Thank God

3.0
Thank God
「Thank God」

 毎年10月~11月に祝われるディーワーリー祭はヒンドゥー教最大の祭礼のひとつだ。しかも富の女神ラクシュミーに関する祭りであり、インド人の経済活動がもっとも活発になる時期でもある。利益を最大化するため、ディーワーリー祭に掛かる週にはその年でもっとも期待される作品が公開される傾向にある。2022年10月25日公開の「Thank God」はディーワーリー公開作品である。同日公開のアクシャイ・クマール主演「Ram Setu」とぶつかり合うことになった。

 「Thank God」の監督は、「Masti」(2004年)や「Dhamaal」(2007年)などのコメディー映画に定評のあるインドラ・クマール。主演はアジャイ・デーヴガンとスィッダールト・マロートラー。新旧世代のスター俳優たちである。ヒロインはラクル・プリート・スィン。他に、スィーマー・パーワー、カンワルジート・スィン、ウルミラー・コーターレー、キヤーラー・カンナー、マヘーシュ・バルラージなどが出演している。また、ノラ・ファテーヒーがアイテムナンバー「Manike」にアイテムガール出演している他、本人役でも出演している。

 時は2016年、舞台はムンバイー。不動産業者の若手社長アーヤン・カプール(スィッダールト・マロートラー)は手段を選ばず金儲けに走っていた。しかし、2016年11月8日にモーディー首相が突然、高額紙幣廃止を宣言したことにより、今まで裏金で溜め込んでいた現金が使い物にならなくなる。金策に困ったアーヤンは家を売って金を作ろうとするが、なかなか買い手が付かなかった。

 アーヤンの妻ルーヒー(ラクル・プリート・スィン)は警察官で、二人の間にはピーフー(キヤーラー・カンナー)という娘がいた。ピーフーの誕生日にアーヤンは交通事故に遭い死んでしまう。

 アーヤンの魂はまずYD、つまりヤムドゥート(マヘーシュ・バルラージ)に迎えられてメイクを施され、次にスタジアムのような場所に連れて行かれる。そこではCG、つまりチトラグプト(アジャイ・デーヴガン)がホストとして待ち構えていた。CGの説明では、アーヤンの肉体は現在、集中治療室で生死の境を彷徨っており、これから始まる「Game of Life」次第で生死が決まる。CGが出題する問題にアーヤンが行動でもって答えることで、オーディエンスが白か黒のボールを筒に投げ入れる。黒いボールがいっぱいになったらアーヤンは奈落に落ち、白いボールがいっぱいになったら生き返るとのことだった。

 アーヤンは問題の中でついつい地を出してしまって黒いボールばかりもらってしまう。だが、問題をこなしている内に彼は思いやりをもって人と接することを学んでいく。おかげで白いボールがいっぱいになり、生き返ることが決まった。だが、生き返ったアーヤンは、交通事故の相手が自分の妻と子供だったことを知る。ルーヒーとピーフーも昏睡状態にあり、どちらも腎臓移植を必要としていた。アーヤンは迷わず自分の腎臓を差し出そうとし、自殺を図る。だが、目を覚ましたときには彼は生きており、腎臓移植も行われていなかった。突然、死体が運び込まれ、腎臓が提供されたのである。奇跡的にルーヒーとピーフーは助かった。

 基本的にはコメディー映画だが、道徳の教科書のように説教臭い映画で、思いやりを持って生きる大切さが説かれていた。一定の感動はあるあるものの、学校で無理矢理見せられる教育映画を思い出してしまう。賛否は分かれるだろう。

 物語の下敷きになっているのはヒンドゥー教の死後の世界観だ。ヒンドゥー教では、人は死ぬとヤマ神によってヤマの国に魂が連行され、そこで生前の行いに従って審判を受ける。人間の生前の行いを逐一記録しているのがチトラグプタ神である。一般的な考え方では、ヤマの国ではヤマ神が君主であり、チトラグプタ神がその補佐であるが、「Thank God」ではチトラグプタ神をモデルにしたCGの方が偉く、ヤマ神をモデルにしたYDはCGに従属的な立ち位置にいた。この辺りの力関係は文献によって様々なので、特に間違いではない。ちなみに、ヤマ神は仏教に取り込まれて閻魔様になった。

 面白いのは、ヤマの国も時代に合わせてアップグレードしていることである。まるで審判の場がTVのリアリティーショーのようになっており、オーディエンスも存在する。審判の方法も、生前の行いを見て一方的に決めるのではなく、その人に出題し、それに対して道徳的に反応できるかどうかが見られる。しかもオーディエンス参加型で、ホストのCGが挑戦者の運命を決めるのではなく、オーディエンスが決める。人気クイズ番組「Kaun Banega Crorepati」やゲーム番組「Sacch Ka Saamna」を思わせる内容で、韓国のサバイバルドラマ「イカゲーム」にも通じるものがあった。

 ただ、前半はかなりダラダラとした展開でグリップ力が弱く、登場人物にも現実味がない。後半は、主人公アーヤンが更生していく過程であり、母子の絆の再確認など、感動できるシーンもあるのだが、何となく説教臭く感じるのは否めない。最後はハッピーエンドだが、あまりに理想主義的で、興ざめする。

 ディーワーリー公開作の上にアジャイ・デーヴガンとスィッダールト・マロートラーが主演ということで、興行的に大きな成功が期待されていたが、残念ながら観客を引き込むような魅力に欠け、フロップに終わっている。カンフル剤として投入されたノラ・ファテーヒーの妖艶なダンスも映画を救えなかった。

 スィッダールト・マロートラーは薄っぺらい男をそつなくこなしていた。アジャイ・デーヴガンはCG役を楽しんでいたように見えた。ラクル・プリート・スィンは、少ない出番ながらいい役をもらっていた。彼女の警官姿は美しく決まりすぎていて嘘っぽかった。母親役のスィーマー・パーワーも好演していた。

 「Thank God」は、ヒンドゥー教的な死後の審判を現代的なリアリティーショーに置き換えながら、道徳を説くコメディー映画である。しかし、コメディーに全振りするよりも道徳心の啓蒙に注力しており、道徳映画になっていて、窮屈な印象を受けた。スターパワーもあるし、悪い映画ではないが、ディーワーリー公開作としては力不足だった。