カッワーリー

 近年、多くのヒンディー語映画にてカッワーリーは映画のアクセントとしてよく使われる。カッワーリーとは、スーフィズム(イスラーム教神秘主義)の聖者を祀るダルガー(聖者廟)にて演奏される宗教賛歌の一種であり、庶民の間では非常に人気がある。ヒンディー語では「क़व्वालीカッワーリー」、英語では「Qawwali」と書く。また、カッワーリーを演奏する人々は「カッワール」と呼ばれる。

 イスラーム教は音楽禁止のイメージが強いが、イスラーム教の本流とは外れた庶民的な信仰形態であるスーフィズムにおいては音楽は許容されているばかりか、むしろ神との合一のために必要な手段とすら考えられている。カッワーリーの演奏会は「サマー」または「メヘフィレ・サマー」などと呼ばれる。有名なダルガーでは毎週木曜日の夜にサマーが行われ、多くの人々がカッワーリーを聴きにくる。

 デリーのニザームッディーン・アウリヤー廟は、南アジアにおいてカッワーリー発祥の地とされることが多く、ニザームッディーンの弟子だった才人アミール・クスローの名前がその創始者としてよく引き合いに出される。カッワールたちが好んで歌う曲の中には、「Aaj Rang Hai」や「Chaap Tilak」など、アミール・クスロー作詞作曲とされるものが多い。カッワーリーを体感したかったら、ニザームッディーン・アウリヤー廟は最高の場所である。ほぼ常時カッワールが待機しているが、やはり木曜日の夜に訪れるといいだろう。また、年に一度のウルスと呼ばれる命日祭では大変な賑わいになる。

ニザームッディーン・アウリヤー廟でのサマー
2008年4月25日撮影

 カッワーリーはグループで演奏されることがほとんどである。使われる楽器は、鍵盤楽器のハルモニウム、打楽器のタブラーやドーラクなどだ。エレキギターが入ることもある。楽器ではないが、手拍子でリズムを取ることが多く、グループの内の多くは手拍子部隊である。手拍子部隊はコーラスも担当する。リードを務める歌手は1人または2人で、ハルモニウムと兼任ということも多い。概してカッワールたちはお揃いのクルターやシェールワーニーに身を包んでおり、特徴的な帽子をかぶっている。

 カッワーリーで歌われる内容はスーフィー聖者を称えるものであることが多いが、恋愛の歌もある。ただし、それは単なる世俗的な恋愛ではなく、必ず神と人の関係に昇華できる内容になっている。詩的な遊び心に満ちた内容の歌詞がスピード感溢れるビートとエネルギッシュな歌唱と共に放出されるため、カッワーリーを聴くと元気になるものだ。

 パーキスターンの有名なカッワールであるヌスラト・ファテー・アリー・カーンが国際的に認知されたことなどにより、カッワーリーはワールドミュージックの一角を占めるようになった。インドにおいても有能なカッワールたちはダルガーの域に留まらず、コンサートなどでもパフォーマンスをするようになり、今や「アーティスト」として認められた存在だ。

ファリード・アヤーズとアブー・ムハンマドのコンサート
2010年3月13日撮影

 ヒンディー語映画界もそういう素材を放っておくはずがなく、カッワールを引き込んで挿入歌を歌ってもらったり、作詞作曲を依頼したりしている。また、カッワールでない音楽監督がカッワーリー風の楽曲を作るのももはや日常茶飯事だ。

ヒンディー語映画のカッワーリー曲

 ヒンディー語映画音楽に、特に好んでカッワーリー曲を入れるのは巨匠ARレヘマーンである。例えば「Fiza」(2000年)では、ムンバイー沖のアラビア海に浮かぶ象徴的なスーフィー聖者廟ハージー・アリー廟に祀られる聖者ハージー・アリーを賛美した、かなり本格的なカッワーリー曲を提供している。メインヴォーカルを務めるのは古典音楽家のグラーム・ムスタファー・カーンである。

