歌と踊りに彩られたヒンディー語娯楽映画の中でも、一番盛り上がるのがバングラーのダンスナンバーのシーンだ。使われる場面は、結婚式であったり、ディスコであったり、お祭りであったり、様々だが、バングラーはそれ自体が血を沸き立たせるような活力に満ちており、ダンスにも合わせやすく、一気に場を盛り上げることができる。バングラーはインド人の大好物だ。
バングラーとは
バングラーとは元来パンジャーブ地方の民謡と、それに乗って踊るダンスのことを指す。ヒンディー語では「भंगड़ा」と書き、英語では「Bhangra」と書く。「Filmsaagar」では、「パンジャービー・ミュージック」「パンジャービー・ダンス」などと表現していることもある。
伝統的なバングラーの踊り手は主に男性で、ヴァイサーキー祭などの際に世襲の舞踊集団によってパフォーマンスが行われていたようだ。印パ分離独立前にはパンジャーブ地方西部の一地域のみ行われていたのが、独立後にパンジャーブ地方東西の人口移動があったことにより、パンジャーブ地方東部でも知られるようになったとされる。
バングラーは1950年代から、パティヤーラー&東パンジャーブ州連合(PEPSU)や後のパンジャーブ州の政府によって、パンジャーブ地方の民俗芸能として振興され、プロの舞踊団が結成された。大学でもバングラーのグループが結成され、学生たちがパフォーマーとして公演に参加するようになった。例えば、1954年1月26日の共和国記念日パレードではPEPSUのバングラー舞踊団がパフォーマンスを行った。これらの組織的な活動や振興策を通して、現在「バングラー」として知られる独特のカラフルなコスチュームや特徴的な動きが確立し、やがてパンジャーブ精神を象徴する民俗音楽及び舞踊として全国的に認識されるようになった。
だが、上で説明した事柄は、祭礼や文化行事などの場面で、バンドやダンサーたちによって公演される「伝統的」なバングラーの説明である。1950年代になって作り上げられたものを「伝統的」と表現するのには躊躇があるが、相対的にはそう呼んで差し支えないだろう。なぜならその後、バングラーの新しい形態が生まれたからである。現代ではバングラーといえば、むしろ民俗芸能というよりも、DJやミュージシャンと呼ばれる人々によって、西洋音楽とのフュージョンの中で生まれた新しい音楽形態、及びその音楽に乗って踊るダンスのことを指すことが多い。
現代のバングラー
現代的なバングラー揺籃の地となったのは英国である。パンジャーブ地方からの移民や、移民二世の若者たちが、人種差別や社会的抑圧に直面しながら自分たちのアイデンティティーを確立していく過程で、ルーツとなる音楽と移民先の音楽を融合させて生み出した音楽がバングラーだとされる。ドール(両面太鼓)やトゥーンビー(一弦楽器)などの民俗楽器と、エレキギターやシンセサイザーなどの西洋楽器を組み合わせ、ロックやポップスなどの西洋音楽の手法を採り入れて、パンジャービー語でシンプルな歌詞を歌うのが特徴である。
バングラーが誕生したのは1970年代とされるが、その発展と普及は1980年代から本格化した。最初期のバングラーは、1970年代半ばに発表されたブジャンギー・グループ(Bhujhangy Group)の「Bhabiye Akh Larr Gayee」だとされており、伝統的なパンジャーブ民謡が初めて西洋楽器を用いて演奏された。その後、1980年代にアーラープ(Alaap)、マルキート・スィン(Malkit Singh)、ヒーラー(Heera)などのバンドやミュージシャンが活躍し、バングラーを発展させていった。この頃のもっとも有名な曲にマルキート・スィンの「Gurh Nalon Ishq Mitha」があるが、この曲は今でも時々流されたりリミックスされたりするほどポピュラーである。
1990年代になるとバングラーが停滞期を迎えるが、代わってバリー・サグー(Bally Sagoo)やタルヴィン・スィン(Talvin Singh)など、ヒップホップや電子音楽を得意とする新世代のインド系移民ミュージシャンたちが新たなフュージョン音楽を生み出し、「UKエイジアン」と呼ばれる1ジャンルを確立して、一世を風靡する。従来、バングラーはライブ演奏が基本であったが、1990年代にはUKエイジアン音楽の影響を受け、コンピューターで作り出した打ち込み系のビートやメロディーに歌声だけ生で乗せる形式が主流になり、これがフォークホップと呼ばれるようになる。現在、一般にバングラーといった場合、1990年代以降のフォークホップ風バングラーのことを指すことが多くなった。1990年代のバングラーソングの代表といえば、パンジャーブMC(Panjabi MC)の「Mundian To Bach Ke」やダレール・メヘンディーの「Tunak Tunak Tun」などが挙げられる。
21世紀に入り、バングラーはあまりにポピュラーになり過ぎた。猫も杓子もバングラーという時代になっており、パンジャービー系のミュージシャンがバングラーに手を出すのは当然のこととして、非パンジャービー系ミュージシャンもバングラー曲をレパートリーに持つようになった。ラップやヒップホップとも近くなり過ぎて、区別が付かなくなっている。もはや「バングラー歌手」という独立したカテゴリーを立てるのは難しい。
