Ankahi Kahaniya

3.5
「Ankahi Kahaniya」

 ヒンディー語映画界でオムニバス形式の映画が作られるようになったのは、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督のホラー映画「Darna Mana Hai」(2003年)辺りからであっただろうか。単に短編映画の寄せ集めのような映画もあれば、各エピソードが複雑に絡み合う構造の映画もある。若手監督の腕試しということもあれば、有名監督が集まってオムニバス形式を作ることもある。今までヒンディー語映画界で作られたオムニバス形式の映画で一本、傑作を挙げるとしたら、「Bombay Talkies」(2013年)を選ぶだろう。

 2021年9月17日からNetflixで配信開始されたヒンディー語映画「Ankahi Kahaniya(語られない物語)」もオムニバス形式の映画だ。3人の監督が撮った独立した3話で構成されている。監督は、「Panga」(2020年)などのアシュウィニー・アイヤル・ティワーリー、「Ishqiya」(2010年)などのアビシェーク・チャウベー、「Hindi Medium」(2017年)などのサーケート・チャウダリーである。主に2010年代に台頭した中堅の映画監督と言える。それぞれのストーリーに題名は付いていなかったため、監督名もしくは順番で呼ぶことにする。

 アシュウィニー・アイヤル・ティワーリー監督の第1話は、マネキンに恋するウブな男性の物語である。アビシェーク・バナルジー、T.J.バーヌ・パールヴァティー・ムールティ、ラージーヴ・パーンデーイなどが出演している。

 主人公のプラディープ(アビシェーク・バナルジー)はムンバイーの衣料品店で働くウブな男性だった。新しく店に置かれた女性型マネキンに恋してしまい、彼女に「パリー」という名前を付けて可愛がるようになる。しかし、それが店主にばれ、仕事をクビにになる。マディヤ・プラデーシュ州の故郷に帰ったプラディープは幼馴染みのシャシ(T.J.バーヌ・パールヴァティー・ムールティ)と再会し、結婚することになる。ムンバイーに戻ったプラディープは、「パリー」が売り払われてしまったことを知る。アンティークショップで「パリー」を見つけたプラディープは、彼女に感謝の言葉を述べ、去って行く。

 アビシェーク・チャウベー監督の第2話は、抑圧された生活を送る若い男女が駆け落ちしようとする物語である。リンクー・ラージグル、ディルザード・ヒワーレー、チャーヤー・カダームなどが出演している。この物語だけマラーティー語の台詞が多用される。

 主人公の少女マンジャリー(リンクー・ラージグル)は、映画館で働く少年ナンドゥー(ディルザード・ヒワーレー)に恋していた。ナンドゥーもよく映画館に来るマンジャリーが気になっていた。二人は言葉を交わすようになり、やがて恋仲となる。ある日、マンジャリーとナンドゥーは家出をして駆け落ちする。だが、バス停で二人は別々のバスに乗る。

 サーケート・チャウダリー監督の第3話は、不倫中のカップルの配偶者同士が出会い、不倫のきっかけを探り合うという物語である。クナール・カプール、ゾーヤー・フサイン、ニキル・ドゥイヴェーディー、パローミーが出演している。全3話の中でもっとも有名な俳優が出演しているエピソードであるが、かと言って大スターという訳ではない。

 タヌ(ゾーヤー・フサイン)は夫のアルジュン(ニキル・ドゥイヴェーディー)が不倫していることに気付き、不倫相手を突き止める。不倫相手は、アルジュンの同僚のナターシャ(パローミー)であり、既婚であった。タヌはナターシャの夫マーナヴ(クナール・カプール)と連絡を取り、お互いの配偶者が不倫している可能性があることを告げる。マーナヴもナターシャの浮気を疑うようになり、二人はアルジュンとナターシャが共に出張したホテルへ行く。そこで二人の行動を予想しながら、どうやって二人が不倫関係になったかを想像する。そうする中でタヌとマーナヴも不倫関係になりそうになったが、思いとどまる。帰宅したタヌは、アルジュンが優しくなっていることに気付き、元の結婚生活に戻る。一方、マーナヴもナターシャが自ら不倫を告白し、彼女を許していた。それを聞いたタヌは、夫が自分に優しくなったのはナターシャから振られたからだと気付く。

 3話に共通するのは、ムンバイーが舞台であること、そして恋愛物語であることだ。だが、どのエピソードでも主人公の男女の恋愛はギリギリで成就しない。おそらくそれが主題なのだろう。また、「語られない物語」という題名は、成就しなかったことから語られることはない恋愛物語を示唆していると思われる。世の中で人々によって一般的に語られるのは成就した恋愛物語であり、成就しなかった物語は人々の心の中にしまわれることが多い。それを表に出すプロジェクトが、この「Ankahi Kahaniya」なのであろう。

 第1話と第3話は監督の主張がはっきりとしていた。だが、第2話は解釈が分かれるだろう。それぞれの家族を捨てて駆け落ちしたナンドゥーとマンジャリーは、バス停まで行くが、そこで別々のバスに乗り込む。ナンドゥーが怖くなってマンジャリーを別のバスにわざと乗せたようにも見えるが、マンジャリーが全てを悟って、敢えてナンドゥーとは別のバスに乗って去って行ったようにも見える。無計画に家出をした若い男女が、逃げたまでは良かったが、今後の生活を考えると怖くなり、別々の道を歩んで行ったと解釈すればいいだろうか。

 もっとも深みがあったのは第3話だ。それぞれの結婚生活に不満を抱えるタヌとマーダヴが、お互いの配偶者の不倫によって出会い、相談する内に心を通わすようになる。二人とも結婚して10年以上を共に過ごしており、既に結婚生活が当たり前のものとなっていた。その中で、気持ちを相手に正直に打ち明けることができなくなっていた。ところが、配偶者の不倫がきっかけで出会った相手には、自分の結婚生活の悩みを皮肉にもストレートに打ち明けることができた。もし、自分の配偶者に同様に思っていることを打ち明けられていれば、彼らの結婚生活は破綻しなかったのではないかと思われる。それが結婚生活の複雑さを浮き彫りにしていた。

 このままタヌとマーダヴが不倫関係に陥っていたら、よくある不倫ドラマになっていたところだが、チャウダリー監督はそれをギリギリで止め、別の結末を用意する。なんと二人のそれぞれの結婚生活は自然に改善していた。だが、そのきっかけは、タヌとマーダヴが、お互いの配偶者の不倫のきっかけを確かめるために共に出掛けていた正にときに、アルジュンとナターシャが密会して情事に耽っていたことだった。ナターシャは、現在の妻に対して冷酷な仕打ちをしようとするアルジュンの言動を目の当たりにして、近い将来自分も同じ扱いを受けると予想し、彼を振ったのである。そしてナターシャは自分の過ちをマーダヴに自ら打ち明ける。これがきっかけでマーダヴとナターシャはよりを戻し、ナターシャに振られたことでアルジュンもタヌの元に戻って来た。

 面白いのは、アルジュンとナターシャの間で起きたことが、必ずしも事実とは限らないことだ。全てはマーナヴとタヌが想像力を膨らませて作り上げたストーリーである。真実は誰にも分からない。だが、心に残るものはある。いかにも映画らしい仕掛けであった。

 「Ankahi Kahaniya」は、中堅に位置づけられる監督3名によるオムニバス形式の恋愛映画である。それぞれ、ムンバイーを舞台に、成就しない恋愛をリアリスティックな映像で映し出している。全3話の中で優劣を付けるならば、もっとも良かったのはサーケート・チャウダリー監督の第3話だとしたい。派手さはないが、佳作である。