーウードは、ヒンディー語映画界にも影響力を持っていただけあり、ヒンディー語映画界のフィルムメーカーたちが好んで題材にする人物ナンバー1である。彼を主題にした映画はいくつも作られているが、その中でも「Once Upon Ay Time in Mumbaai Dobaara!」(2013年)は彼の伝記映画といってもいい作品である。とにかく、ヒンディー語映画に深く足を踏み入れようとすると、必ずダーウードにはぶち当たることになる。

 ダーウードがムンバイーを牛耳っていた時代、警察は全くギャングに太刀打ちできなかった。たとえ逮捕してもすぐに保釈金が支払われ釈放されてしまっていた。しかしながら、その状況を打破しようとする警察官もいた。「Mumbai Mafia」の中でインタビューに答えていたAAカーンもその一人で、彼は1991年にダーウードの部下二人を包囲し、激しい銃撃戦の末に射殺することに成功する。いわゆる「ローカンドワーラー銃撃事件」であるが、この出来事は「Shootout at Lokhandwala」(2007年)という映画になっている。

 1992年にはアヨーディヤーにおいてバーブリー・マスジドがラーマ生誕寺院建設を熱望するヒンドゥー教徒たちに破壊されたことを受けてインド全土にコミュナル暴動が拡散するが(参照)、その中でももっとも酷い殺し合いが起きた都市がボンベイ(現ムンバイー)だった。当時、ダーウードは既にドバイに逃げていたが、彼はイスラーム教徒が虐殺されたことを深刻に受け止め、イスラーム教徒たちに武器を与えて暴動に油を注ぐと同時に、さらに大きな規模での報復を計画した。暴動後に彼の腹心が警察に射殺されたこともその動機になった。

 1993年3月12日、ボンベイの12ヵ所で一斉に自動車爆弾が爆発し、250人以上の死者を出した、いわゆるボンベイ同時爆破テロ事件が発生する。警察はこれを受けてエンカウンター・スペシャリストのチームを作り、犯罪者を見つけ次第その場で射殺する許可を与えた。こうして警察が超法規的な手段を使って犯罪者の一掃を始めたのである。この中で、プラディープ・シャルマーやラヴィーンドラ・アーングレーのような著名なエンカウンター・スペシャリストが生まれ、お互いに競い合って犯罪者たちを射殺していくようになった。「Ab Tak Chhappan」(2004年)という映画があったが、この題名は「これまで56」という意味で、つまりは56人の犯罪者をエンカウンターで射殺した警官が主人公の映画だ。「Mumbai Mafia」には、プラディープやラヴィーンドラのインタビューも収められている。また、ムンバイー警察に中に結成されたエンカウンター・スペシャリストのチームについては「Department」(2012年)という映画が題材にしていた。

 ただし、米タイムズ誌がプラディープのインタビューを記事にし、犯罪者を超法規的な手段で射殺するムンバイー警察のやり方が国際的な批判にさらされたことで風向きが変わる。ムンバイー市民がギャングたちの脅迫や抗争に怯えて暮らしていた頃には、プラディープやラヴィーンドラといったエンカウンター・スペシャリストたちは英雄として歓迎され、メディアも彼らをもてはやした。しかし、法律を逸脱して片っ端から犯罪者を射殺してきた彼らに人権団体が異議を唱えるようになり、やがてメディアや政治家も手のひら返しをする。結局、彼らはエンカウンター偽造の容疑により逮捕され、服役することになる。

 エンカウンター・スペシャリストの勃興と没落は「Mumbai Mafia」のもっともエキサイティングな部分だ。監督は中立を保つように努めており、エンカウンターの是非については両論併記の形で視聴者に思考を促している。ただ、若干、メディアに持ち上げられた後に落とされたエンカウンター・スペシャリストたちに同情の念が感じられた。

 プラディープ逮捕が描かれた後はまとめに入る。まずは、ダーウードの右腕で、1993年のボンベイ同時爆破テロの首謀者の一人であり、ポルトガルに潜伏していたアブー・サーレームの逮捕とインド送還が語られ、その次に、プラディープが証拠不十分で無罪放免されたことが語られる。その後、彼はダーウードの兄弟を、射殺せずに逮捕するが、それは彼が更生したことを示す格好のパフォーマンスだったと位置づけられている。

 エピローグとして、プラディープが2021年に再び逮捕されたこと、ラヴィーンドラが政界進出を狙っていることなどが語られ、映画は終幕となる。

 ヒンディー語映画界が作るのは基本的にフィクション映画であり、ダーウード・イブラーヒームやDカンパニー、またはムンバイーのアンダーワールドを描写する際も、どうしても脚色を交えることになる。だが、「Mumbai Mafia」は本物のエンカウンター・スペシャリストや元マフィアなどのインタビューが収録されており、また、事件当時の実際の映像や写真なども使われ、非常にリアルである。ヒンディー語映画ファンにとっては、映画の世界が輪郭線を持って現実に浮かび上がる気分を味わわされる。

 また、ムンバイーのアンダーワールドに造詣が深いジャーナリスト、フザイン・ザイディーがインタビューに答えていたが、彼の著作物は複数のヒンディー語映画の原作になっている。「Black Friday」(2007年)、「Shootout at Wadala」(2013年)、「Class of ’83」(2020年)、「Gangubai Kathiawadi」(2022年)などである。

 「Mumbai Mafia: Police vs the Underworld」はそれ自体、一次資料ともいえる当事者のインタビューをふんだんに収めた優れたドキュメンタリー映画だが、ヒンディー語クライム映画の参考書としても非常に有用な作品である。ヒンディー語映画の世界に深く足を踏み入れる際には、どこかで必ず視聴することになるであろう映画である。