「420」という数字はインドでは「詐欺」または「詐欺師」を意味する。なぜならインド刑法(IPC)第420条が詐欺罪を規定しているからである。ヒンディー語映画の題名にも「420」が付くものがいくつかあるが、多くは「詐欺師」の意味で解釈すべきである。
2021年12月17日からZee5で配信開始されたヒンディー語映画「420 IPC」も、「420」が題名に付く映画である。その題名が示す通り、正に詐欺罪を題材にした裁判劇である。監督は「The Stoneman Murders」(2009年)などの監督で、「Section 375」(2019年)の脚本も書いているマニーシュ・グプターである。主演は俳優ヴィノード・メヘラーの息子ローハン・ヴィノード・メヘラーだ。
脇役陣には、ヴィナイ・パータク、ランヴィール・シャウリー、グル・パナーグ、アーリフ・ザカーリヤーと、ヒンディー語映画界を代表する演技派俳優が揃っており、ゾクゾクしてくる。他に、ローハン・ヴィノード・メヘラー、サンジャイ・グルバクサーニー、ヴィディ・チターリヤー、ムスカーン・クーブチャンダーニーなどが出演している。
舞台はムンバイー。バンスィー・ケースワーニー(ヴィナイ・パータク)は公認会計士で、市役所に勤めるサンデーシュ・ボーンスレーの家族の口座を管理していた。だが、ボーンスレーが公共事業に使われるはずだった巨額の資金を懐に入れた疑いが持ち上がり、中央捜査局(CBI)に逮捕された。関わりのあったケースワーニーもCBIの家宅捜索を受けるが、証拠が見つからなかった。 次にケースワーニーは、建築会社の社長ニーラジ・スィナー(アーリフ・ザカーリヤー)の小切手を盗み、不正に金を引き出そうとした事件で逮捕される。ケースワーニーの事務所からはニーラジの小切手が3枚見つかったのである。ケースワーニーの弁護士となった青年弁護士ビールバル・チャウダリー(ローハン・ヴィノード・メヘラー)は、年長の検察サヴァク・ジャムシェードジー(ランヴィール・シャウリー)と対峙する。 ビールバルは、スィナー社長とケースワーニーの事務所を往き来していたダッバーワーラー、グラーブ・マーネーがこの事件に関わっているところまで突き止めるが、証拠を偽造した疑いを掛けられ、それ以上追及できなくなる。だが、知己の警官マナーリー(ヴィディ・チターリヤー)や友人のハッカーの協力を得て、ケースワーニーが巨大なマネーロンダリングに関わっていたことを発見する。しかしながら、小切手の盗難は、ケースワーニーから借金をしたスィナー社長がグラーブを使って彼をはめたのだった。 ビールバルは名声を求めており、サヴァクに勝つことを最優先していた。彼はまず、スィナー社長がケースワーニーから借金していたことを証明し、ケースワーニーの無罪を勝ち取る。次に、サヴァクにケースワーニーのマネーロンダリングの証拠を送る。こうしてケースワーニーは再びCBIに逮捕される。
インド刑法第420条が扱う詐欺というと軽犯罪も含まれるのだが、「420 IPC」が扱う犯罪の内容は、億単位の金が絡む経済犯罪であった。物語の中心人物である公認会計士ケースワーニーには2つの嫌疑が掛けられていた。ひとつは公共事業の汚職に関するマネーロンダリングの案件、もうひとつは建築企業の社長スィナーの小切手を3枚盗み不正に金を引き出そうとした案件である。だが、ケースワーニーは前者のケースではとりあえず立件されず、後者のケースで逮捕され、裁判が行われる。
その裁判で被告の弁護士となったのが若きビールバルであり、この映画の真の主人公である。対して、検察となったのがベテラン弁護士のサヴァクである。ビールバルは、時に勇み足を踏みながらも証拠を積み上げ、ケースワーニーの無罪を勝ち取ろうとする。だが、ビールバルの動機は決して正義ではなかった。彼は名声を欲していた。サヴァクに勝つことでそれが手に入るチャンスだったのである。
ただ、ビールバルはケースワーニー無罪の証拠集めの過程でケースワーニーがより巨大な不正に関わっていることを発見してしまう。小切手盗難の件では、被害額はせいぜい1,500万ルピーだったが、マネーロンダリングでは数十億ルピーが動いていた。ビールバルの動機が名声であったため、彼は意外な手段に出る。サヴァクはちょうど、横領の容疑で逮捕された役人ボーンスレーの件でも検察を務めていた。この件はケースワーニーのマネーロンダリングと密接な関連があった。そこでビールバルはサヴァクにケースワーニーによるマネーロンダリングの証拠を渡し、それと引き換えに小切手盗難の刑事裁判を引き下がらせたのである。
こうしてケースワーニーは、小切手盗難の裁判では無罪となり、ビールバルはサヴァクに勝利した青年弁護士として一躍時の人となる。だが、釈放されたばかりのケースワーニーは、今度はCBIに逮捕される。こうして、一連の出来事の中でもっとも得をしたのはビールバルとなった。
主演のローハン・ヴィノード・メヘラー、そして助演のヴィナイ・パータク、ランヴィール・シャウリー、グル・パナーグ、そしてアーリフ・ザカーリヤーなど、演技力で知られた俳優たちが共演しぶつかり合う作品であり、最大の見所となっていた。特にローハンはまだキャリアが浅いが、ベテラン俳優たちの間にあっても決して物怖じせず、重量感のある演技をしていた。
ただ、ローハンが演じた青年弁護士ビールバルの人物描写をもう少し時間を掛けてやっておけば、もっと深みのある物語になったのではないかと感じた。なぜここまで名声を求めるのか分からなかったし、、女性警官との淡いロマンスシーンも取って付けたようで無駄に思えた。
「420 IPC」は、先の展開を読みにくいストーリーと、ベテラン俳優たちの競演が見所の裁判劇である。結末にも意外性があり、よく工夫されているが、低予算映画の作りで派手さはない。キャストの名前を一通り見てピンとくる人には勧められる映画である。