Thai Massage

3.5
Thai Massage
「Thai Massage」

 タイはインドから近く、インド人男性にとって風俗目当ての旅行先として人気になっている。あまりにそういうイメージが強くなってしまったため、インドにおいてタイ旅行は少々世間体が悪い。

 2022年11月11日公開の「Thai Massage」は、70歳を目前とした老齢の男性がタイに買春をしに行くという内容の映画である。一見するとエロティックなコメディー映画なのだが、老人の性欲や父子の絆といったテーマに触れられた感動モノの映画に仕上がっている。

 プロデューサーはイムティヤーズ・アリーなど。監督は「Malaal」(2019年)のマンゲーシュ・ハーダーワーレー。主演はガジラージ・ラーオとディヴィエーンドゥ・シャルマー。他に、サニー・ヒンドゥージャー、アリーナ・ザソビーナ、ラージパール・ヤーダヴなどが出演している。

 マディヤ・プラデーシュ州ウッジャイン在住のアートマラーム・ドゥーベー(ガジラージ・ラーオ)は、妻を亡くしていたものの、子供や孫たちから尊敬される老齢の男性であった。間もなく70歳の誕生日を迎えようとしており、それを祝うために家族が集っていた。

 アートマラームの息子ムケーシュ(サニー・ヒンドゥージャー)はひょんなことからアートマラームのパスポートを発見する。アートマラームは外国はおろか、ほとんど旅行をしたことがないと家族からは思われていた。そのパスポートにはタイの入国スタンプもあり、白人女性とのツーショット写真まであった。ムケーシュたちはアートマラームを問いただす。

 アートマラームは、妻を亡くした後、EDになることを恐れ、近所のゴロツキであるサントゥラン・クマール(ディヴィエーンドゥ・シャルマー)に相談していた。サントゥランは彼に性欲を付ける方法を教え、次に売春婦を紹介する。だが、ウッジャインは狭く、すぐにばれてしまう恐れがあった。そこでサントゥランは、タイ帰りのジュグヌー(ラージパール・ヤーダヴ)の影響もあって、アートマラームのパスポートを作り、彼をタイへ送る。彼の家族には、巡礼の旅だと言い訳をしておいた。

 飛行機でタイに飛んだアートマラームは、現地人に騙されそうになりながらも、世界中を旅するロシア人女性旅行者リタ(アリーナ・ザソビーナ)と出会い、彼女と旅をする。写真に写っていた白人女性は彼女だった。

 全てを聞いたムケーシュは、父親を人間として受け入れることを決め、誕生日パーティーで彼を抱きしめる。

 ED(勃起不全)を扱った映画としては「Shubh Mangal Saavdhan」(2017年)が有名だが、この「Thai Massage」がユニークなのは、老齢の男性の性欲を扱っている点である。主人公アートマラームは男やもめであり、既に性交する場面もないはずだったが、EDになることを恐れ、自殺まで考える。毎日タマネギを食べ、運動をしてEDを治した後は、それを使おうとし、風俗産業が栄えているタイへ飛ぶ。

 ただ、ウッジャインからほとんど外に出たこともない老齢の男性がいきなりタイに一人で旅行するのは無理がある。現地でトラブルに巻き込まれるも、親切なタクシー運転手の助けもあって、何とか娼婦と巡り会うことができる。しかし、彼は事をいたすことができなかった。そんな彼が出会ったのがロシア人女性旅行者リタであり、彼女とタイを旅行することで、人生の意味を見出す。彼女と最終的にどういう関係になったのかについては観客の想像に任せられていたが、キスまではいっていた。

 これだけならば、老人の年甲斐ない恋愛物語であったが、性欲についてもう少し深く掘り下げた映画でもあった。カジュラーホーの寺院の壁に刻まれたミトゥナ像(男女交合像)に代表されるように、かつてインドでは性が大らかに語られていた時代があったとされる。だが、現代では性は抑圧され、特にアートマラームのような老人が性欲を表に出すと変人扱いされてしまう。アートマラームは家族から尊敬される存在だったが、彼はだからといって人間の基本的な欲求を捨てるように強要することはできないと主張する。「Thai Massage」は、性欲について改めて考え直すことを促す映画になっていた。

 イムティヤーズ・アリーがプロデューサー陣の中に名を連ねているだけあって、ロードムービー的な要素も兼ね備えた映画であった。アートマラームはタイの首都バンコクから、リタと共に南部のカオソク湖を目指す。その過程がじっくりと描写されたわけではなかったが、保守的なウッジャインの路地から開放的なタイへの場面転換はそれだけで旅情をかきたてていた。純朴な男性が東南アジアを旅行し娼婦と出会うという筋書きは「Dasvidaniya」(2008年)とも共通している。

 主演のガジラージ・ラーオは長いキャリアを持つベテラン俳優であるが、彼が一躍注目を集めたのは、傑作映画「Badhaai Ho」(2018年)であった。優しいが弱々しい父親を演じさせるとピタリとはまり、この「Thai Massage」でも「Badhaai Ho」のイメージを踏襲した役をうまく演じていた。

 助演扱いになるだろうが、最近上り調子のディヴィエーンドゥ・シャルマーも、悩みを抱えるアートマラームをタイに送り出す媒介者サントゥランを好演していた。コメディアン俳優ラージパール・ヤーダヴは端役での出演だった。

 「Thai Massage」は、老人が性欲を晴らしにタイへ行くという、一見すると道徳的にひどい映画のように見えるが、ストーリーはそれなりに説得力のある組み立て方がしてあり、性欲を肯定するメッセージが発信された映画になっていた。また、ロードムービー的な要素もある。賛否は分かれるかもしれないが、単なるお馬鹿なコメディー映画ではない。