「汎インド映画」への道②

 2022年4月28日付けのデリー・タイムス紙に、ヒンディー語映画俳優マノージ・バージペーイーのインタビュー記事が掲載されていた。ヒンディー語映画界切っての演技派俳優として知られるマノージは、コロナ禍によって加速したOTT全盛時代にウェブドラマ「The Family Man」などで再評価された俳優の一人でもある。

マノージ・バージペーイー

 「汎インド映画(Pan-Indian Film)」成立の道のりにおいて、インド全土を市場としていたヒンディー語映画界の地位低下と、かつて地元市場に限定されていた南インド映画の全国化は、インド映画産業の統合にとって重要なトリガーとなり得る。マノージのインタビューの中で、ヒンディー語映画界の欠点と南インド映画の人気の理由に触れられている部分があった。それを翻訳して抜粋する。


マノージ「南インド映画が大ヒットしている。マノージ・バージペーイーや私のような者のことは少しの間忘れるべきだ。南インド映画の大ヒットは、ムンバイーの映画産業のメインストリーム映画メーカーたちを戦慄させている。彼らはどうしたらいいのか分からなくなっている。」

インタビュアー「南インド映画産業はムンバイーを震え上がらせている?」

マノージ「その通り!私はタミル語映画やテルグ語映画でも仕事をしたことがある。私はこれがなぜ起こっているのかよく分かっている。」

インタビュアー「教えてください。俳優たちはよく、南では映画の作り方の『文化』が違うと言いますが、具体性を欠きます。文化とは何なのか、誰も言ってくれません。」

マノージ「誰も言わないだろう。なぜなら自己批判をすることになるから。私は南で仕事をした。彼らは弁解をせず、情熱的で、ひとつひとつのショットを、世界一のものにしようとする。そしてそこに多くのアイデアと情熱を注ぎ込む。彼らは一度も観客に押しつけるようなことはしない。彼らは、観客は分かるだろう、というようなことは言わない。『これは大衆向けだ、これでいいんだ』というような言い方はしない。彼らは思い描いた通りの映画を撮り、観客のためにレベルを下げたりしない。なぜなら彼らは観客に最高の敬意を払っており、彼らの情熱は最高だからだ。『Pushpa: The Rise』(2021年)、『RRR』(2022年)、『K.G.F: Chapter 2』(2022年)は純粋無垢だ。あらゆるフレームが、生きるか死ぬかの状況であるかのように撮られている。それこそ、我々に欠けている点だ。我々はメインストリーム映画を興行収入の観点でしか考えなくなってしまった。我々は自分自身を批判できない。だから『違う』と言って別物にしたがるのだ。」

インタビュアー「(略)大規模な映画では、ボリウッドよりも南インド映画の方が優れているということですか。」

マノージ「いいかい、ラーム・チャラン、Jr. NTR、アッル・アルジュン、パワン・カリヤーンは、彼らの最近の映画が大ヒットする前から既にB、C都市でスターだった。彼らの昔の映画は吹き替えされて既に地方で観られていたんだ。それらは、インドのB、C都市の観客を満足させるような映画だった。しかし、我々はマルチプレックス映画やポップコーン映画を作ることで満足し、最高のマルチプレックス映画を作ることで皆に届いていると思い込んでいた。だが、それは違った。それは全ての人に届いていなかった。中小都市の観客やシングルスクリーンの観客は楽しんでいなかったの。メインストリームのボリウッド映画はそれらの観客をターゲットにするのを止めてしまった。マルチプレックスが高価になり、観客のアクセスから遠くなってしまったとき、誰が彼らのスターになる?誰が彼らを楽しませる?デリーのマルチプレックスで映画を観る人にとって、『RRR』で初めてJr. NTRを見ることになったかもしれないが、B、C都市の観客にとって、彼らは既に顔なじみだった。『RRR』公開前に誰かが言っていた。『Jr. NTRとラーム・チャランを連れてハリヤーナー州の村に行くと、たくさんの人が集まってくるだろう。ボリウッドのスーパースターに人は群がらない。なぜなら、観客は彼らの映画を観ていないからだ。彼らは、Jr. NTRやラーム・チャランの吹き替え映画を観ている。』」

