Shabaash Mithu

3.5
Shabaash Mithu

 21世紀に入り、ヒンディー語映画界ではスポーツ映画がジャンルとして完全に確立した。中でも目立つのが、女性スポーツを主題にした映画だ。インドにおいてスポーツは女性がするものではないという強い偏見があり、男子スポーツに比べたら人気も桁違いに低い。国からの予算やスポンサーでも圧倒的に不利であり、インド人女性スポーツ選手はスポーツそのもの以外のところで戦っていかなければならない。よって、ドラマが成立しやすいのである。女子ホッケーを題材にした「Chak De! India」(2007年)がその走りだったが、女子ボクシング選手の伝記映画「Mary Kom」(2014年)、女子レスリング選手の伝記映画「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)、女子バドミントン選手の伝記映画「Saina」(2021年)などが代表である。

 2022年7月22日公開の「Shabaash Mithu(いいぞ、ミトゥー)」は、実在する女子クリケット選手ミターリー・ラージの伝記映画である。2022年に引退したミターリーは、国内外の数々の得点記録を保持する打者であり、インド最高の女子クリケット選手に数えられている。インド代表の主将を2回務めている。この映画は、彼女が主将としてインド代表を準優勝に導いた、2017年のワールドカップをクライマックスにしている。

 監督はベンガル語映画界で活躍するスリジト・ムカルジー。過去に「Begum Jaan」(2017年)などのヒンディー語映画を撮っている。主役ミターリーを演じるのはタープスィー・パンヌー。運動神経のいい女優であり、また、女性中心映画に好んで出演することで知られる。直近でも「Rashmi Rocket」(2021年)という女子陸上競技選手を主人公にした映画で主演をしており、女子スポーツ選手モノの映画といえばタープスィーというアイデンティティーを確立しつつある。

 他には、ヴィジャイ・ラーズ、ブリジェーンドラ・カーラー、ムムターズ・サルカール、シルピー・マルワーハー、アヌシュリー・クシュワーハー、イナーヤト・ヴァルマー(子役)などが出演している。

 ハイダラーバードで生まれ育ったミターリー(タープスィー・パンヌー)は古典舞踊バラタナーティヤムを習っていたが、友人ヌーリー(アヌシュリー・クシュワーハー)の影響でクリケットを始め、地元でクリケット教室を始めたサンパト(ヴィジャイ・ラーズ)の目に留まる。サンパトの指導の下、ミターリーは練習に練習を重ね、インド代表候補に選ばれる。一方、ヌーリーは結婚してクリケットの道を諦めた。

 デリーに移ったミターリーは、先輩女子クリケット選手たちからいじめを受けるものの、実力で彼女たちの尊敬を勝ち取り、仲間を増やす。だが、キャプテンを務めていたスクマーリー(シルピー・マルワーハー)からは面白く思われていなかった。ミターリーは主将の座をスクマーリーから奪い、女子クリケットの改革に乗り出す。男子クリケットを管轄するインドクリケット協会(CAI)から支援を得ようと奔走するが、冷遇しかされなかった。しかも、スクマーリーがインド代表のコーチとして戻ってきて、ミターリーにとっては逆風が吹き続けた。失望したミターリーは辞表を提出し、故郷に戻って結婚を考え始める。だが、訪ねてきたヌーリーから励まされる。一方、ミターリーが抜けたインド代表は連戦連敗で、スクマーリーはミターリーの復帰を自ら求める。

 2017年のワールドカップ前にインド代表主将に舞い戻ったミターリーは、初戦の英国戦で勝利を収めると、勝利を重ねる。決勝戦で再び対戦した英国に僅差で敗れるものの、インドに戻ったインド代表女子クリケット選手たちは賞賛して迎えられる。

 インドで一番人気のスポーツといえばクリケットである。それに比肩できるようなスポーツはない。よって、まずクリケットとクリケット以外のスポーツでは置かれている状況が全く異なる。多くのスポーツでは、そのスポーツを知っているかどうかというレベルから始めなければならない。ヒンディー語のスポーツ映画では、まずクリケットを題材にするか否かで大きく分かれるといってもいい。この「Shabaash Mithu」は、女子スポーツながら、クリケットが題材のため、他のスポーツに比べたらまだ恵まれた環境にあるということを前提にした方がいい。

 それでも、インド代表の女子クリケット選手が置かれた状況は酷いものだった。宿舎にはトイレがなく、予算がないために試合が組めない。男子クリケットには湯水のごとく金が使われ、男子クリケット選手がどこへ行っても脚光を浴びるのと好対照である。ミターリーは、女子クリケットを男子クリケットと同レベルまで引き上げるとまでは行かないまでも、同じインド代表として、最低限の認知度を得たいと野望を抱いていた。

 男子クリケット選手と女子クリケット選手の置かれた、天と地ほど違う状況は映画の中で随所に描写されていたが、もっとも象徴的なのは空港でのシーンだった。男女とも国際試合のために英国に渡ろうとしていたが、女子クリケット選手は荷物の重量オーバーのために足止めをされていた。その一方で男子クリケット選手は護衛を引き連れてノーチェックで空港の中に入って行く。同じクリケットをプレイし、同じインド代表として英国に渡るのに、空港側からの扱いの差は残酷なほど大きかった。

