インド映画には警察官がよく登場する。その描かれ方は大きく2種類に分かれる。ひとつは汚職にまみれ、マフィアや犯罪者と内通し、自身も犯罪に手を染め、強きにへつらい、弱きをくじく悪徳警察官である。もうひとつのタイプの警察官は、実直に仕事をし、庶民に優しく接し、人々を悪から救う正義の味方である。主人公が警察官の映画にも根強い人気がある。
ところで、インドの警察官の肩書きは略称で呼ばれることが多く、現地の警察機構に疎い外国人観客にとっては理解の妨げになることがある。しかも厄介なことに、職位と階級の名称が異なることが多々ある上に、州や都市によっても制度が異なる。だが、ムンバイーを製作の拠点とするヒンディー語映画ならば、登場する警察官の大半はムンバイー警察となる。よって、ここではムンバイー警察の職位と、それに対応する階級について、有名な映画の登場人物を例に出しながら、整理してみようと思う。
まずは、以下がムンバイー警察の職位とその略称を序列順に並べたものである。12階級ある。
- Commissioner of Police (CP)
- Joint Commissioner of Police (Jt.CP)
- Additional Commissioner of Police (Add.CP)
- Deputy Commissioner of Police (DCP)
- Assistant Commissioner of Police (ACP)
- Police Inspector (PI)
- Assistant Police Inspector (API)
- Police Sub Inspector (PSI)
- Assistant Sub Inspector (ASI)
- Head Constable (HC)
- Police Naik (PN)
- Police Constable (PC)
この中で、5番のAssistant Commissioner of Police以上が警察官僚、日本でいうところのいわゆるキャリア組となる。インドの警察官僚は国家公務員と州公務員に分かれるが、国家公務員の警察官僚の方はIndian Police Service、略称IPSと呼ばれる。UPSCと呼ばれる国家公務員試験で高得点を取った者がなる。州公務員の警察官僚の方は、各州でそれぞれ試験がある。
警察機構をムンバイー警察に限定したとしても、その職位や階級を日本語にどう訳すか、そして訳す際に日本の警察機構のどの階級に当てはめるか、非常に困難な問題に直面する。両国の機構が異なるからだ。そこで、まずは迷わず確定できるものから挙げて行き、次に一対一対応させにくいものについて考察し、試案を提示してみようと思う。
1. Commissioner of Police (CP)
ムンバイー警察のトップはCommissioner of Policeである。略称はCP。日本の警察機構に当てはめると、警察官の最高位となる警視総監にあたるだろう。Director General of Police (DGP)またはAdditional Director General of Police (ADGP)の階級の者がなる。DGP/ADGPも警視総監と訳せばいい。
警視総監が主人公の映画というと、「A Wednesday!」(2008年)がある。アヌパム・ケール演じるプラカーシュ・ラートールはムンバイー警察の警視総監、つまり、ムンバイー警察のトップである。非常に責任の重い職位であることは間違いない。
2. Joint Commissioner of Police (Jt.CP)
警視総監のすぐ下位の職位はJoint Commissioner of Police、略称Jt.CPである。一方、日本の警察機構では、警視総監のすぐ下位は警視監である。よって、Joint Commissioner of Policeは警視監でいいと考えられる。Inspector General of Police (IGP)の階級の者がなる。IGPも警視監でいい。
「Dev」(2004年)でアミターブ・バッチャンが演じたデーヴ・プラタープ・スィンは警視監であった。
12. Police Constable (PC)
ムンバイー警察の最下位はPolice Constableである。単にConstableと呼ばれることもあるし、一般にPolice Officerといった場合はこのConstableを指す。略称はPCである。一方、日本の警察機構の最下位の階級は巡査である。よって、Constableは巡査と訳して構わないだろう。職位と階級は分かれていない。ヒンディー語では「सिपाही」になる。
ヒンディー語映画にConstableが出て来ることは多いが、あくまで脇役や捨て駒であり、巡査が主人公として活躍する映画は少ない。その中でも、「Gabbar Is Back」(2015年)でスニール・グローヴァーが演じたサードゥラーム巡査は事件解決に大きな貢献をした。
11. Police Naik (PN)
ムンバイー警察にはPolice Naikという職位がある。「Naik」とは「主」という意味である。略称はPNである。Senior Police Constable (SC)と呼ばれることもあるようである。巡査よりもひとつ上位の職位となり、日本の警察機構に当てはめると巡査長でいいだろう。ただし、厳密に言えば、日本の巡査長は階級ではなく職名とのことである。この職位があるのはマハーラーシュトラ州の警察のみであり、しかも既に廃止されたとの情報もある。よって、今後は使われなくなると思われる。やはり職位と階級は同じとなる。
Police Naikが主人公の映画は思い付かない。
10. Head Constable (HC)
Police Naikのひとつ上位の職位はHead Constableである。略称はHCである。日本の警察機構に当てはめると、巡査長の上の巡査部長でいいだろう。職位と階級は同じである。Sergentと呼ばれることもある。ヒンディー語では「हवलदार」になる。
マノージ・バージペーイーが短編映画「Taandav」(2016年)で演じた警察官ターンベーの職位はHead Constable、つまり巡査部長であった。
6-9. Inspector 4種