バングラーとヒンディー語映画
ヒンディー語映画初のバングラー曲は何かということが時々話題になるが、もしその中に伝統的なバングラーを含めるならば、それは1956年のいくつかの映画ということになる。「Jagte Raho」(1956年)の「Main Koi Juth Boliya」、「Naya Daur」(1956年)の「Yeh Desh Hai Veer Jawanon Ka」、「New Delhi」(1956年)の「Tum Sang Preet Lagai Rasiya」などがもっとも早い例だ。また、パンジャーブ地方の民謡がヒンディー語映画の楽曲に採り入れられたもっとも早い例としては、「Khazanchi」(1941年)の「Saawan Ke Nazaare Mein」が挙げられることもある。既に独立前後の時代からヒンディー語映画音楽にはパンジャーブ地方の影響があったとされている。
「Naya Daur」の「Yeh Desh Hai Veer Jawanon Ka」では、音楽がバングラー的であるだけでなく、ダンスもバングラーだ。バックダンサーたちはPEPSUの舞踊団である。
その後も散発的に伝統的なバングラーが映画音楽に使われることがあった。では、西洋音楽とのフュージョンの中で誕生した新しいバングラーはいつどのようにしてヒンディー語映画に取り込まれていったのだろうか。
バングラー揺籃の地、英国でバングラーが現在の形になったのは1990年代だが、早くもこの年代にバングラーはインド本国でも人気沸騰する。バングラー歌手の代表格ダレール・メヘンディーはインド生まれだが、英国のインド系移民社会で発展したバングラーを取り込み、ヴィジュアルとサウンドにおいて独自のスタイルを確立した。彼のデビューアルバム「Bolo Ta Ra Ra」(1995年)はインドで2千万枚を売り上げる大ヒットになった。
折しも1990年代は、経済自由化と共にヒンディー語映画が家族向けエンターテイメントとしてフォーマットを確立した時期であり、しかもアーディティヤ・チョープラーやカラン・ジョーハルなど、パンジャーブ地方にルーツを持つ複数の若い映画監督が台頭した時期でもあった。MTVやチャンネルVなどの音楽専門チャンネルが開局し、音楽がヴィジュアルと共に視聴者に届けられる時代が到来したのも、派手な演出をしやすいバングラーにとって追い風になった。
ヒンディー語映画でフュージョン的なバングラーが使われた初の例としては、「Mohra」(1994年)の「Tu Cheez Badi Mast Mast」辺りが挙げられるようだ。だが、もっとも影響力が強かったのは、大ヒット映画「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)の「Mehndi Laga Ke Rakhna」であった。この曲はインドの結婚式で定番曲となり、21世紀に入っても人気である。
その後も「Karan Arjun」(1995年)の「Bhangda Paale」、「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)の「Saajanji Ghar Aaye」などで相次いでバングラーナンバーが使われた。また、「Mrityudaata」(1997年)の「Na Na Na Re」では、人気バングラー歌手ダレール・メヘンディーが歌を歌っただけでなく、自身も出演して、バングラーを披露した。
21世紀に入り、バングラーはもはや流行というよりも、ヒンディー語映画にとって不可欠な要素として定着したといっていいだろう。大半の娯楽映画にはバングラー曲が少なくとも1曲は入っている。
例を挙げていくと枚挙に暇がないのだが、「Chori Chori Chupke Chupke」(2001年)の「No.1 Punjabi」、「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年)の「Say Shava Shava」、「Rang De Basanti」(2006年)のタイトルソング、「Jab We Met」(2007年)の「Mauja Hi Mauja」、「Tanu Weds Manu」(2011年)の「Jugni」、「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)の「Sadi Gali」、「Hindi Medium」(2017年/邦題:ヒンディー・ミディアム)の「Oh Ho Ho Ho」、「Badhaai Ho」(2018年)の「Morni Banke」など、毎年のようにバングラーの名曲が送り出されている。また、ヨー・ヨー・ハニー・スィン、バードシャー、グル・ランダーワーなど、新たなバングラーの担い手も次々に誕生している。
最後に、21世紀のフィルミー・バングラーの中から個人的にお気に入りの「Rang De Basanti」の動画だけを引用しておく。ダレール・メヘンディーが歌っている。