インタビュアー「ヒンディー語映画がそのようなコンテンツを提供していないからですか?」

マノージ「上位中産階級のヒーローが生まれ、そのときちょうどマルチプレックスがやって来た。その後、我々はそのスペースを失ってしまった。しかし、マルチプレックスは誰もが行けるわけではない。今や、『Zanjeer』(1973年)、『Naseeb』(1981年)、『Khal Nayak』(1993年)のような映画は作られないし、『Vishwanath』(1978年)や『Kalicharan』(1976年)も望めない。我々の上位中産階級のヒーローはNRIになってしまった。それが上位中産階級の願望だ。我々が作り出したメガスターは、B、C都市のメガスターではない。」


 これはあくまでマノージ・バージペーイーの私見であり、全て真実と受け止める必要はない。だが、彼が語っているヒンディー語映画の変化は今に始まったことではなく、2000年代から起こっていたことで、「汎インド映画」の成立を、マルチプレックス映画の普及の流れで捉えていく視点を与えてくれる。

 かつて、インドの映画館は、1,000人規模の巨大なシングルスクリーン館であることが普通で、席こそ分かれていたが、富める者も貧しい者も同じ空間で同じ映画を楽しんでいた。だから、映画も万人受けするような作りになっていた。

 だが、21世紀に入り、マルチプレックスが普及したことにより、観客が分断され、マルチプレックス層とシングルスクリーン層に分かれてしまった。マルチプレックス層は、学歴が高く経済的に裕福な中産階級層であり、シングルスクリーン層は、学歴が低く肉体労働などをして生計を立てる貧困層である。ヒンディー語映画産業はマルチプレックス層を主な観客として都会的な映画作りを進めた。そのおかげで国際レベルの優れた映画がたくさん登場したのだが、ターゲットから外れたシングルスクリーン層は取り残されることになり、彼らは分かりやすい娯楽を求めてボージプリー語映画などに流れることになった。

 2010年前後にはヒンディー語映画が盛り返した時期があった。南インド映画のリメイクが軒並み大ヒットになり、3カーンが引き続きトップスターの地位を維持した。内容的には、大衆娯楽映画への回帰であった。南インド映画界の映画メーカーたちも、南インド映画界のスターたちが北インドの市場で通用するとは思っていなかった節がある。南インド映画を無理して北インドで公開するよりも、リメイク権をムンバイーの映画メーカーに売ったり、ムンバイーの映画スター主演のリメイク映画を作ったりした方が効果的だと考えていたのではなかろうか。

 まだ2000年代は南インド映画の吹き替えが北インドの映画館で掛かることは多くなかったと思うが、TVでは南インド映画のヒンディー語吹き替えが放送されているのを目にすることがあった。いつ頃から北インドの映画館に南インド映画のヒンディー語吹き替え版が掛かるようになったのかは分からないが、おそらく2010年代の傾向であろう。それに拍車を掛けたのがOTTプラットフォームの隆盛と、コロナ禍による映画館閉鎖やロックダウンであった。ヒンディー語に吹き替えられたり字幕が付いたりした南インド映画を手軽に視聴できるようになり、北インドにも南インド映画ファンが増えていった。そこへ、「Baahubali: The Beginning」(2015年)などが投入され、南インド映画が全国的な影響力を持つに至ったのである。南インドの映画スターが北インドの観客でも受け入れられるようになり、「Pushpa」や「RRR」の全国的ヒットの素地を作ったのである。

 昔から多言語展開をしていた南インド映画に比べて、ムンバイーのヒンディー語映画界は、無理に多言語展開をする必要性を感じていなかったに違いない。ヒンディー語はインドの連邦公用語であり、ヒンディー語で映画を作ればインド全国で観てもらえると考えるのは自然である。だが、南インド映画の全国的ヒットを見て、ヒンディー語映画界も多言語展開に積極的になっている。「83」(2021年)はヒンディー語に加えて、タミル語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語でも作られた。今後、大予算型映画は、南北を問わず、インド全土で最大限の興行収入を上げるために、多言語展開していく可能性がある。

 そうなってくると、最大の障壁になるのが挿入歌の歌詞である。台詞の吹き替えならばまだ作業は簡単だが、歌を吹き替えるとなると余計なコストと手間が掛かる。南インド映画のヒンディー語吹き替え版ではソングシーンやダンスシーンがカットされていることがあり、残念な気持ちになる。それでも、マニ・ラトナム監督の映画などは昔からタミル語版とヒンディー語版が作られ、歌も丁寧に両言語で作られていたし、歌の多言語展開も不可能ではない。南北の映画をインド全土で等しく鑑賞できるようになった暁には、声高らかに「汎インド映画」時代の到来が宣言されることだろう。