 女子スポーツ選手を見る世間の「視線」にも鋭い指摘がなされていた。ミターリーは「देखनाデークナー」と「घूरनाグールナー」という動詞を意図的に使い分けていた。どちらも「見る」という意味だが、ニュアンスが全く異なる。後者は「ジロジロ見る」というニュアンスであり、「視姦」ともいえる。世間が女子スポーツ選手を見る視線は正に「घूरनाグールナー」だった。インタビューで「あなたの好きな男子クリケット選手は?」という質問がされる点でもそれは強調されていた。一方、前者の「देखनाデークナー」はもっとニュートラルな「見る」を意味する。ミターリーは、女子クリケットも見て欲しいと願っており、彼女が欲する見方もこちらであった。

 だが、結局のところスポーツ選手は試合の場でアピールするしかない。ミターリーは主将として女子クリケットのワールドカップでインド代表を準優勝に導いた。しかも、宿敵パーキスターンにも勝利した。優勝はできなかったものの、ワールドカップで勝利を重ねるたびにインド本国でも注目度が上がった。敗北に意気消沈して帰国した選手たちを迎えたのは、熱狂的な歓迎だった。しかも首相からも激励の言葉があった。ミターリーが子供の頃から夢に描いていた、女子クリケットへの認知度がようやく得られた瞬間だった。

 スポーツの世界では一般的にどうしても男子スポーツの方に世間の関心が向かうため、女子スポーツを扱う映画では、インド社会で根強い男尊女卑の観念を暗に批判する内容になることもある。だが、「Shabaash Mithu」からはその要素はほとんど感じなかった。主人公のミターリーが求めていたのは、あくまで世間から認めて欲しいということだった。ヒンディー語では「पहचानペヘチャーン」という。「承認欲求」と表現すると否定的になってしまうかもしれないが、彼女の動機は決して男性敵視ではなかった。

 インド代表候補に選ばれたばかりのミターリーは先輩からいじめにも遭う。実話にもとづく映画ながら、こういう女子同士のドロドロとした人間関係が結構あからさまに描かれていたのは意外だった。ミターリーがナショナルチームの一員に選ばれたことで、彼女たちと仲が良かった他の選手が外されたため、それを恨んでのいじめだったようだ。だが、もうひとつ理由として挙げられていたのは、育ちの差だった。

 インドのプロスポーツを描いた映画ではよく指摘されることなのだが、インド人スポーツ選手は、各スポーツで高みを目指すというよりも、生計を立てるためにプロになることが多いようである。そして引退後は公務員として一生安泰に暮らせる。おそらくミターリー以外の選手たちは、そんな動機でクリケットをしていた。彼女たちの社会階層は低く、親は皮革業者、チャーイ売り、鉄細工職人などをしていた。その一方、ミターリーは幼少時にバラタナーティヤムを習っていたことからも察することができるように、育ちが良かった。彼女は他の選手たちから「ミス・ムラーヤム」と呼ばれていたが、これは「軟弱女」みたいな意味になる。この育ちの差からもミターリーはいじめられていたのだと考えられる。

 また、クリケットのようなチームスポーツでは選手の団結が必須であり、チームスポーツ映画ではバラバラだったコミュニティーの団結が隠れたテーマになることも多い。例えばクリケット映画「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン~クリケット風雲録)では異なる宗教やカーストの団結、ホッケー映画「Chak De! India」では各州出身者同士の団結、サッカー映画「Dhan Dhana Dhan Goal」(2007年)では南アジア諸国の団結が裏テーマになっていた。それに対し「Shabaash Mithu」では、そのような要素は感じられなかった。例えばチームにはニールーという色黒の女性キャラがいたが、彼女は皮革業者の娘という設定や、「パースワーン」という名字からも分かるように、ダリト(不可触民)である。だが、劇中で不可触民差別が描かれることはなく、彼女は自らの出自に劣等感を抱くことなくチームに溶け込んでいた。

 台詞が印象的な映画でもあった。ヴィジャイ・ラーズ演じるサンパトは、ミターリーの良き理解者であり、彼女が女子クリケット選手として自身を確立するために、多大な貢献をした。その中で彼は、「フィールド上では全ての痛みは小さくなる。ただプレイしろ」という言葉を投げ掛ける。ミターリーは、ヌーリーの結婚やサンパトの死など、悲しい出来事があるたびに最高のプレイをしてきた。それはひとえにサンパトのこの言葉を拠り所としてクリケットに向き合ってきたからであろう。

 カンガナー・ラーナーウトに続き、自立した女性像を好んで体現し、女性中心映画を強力に推し進めているタープスィー・パンヌーは、今回も主演を務め、彼女らしい現代的な女性像を引き続き打ち立てている。クリケットのフォームも相当練習したものと思われる。ただ、彼女の欠点も見えた映画だった。劇中、一時的にミターリーがクリケットの道を諦め、婚活を始める場面があるが、そのとき彼女はサーリーを着て化粧をし、伝統的なインド人女性の装いになる。それが全く似合わなかったのである。独立独歩の女性を演じすぎて、もはやタープスィーには花嫁姿は見合わなくなってしまった。

 ミターリーの幼年時代を演じた子役女優がとても良かった。バラタナーティヤムを踊り、クリケットもする。イナーヤト・ヴァルマーという名前で、過去に「Ludo」(2020年)や「Ajeeb Daastaans」(2021年)にも出演している。将来が楽しみである。

 「Shabaash Mithu」は、2010年代から続く女性中心映画の流れを汲む作品で、自立した女性を演じ続けるタープスィー・パンヌーの主演作である。実在するインド人クリケット選手ミターリー・ラージの伝記映画でもある。興行的には失敗に終わっているが、インドにおいて女子クリケットの人気を高めた立役者の活躍がよく映画化されており、感動作である。観て損はない。