ムンバイーの警察機構には、Inspectorと付く職位が4つある。Police Inspector (PI)、Assistant Police Inspector (API)、Police Sub Inspector (PSI)、そしてAssistant Sub Inspector (ASI)である。ノンキャリア組の中では高位となる。これらをひとつひとつ日本の警察機構の階級に割り振ったり、訳したりするのは困難だ。よって、これら全てを、日本の警察における現場の指揮官である、警部補でまとめたらどうかと考えている。インドにおいても、Inspectorと付く職位は現場の指揮官だ。また、日本ではノンキャリア組が昇進できる現実的な上限は警部補だといわれており、警部補と警部の間には大きな壁が存在する。インドでも大半のノンキャリア組にとってInsectorが出世の上限となっている。職位と階級は分かれていない。ヒンディー語で「दरोग़ा」と呼ばれることがある。
ヒンディー語映画には多くのInspector、つまり警部補のヒーローが存在する。「Singham」(2011年)の主人公バージーラーオ・スィンガムの当初の職位は警部補であった。スィンガムはノンキャリアの警察官だったのである。また、「Simmba」(2018年)でランヴィール・スィンが演じたスィンバー・バーレーラーオも警部補である。さらに、「Ab Tak Chhappan」(2004年)でナーナー・パーテーカルが演じたサードゥ・アーガーシェーも警部補であるし、「Talaash」(2012年)でアーミル・カーンが演じたスルジャン・スィン・シェーカーワトも警部補である。
3-5. Commissioner 3種
日本の警察機構では、警視総監、警視監の下に、警視長、警視正、警視、警部と4つの階級が続く。一方、ムンバイーの警察機構では、警視総監、警視監の下に、Additional Commissioner of Police (Addl.CP)、Deputy Commissioner of Police (DCP)、Assistant Commissioner of Police (ACP)という3つの職位が続く。Addl.CPにはDeputy Inspector General (DIG)の階級の者がなり、DCPにはSuperintendent of Police (SP)の階級の者がなり、ACPにはDeputy Superintendent of Police (DSP)またはAssistant Superintendent of Police (ASP)の階級の者がなる。また、SPの上にはSenior Superintendent of Police(SSP)という階級が置かれることもあるようである。日本でもインドでも、これらは幹部警察官である。
日本の4つの階級をムンバイーの3つの職位に当てはめるため、ひとつ割愛しなければならない。好みの問題になるが、警視長、警視、警部を残すこととしたい。警視はSuperintendentと訳されることが多く、DCP=SP=警視を横並びにした方がいいとの判断もある。よって、Addl.CPは警視長、DCPは警視、ACPは警部となる。階級については1対1の割り当てができるので、DIGが警視長、SSPが警視正、SPが警視、DSP/ASPが警部としていいだろう。
ちなみに、英和辞典または和英辞典を見ると、Assistant Commissionerは警視監や警視正に対応しており、結構高い地位の警察官とされている。だが、インドに限っては、Assistant Commissioner of Policeは警察官僚の最初の職位であり、キャリア組の中では最も低位であるため、警部でいいのではないかと思う。
ちなみに、日本のキャリア組の階級は警部補から始まり、研修後、すぐにひとつ上位の階級である警部に自動昇任する。よって、実質的には警部から始まると考えていいだろう。一方、インドの警察官僚はACPから始まる。この対訳案では警部から始まることになる。警視に加えて警部でも日本とインドの制度を何となく合わせて階級感を分かりやすくしたことになる。
ACPになることのできる階級にはASPとDSPのふたつがあり、これらは同位であるが、国家公務員である警察官僚はASPとなり、州公務員の警官官僚はDSPとなる。
なぜ同位のASPとDSPが並立しているかというと、これは植民地時代の名残である。当時、ASPには英国人しかなることができず、DSPはインド人のために用意された階級であった。独立後、そのシステムが国家公務員と州公務員の区別として残存しているのである。
ACPのキャラとして代表的なのは、「Dhoom」(2004年)でアビシェーク・バッチャンが演じたジャイである。よって、ジャイは警部となる。ただ、「Dhoom: 2」(2006年)、「Dhoom: 3」(2013年)とシリーズが進んでもジャイはACPのまま昇進していない。
それに対し、第1作「Singham」でInspector、つまり警部補だったスィンガムは、第2作「Singham Returns」(2014年)でDCP、つまり警視に昇進していた。また、「Sooryavanshi」(2021年)でアクシャイ・クマールが演じたヴィール・スーリヤヴァンシーもDCPであった。
「Shootout at Lokhandwala」(2007年)でサンジャイ・ダットが演じたシャムシェール・カーンはAddl.CP、つまり警視長であった。
まとめ
以上を表にまとめると、以下の通りとなる。
今まで、警察の職位や階級についてはかなりいい加減に訳してしまっていたが、今後はこの表に従って訳し、過去の記事についても、気付いたものから修正していこうと思う。
また、繰り返しになるが、これはムンバイー警察の職位と階級である。マハーラーシュトラ州警察、デリー警察、ウッタル・プラデーシュ州警察など、それぞれ若干異なってくる。それでも都市警察同士は似通っており、デリー警察は大体ムンバイー警察と同じだが、ACPとDCPの間にAdditional Deputy Commissioner of Police (Additional DCP)という職位があったりと、細かい相違点もある。州警察では、職位はなく階級のみとなるようで、かなり異なる。臨機応変で訳し分けていく他なさそうだ。