Piya Haji Ali Full Video - Fiza | Hrithik Roshan & Jaya Bachchan | A. R. Rahman

 ムガル朝第3代皇帝アクバルを主人公にした時代劇映画「Jodhaa Akbar」(2008年)でもARレヘマーンは「Khwaja Mere Khwaja」というカッワーリー曲を入れている。これは、アジメールの有名な聖者廟モイーヌッディーン・チシュティー廟に祀られるモイーヌッディーン・チシュティーを賛美したものだ。時代考証を重視したのだろう、中世以降に外部から伝来したハルモニウムなどの楽器が映像で使われていない。

Khwaja Mere Khwaja - Jodhaa Akbar|@A. R. Rahman|Hrithik Roshan|Aishwarya Rai

 そしてやはりARレヘマーンが音楽監督を務めた「Rockstar」(2011年)では、ニザームッディーン・アウリヤーを称えるカッワーリー曲「Kun Faaya Kun」が差し挟まれている。実際にニザームッディーン・アウリヤー廟で撮影が行われており、同廟専属のカッワールであるニザーミー・ブラザーズも参加している。

Kun Faya Kun Full Video Song Rockstar | Ranbir Kapoor | A.R. Rahman, Javed Ali, Mohit Chauhan

 上記の映画は日本で劇場一般公開されていないため、日本ではほとんど知られていないだろうが、「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)は劇場一般公開されており、一定の知名度があるだろう。その中で「Bhar Do Jholi Meri」という曲があったが、これも正真正銘のカッワーリー曲だ。プリータム作曲とされているが、実はパーキスターンのカッワール、サーブリー・ブラザーズの曲である。映画ではアドナーン・サーミーが歌っており、実際に映像でも彼が出演している。ジャンムー&カシュミール州のアイシュムカーム廟で撮影が行われた。

'Bhar Do Jholi Meri' FULL VIDEO Song - Adnan Sami | Bajrangi Bhaijaan | Salman Khan Pritam

 カッワーリーは基本的にスーフィー聖者を称える宗教賛歌ではあるが、その特徴的なフォーマットを援用した世俗的な楽曲も作られており、それらも広い意味でのカッワーリー曲だといえる。「フィルミー・カッワーリー」と呼ばれることもある。例えば「Main Hoon Na」(2004年)には「Tumse Milke Dil Ka」という曲があったが、これは広義でのカッワーリー曲である。作曲はアヌ・マリク、歌手はソーヌー・ニガムとシュレーヤー・ゴーシャールで、三人ともカッワールではない。

Tumse Milke Dilka Jo Haal [Full Song] | Main Hoon Na | Shahrukh Khan

 フィルミー・カッワーリーの文化は今に始まったものではなく、名曲とされるフィルミー・カッワーリー曲が昔からヒンディー語映画にはあった。例えば不朽の名作「Mughal-e-Azam」(1960年/2004年)では、サリーム王子の前でライバルの侍女同士が恋愛をテーマにして即興で詩にして歌い、詩才と歌唱力を競い合う雅なシーンがある。「Teri Mehfil Mein」である。これもフィルミー・カッワーリーの古典的名作として記憶されている。

Teri Mehfil Mein Kismat Video Song | Mughal E Azam Movie | Lata Mangeshkar,Dilip Kumar,Madhubala

 果たしてどこまでをカッワーリーの範疇に収めていいか、見解が分かれるだろうが、近年インドでは「スーフィヤーナー(スーフィー的な)」という言葉が使われるようになっており、この言葉なら、正統派カッワーリーを含んだ、カッワーリー的な要素を含んだ曲をファジーにカバーすることができる。

 前述の世界的に有名なカッワール、ヌスラト・ファテー・アリー・カーンには、ラーハト・ファテー・アリー・カーンという甥がおり、ヌスラトの伝統を受け継いだカッワールになっている。彼はパーキスターン人ながらヒンディー語映画の楽曲でヴォーカルをよく担当するのだが、彼が歌う曲はどんな曲調でもスーフィヤーナーになるといっていい。例えば、「Dabangg」(2010年/邦題:ダバング 大胆不敵)の「Tere Mast Mast Do Nain」が挙げられる。基本的にはラブソングだが、サビの部分は手拍子が入り、カッワーリー的だ。

"Tere Mast Mast Do Nain" ( With Lyrics) Full Song Dabangg | Salman Khan