恋愛映画の法則

 インド映画の定番ジャンルはロマンスだ。典型的なインドのロマンス映画は、男女が出会い、恋に落ちるが、家族の反対など何らかの障害に直面し、それを乗り越えて最後には結婚するという筋書きになる。

 インドの恋愛映画では、一目惚れから物語が始まるパターンがほとんどだ。恋愛映画の至上命題は、人がなぜ人に恋に落ちるのかの追究にあると思うのだが、インド映画ではその点があまり深く追究されておらず、主役の優れた容姿を絶対的な根拠にして、「一目惚れ」の一点張りで押し切っているように感じる。インドのロマンス映画の目的は、好きになった相手といかに結婚までこぎ着けるかに集中しており、「恋愛映画」というよりも「結婚映画」「婚活映画」と表現した方が適切なくらいだ。

 ただ、21世紀に入り、友情から育まれる恋や、親に決められた結婚からゆっくり始まる恋など、多様な恋愛の在り方も模索されるようになっている。ヒンディー語映画界では、「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)が新たな時代の幕開けを告げ、「Socha Na Tha」(2005年)、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」(2008年)、「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)あたりから本格的にロマンス映画の新しい潮流が生まれたと記憶している。

Kuch Kuch Hota Hai
「Kuch Kuch Hota Hai」

 既に新時代の多様なロマンス映画に一定のパターンを見出すことは困難になっているが、それ以前の従来型インド製恋愛映画には強力な法則が存在した。それは、以下のものである。

恋愛と結婚が対立する場合・・・
① 結婚前なら恋愛が勝利する。
② 結婚後なら結婚が勝利する。

 典型的なロマンス映画のパターンでは、主役の男女が恋愛結婚をしようとした際、最大の障害となるのは、親の決めた結婚相手である。そして、「男女男」または「女男女」の三角関係パターンを構成する。上の法則でいう「恋愛」とは、恋愛結婚したい相手であり、「結婚」とは、親などに決められた結婚相手である。そして、物語を最大限盛り上げるため、映画のどこかで、決められた相手との結婚式まで辿り着いてしまう。

 何をもって結婚成立とするか、インド映画では明確である。地域や宗教によって結婚の儀式は異なるので、その点では差異があるが、少なくともヒンディー語映画のヒンドゥー教式結婚式では、サート・ペーレーと呼ばれる儀式を婚姻の成立と見なす(参照)。新郎新婦が火の回りを一緒に7回回る儀式である。火の神アグニを証人とし、7つの誓いを立てながら火の回りを7回回りきることで、その二人は正式に夫婦となる。

 結婚の神聖性を重視するインド映画では、一度成立した結婚をなるべく維持しようとする、見えない強い力が働く。

 よって、映画の中でサート・ペーレーが提示されたら、もうその結婚は取り消せない。花婿もしくは花嫁に別に好きな人がいようとも、その花婿または花嫁を強く愛している別の人がいようとも、残念ながらその恋愛は成就しない。物語を穏便に結末まで運ぶために、結婚後の心変わりが描かれることも多い。望まない結婚をしたものの、結婚相手の良さに気付き、その関係を肯定的に捉えるようになるなどである。「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年/邦題:ミモラ)が典型例だ。

Hum Dil De Chuke Sanam
「Hum Dil De Chuke Sanam」

 逆にいえば、その結婚を望まない当事者もしくは第三者が、火の回りを7回回りきるまでに何とかできれば、結婚と相対する恋愛には成就する可能性が残されている。そして多くの場合、インド映画はその恋愛を成就させ、ハッピーエンドに持っていこうとする。このパターンのインド映画は枚挙に暇がないが、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦)が王道である。

Dilwale Dulhania Le Jayenge
「Dilwale Dulhania Le Jayenge」

 この法則が生きていた時代、インド映画に離婚という選択肢はなかった。だが、現在では離婚も普通になっている。「Haan Maine Bhi Pyaar Kiya」(2002年)や「Kabhi Alvida Naa Kehna」(2006年)が、メインストリームの娯楽映画で離婚が登場したもっとも初期の例である。ただ、前者は離婚した夫婦が仲直りして再婚するという元鞘系の結末であるし、後者についても当時のインド人観客からは酷評されて終わった。

Kabhi Alvida Naa Kehna
「Kabhi Alvida Naa Kehna」

 離婚が許容されるようになったのは2010年代である。「Ek Main Aur Ekk Tu」(2012年)は、酔っ払って結婚してしまった見知らぬ男女二人が、離婚猶予期間に相手のことをよく知るようになり、恋に落ちかけるという筋書きで、従来のインド映画のパターンならば、そのまま結婚を維持するという結末になりそうなものだったが、最終的には離婚が履行される。恋愛映画の法則が完全に瓦解した瞬間だった。

Ekk Main aur Ekk Tu
「Ek Main aur Ekk Tu」

 本記事で紹介した恋愛映画の法則は、現代では既に通用しなくなっているものの、古いインド映画を観る際には参考になるだろう。