Monica O My Darling

4.0
Monica O My Darling
「Monica O My Darling」

 2022年11月11日からNetflixで配信開始された「Monica O My Darling」は、日本の人気推理小説家、東野圭吾著「ブルータスの心臓」(1993年)原作の、変わり種のスリラー映画である。題名の「Monica O My Darling」とは、「Caravan」(1971年)という映画の挿入歌「Piya Tu Ab To Aja」に出て来る有名な歌詞である。このダンスシーンでは往年の名ダンサー、ヘレンが踊っており、アーシャー・ボースレーが歌っている。もちろん、映画の中でもこの有名な曲が使われている。日本語字幕付きで、邦題は「愛しのモニカ」。

 監督はヴァサン・バーラー。日本でも公開された「Mard Ko Dard Nahi Hota」(2019年/邦題:燃えよスーリヤ!!)の監督である。東野圭吾の小説を映画化していることからも分かるように、どうも日本好きのようで、「Mard Ko Dard Nahi Hota」でも空手など日本のモチーフが登場した。今回の「Monica O My Darling」でも、主人公が「少年サンデー」Tシャツを着ているなど、日本へのリスペクトを感じる。

 主演はラージクマール・ラーオ。他に、フマー・クライシー、ラーディカー・アープテー、スィカンダル・ケール、アーカーンシャー・ランジャン・カプール、バガヴァティ・ペルマール、スカント・ゴーエル、ザイン・マリー・カーンなどが出演している。また、「Mard Ko Dard Nahi Hota」のキャストであるアビマンニュ・ダーサーニーとラーディカー・マダンがゲスト出演している。

 舞台はマハーラーシュトラ州プネー。ユニコーン・ロボティクス社の工場で従業員デーヴ・プラカーシュがロボットアームによって殺される。その責任を負い、安全担当のファリーディー・ベーグが解雇される。

 それから半年後。ユニコーン・ロボティクス社のサティヤナーラーヤン・アディカーリー社長は、自身の後継者に、天才的なエンジニアであるジャヤント・アルケードカル(ラージクマール・ラーオ)を任命する。ジャヤントはアディカーリー社長の娘ニッキー(アーカーンシャー・ランジャン・カプール)と婚約し、社長の義理の息子になる予定だった。だが、アディカーリー社長の息子ニシカーント(スィカンダル・ケール)や最高財務責任者のアルヴィンド・スワーミー(バガヴァティ・ペルマール)など、ジャヤントの出世を妬ましく感じていた者もいた。

 ジャヤントは、ニッキーと婚約しながら、社長秘書のモニカ・マチャード(フマー・クライシー)と不倫していた。モニカはジャヤントに妊娠したと伝え、中絶を拒否する。モニカはジャヤントに今後金を請求し続けると宣言する。困ったジャヤントだったが、実はモニカの被害に遭っていたのは彼だけではなかった。ジャヤントが呼び出されて行ってみると、そこにはニシカーントとアルヴィンドがいた。彼らもモニカの術中に陥り、脅しを受けていたのである。ニシカーントは3人で共謀してモニカを殺すことを提案する。3人で役割を分担し、殺人はニシカーント、死体の運搬はジャヤント、そして死体の遺棄はアルヴィンドの仕事となる。

 ジャヤントは、ニッキーとのバカンス中にこっそり抜け出し、死体をムンバイーからトラックでカンダーラーに運んで、アルヴィンドに受け渡す。だが、翌日彼が会社に出勤すると、なんとモニカがいた。彼らが運んだ死体はニシカーントのものであり、ナーイドゥ警部(ラーディカー・アープテー)が殺人事件として捜査を始める。ナーイドゥ警部はジャヤントを疑っていた。それからすぐにアルヴィンドもコブラに噛まれて死ぬ。アルヴィンドのところに届いた小包にコブラが入っていたのである。ジャヤントのところにも同様の小包が届き、コブラが出て来たが、間一髪で噛まれずに済んだ。その後もジャヤントは何者かに会社の屋上から突き落とされるが、一命を取り留める。モニカが犯人だと決め込んだジャヤントは思い切ってモニカに会いに行くが、彼女も死んでしまう。ワインに毒が混入しており、それを飲んで死んでしまったのである。慌てふためいたジャヤントは逃げ出す。

 こうして短期間にユニコーン・ロボティクスの社員3人が相次いで亡くなった。ジャヤントの妹シャールー(ザイン・マリー・カーン)も同じ会社で働いていたが、半年前のデーヴの死にジャヤントの関与があったと知り、彼を疑うようになる。一方、ジャヤントは追放されたファリーディーと連絡を取り、真犯人はタマング・ラーナーだと目星を付ける。しかしながら、タマングも毒を飲んで自殺してしまう。

