Loveyatri

3.5

 インドにおいて「お祭りシーズン」といえば、10月から11月の時期になる。年によって多少はずれるものの、大体これら両月にナヴラートリ、ダシャハラー、そしてディーワーリーという3つの大きな祭りが続くためだ。そして、これらの祭りはインド各地で各様の祝われ方をする。

 ナヴラートリとダシャハラーは連続している。ナヴラートリは「九夜祭」とも呼ばれる通り、ダシャハラーの前の9夜に渡って祝われる。グジャラート州ではナヴラートリの時期に「ガルバー」と呼ばれる群舞をみんなで一体になって踊る習慣になっている。日本の盆踊りに似ている。グジャラート州の伝統衣装を身に付け、スティックを叩き合って踊る様子はとても特徴的である。ヒンディー語映画にもよくガルバー的なダンスは出て来る。

 2018年10月5日公開の「Loveyatri」は、ガルバーを主題にしたロマンス映画である。題名の「Loveyatri」とは「恋の旅」という意味だが、元々は「Loveratri」、つまり「恋の夜」だったらしい。これは「Navratri(ナヴラートリ)」をもじったものだ。だが、ヒンドゥー教至上主義団体から苦情があり、「Loveyatri」に改名した経緯がある。「Loveratri」だったら確かに内容と合致した題名だが、「Loveyatri」になるとピンボケの題名になってしまう。だが、こういう経緯があったと知れば納得である。

 「Loveyatri」のプロデューサーはサルマーン・カーン、監督は新人のアビラージ・K・ミーナーワーラー。主演は新人の2人、アーユシュ・シャルマーとワリーナー・フサイン。アーユシュの祖父はヒマーチャル・プラデーシュ州政界の重鎮スク・ラームで、彼自身はサルマーン・カーンの義理の妹アルピター・カーンと結婚している。ワリーナーはクルド人の父とアフガーニスターン人の母の間にカーブルで生まれ、米国で育った後、インドでモデルをし始めた経歴を持っている。

 他に、ローニト・ロイ、ラーム・カプール、プラティーク・ガーンディー、サジル・パーラク、マノージ・ジョーシーなどが出演している。また、サルマーン・カーンの2人の弟、アルバーズ・カーンとソハイル・カーンが特別出演している。

 舞台はグジャラート州ヴァドーダラー。スシュルト、通称スースー(アーユシュ・シャルマー)はガルバーの教師をしており、将来はガルバー・アカデミーを開くのが夢だった。ブティックを経営する叔父ラスィク(ラーム・カプール)から、今年のナヴラートリに恋に落ちると予言されたスースーは、ガルバーの会場でマニーシャー、通称ミシェル(ワリーナー・フサイン)という美女と出会い、恋に落ちる。

 マニーシャーはヴァドーダラー生まれだったが、12歳の頃にロンドンに渡り、そこで育ったNRI(在外インド人)だった。今回、ナヴラートリの時期のみ帰省していた。マニーシャーはスースーとは住む世界が違ったが、ラスィクに励まされ、マニーシャーにアプローチする。それが功を奏し、二人はデートをするようになる。

 しかし、ロンドンでクリーニング事業を成功させた実業家の父親、サミール(ローニト・ロイ)は、娘とスースーの仲を認めなかった。サミールはスースーを呼び出し、マニーシャーにはロンドンにクリスという恋人がいると伝える。ショックを受けたスースーはマニーシャーに冷たく当たり、二人は仲違いしてしまう。翌日、マニーシャーはロンドンに発ってしまう。

 それから8ヶ月が過ぎた。スースーは未だにマニーシャーのことを忘れられずにいた。彼は何とかロンドンに行こうとするが、ヴィザは降りそうになかった。ところが、ラスィクが歌手を務める楽団がロンドンへナヴラートリの時期に公演することになり、スースーもその楽団の一員として渡英できることになる。

 ロンドンに渡ったスースーはマニーシャーと再会する。だが、ロンドンで見るマニーシャーの姿は異なって見えた。そして住む世界の違いをまざまざと見せつけられた。諦めかけたスースーであったが、ラスィクが再度彼を励ます。そしてスースーはマニーシャーに気持ちを打ち明ける。また、サミールはスースーがロンドンに来ているのを見つけ、彼を呼び出して、インドに帰るように言う。スースーが言うことを聞かないと見ると、彼に暴行の濡れ衣を着せて警察に逮捕させる。

 急にスースーと音信不通になったため、ラスィクやマニーシャーは心配する。マニーシャーは父親に、自分の生きたいように生きさせて欲しいと懇願する。そして、釈放されたスースーと共にロンドンでガルバーを踊る。

 ロマンスの部分は、一般的なインドのロマンス映画の方程式に従っており、何の工夫もない。社会階層の異なる男女が出会い、恋に落ちる。父親の反対により一旦は破局するが、努力によってその障害を克服し、最後には結ばれる。今までいくつものロマンス映画がこの筋書きで作られてきた。

 「Loveyatri」で新しかったのは、ナヴラートリとガルバーを中心にして物語を展開させたことだ。ナヴラートリは9夜ある。この9夜の間に花開き燃え上がる恋。そして前半はグジャラート州ヴァドーダラーを舞台にし、後半はロンドンを舞台にして変化を付けた。インドならではのエッセンスが盛り込まれたインド映画はやはり高く評価したくなる。

 ヒンディー語のロマンス映画のオマージュもあった。主人公スースーの恋を最初から最後まで応援してきたのは叔父のラスィクだったが、スースーが恋を諦めかけたそのとき、彼はスースーに、過去の名作ロマンス映画を引き合いに出して励ます。アーミル・カーンの「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)、シャールク・カーンの「Veer-Zaara」(2004年)、そしてサルマーン・カーンの「Tere Naam」(2003年)の中で、主人公がどのように恋愛をしてきたのかを思い出させ、インド人は皆、映画から恋愛を学んできた、映画のように恋愛をしろ、と檄を飛ばす。

 新人の2人はまだまだ経験不足を感じさせる場面があったものの、みずみずしいエネルギーに満ちており、好感が持てた。今ではすっかり珍しくなった厳格な父を演じたローニト・ロイ、そしてひたすら若者の恋を応援し続けるラーム・カプールなど、脇役の好演も目立った。

 ガルバーが主題の映画であり、歌と踊りに彩られた映画にもなっていた。ストレートなガルバー・ダンスナンバー「Dholida」、ロンドン橋をバックにガルバーを踊る「Chogada」、アーユシュ・シャルマーの登場シーンに使われるモダンなガルバー「Rangtaari」など、ガルバーの様々な形が提示されていた。また、ヒンディー語映画でガルバーといえば、サルマーン・カーン主演「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年)の「Dholi Taro Dhol Baaje」であるが、これも一瞬だけ使われていた。正にガルバー尽くしの映画だった。

 「Loveyatri」は、単純な筋書きのロマンス映画ではあるが、グジャラート州でナヴラートリのときに踊られるガルバーを主題に据えたことで、芯の通ったロマンス映画になっていた。新人2人、アーユシュ・シャルマーとワリーナー・フサインのローンチ映画でもある。観て損はない映画である。