 ジャヤントは、半年前にロボットアームによってデーヴが死んだ事故が関連していると感じ、マニュアル操作のログを引き出しに工場へ向かう。それに同行したのがシャールーの恋人ガウラヴ・モーレー(スカント・ゴーエル)だった。だが、実はデーヴを殺したのはガウラヴだった。ガウラヴはシャールーに恋していたが、デーヴが先にシャールーにプロポーズをし承諾を得たため、嫉妬のあまり彼を殺したのだった。デーヴのみならず、ニシカーントやアルヴィンドを殺したのも彼だった。ガウラヴは、ジャヤントが真相を知った瞬間に襲い掛かる。ジャヤントはロボットアームによって殺されそうになるが、彼はリモートコントロールをして逆にガウラヴを殺す。

 ガウラヴが真犯人であることが分かったため、ナーイドゥ警部のジャヤントに対する疑いも晴れたかに見えた。だが、モニカを殺したのはガウラヴではなかった。実はモニカはアディカーリー社長の子供を身籠もっており、彼を同様に脅していたのだった。社長の命令を受けたタマングがモニカを毒殺したというのが真相だった。ジャヤントは、モニカ殺人の前にニシカーント、アルヴィンドと共に作った連判状がまだ見つかってないと思いつき、ガウラヴの実家を捜索する。そこで目当ての連判状を見つけるが、気付くと彼はコブラに囲まれていた。

 随分前に東野圭吾の「容疑者Xの献身」(2005年)がインドで映画化されるという情報が出回ったが、それが来る前にこの「ブルータスの心臓」原作の「Monica O My Darling」が出来てしまった。原作は未読だが、あらすじから察するに、序盤から中盤までかなり原作に忠実に作られていると思われる。ただ、結末は若干異なっている。

 ヴァサン・バーラー監督はアヌラーグ・カシヤプ監督の作品に関与していたこともあり、彼の作品からはカシヤプ監督の強い影響が感じられる。奇をてらったスタイリッシュな映像もそうだが、もっとも強くカシヤプ印を感じたのは音楽の使い方だった。カシヤプ監督は「Gangs of Wasseypur Part 1」(2012年)などで、敢えて場面と合っていない音楽をBGMにすることで、ユニークな効果を生み出した。例えば人が殺されるシーンでのどかな音楽を流すなどである。「Monica O My Darling」でも、普通はこの場面でこういう音楽は使わないというものを敢えて使っており、場違い感から来るズレが味になっていた。

 ストーリーで面白かったのは、連続殺人事件の犯人候補が複数いる上に、真犯人も複数で、別々の意図によりたまたま同じ会社の社員が殺されたことである。また、物語の発端はモニカの妊娠だが、その実際の父親は意外な人物であった。これらの仕掛けのほとんどは原作にあるもので、東野圭吾の物語構成力の高さを実感させられた。

 しかしながら、日本人が作った物語をそのままインドに当てはめたことで、人物の動きに違和感を感じることもあった。例えばアディカーリー社長は、実の息子ニシカーントがいるのに、娘婿となる予定のジャヤントを後継者に指名した。ニシカーントは自堕落な駄目息子だったために後継者から外されたのは分かるのだが、インドは血統を大切にする国なので、普通ではない選択である。

 次々に社内の多くの男性と関係を持ち、妊娠するとそれらの男性を脅して大金をせしめようとするモニカのキャラも、インド人らしくない悪女であった。社長、社長令息、次期社長に取り入るのは分かるのだが、アルヴィンドも標的にしたのは謎であるし、全方位に関係を持ってメリットがあるとも思えない。また、ジャヤントの妹が同じ会社で働いていたが、これも少し奇妙な設定であった。

 出演していたのは演技力のある俳優ばかりだ。特に主演のラージクマール・ラーオは、虚栄心が強く臆病な男性役を演じさせたら右に出る者がない。虚勢を張っているときや焦っているときの演技はとても自然でため息が出る。フマー・クライシーの肝の据わった悪女演技も素晴らしかった。今回、ラーディカー・アープテーの出番は限定的だったが、リラックスして演技をしていた。

 「Monica O My Darling」は、変わった映画を好んで作るヴァサン・バーラー監督の最新作である。東野圭吾の推理小説を原作とし、ラージクマール・ラーオなど演技派俳優を起用して、二転三転しながら現在進行形で進む連続殺人事件をスリリングに追う映画に仕上がっている。邦題の「愛しのモニカ」では内容が効果的に伝わらないかもしれない。