2011年に社会活動家アンナー・ハザーレーによってインド全国に飛び火した汚職撲滅運動は映画界にも多大な影響を与え、2010年代は汚職を題材にした映画や、汚職を撲滅しようとするヒーローが活躍する映画が目立つようになった。「Gali Gali Chor Hai」(2012年)、「Gori Tere Pyaar Mein!」(2013年)、「Jai Ho」(2014年)などである。
2018年8月15日公開の「Satyameva Jayate」も、汚職を主題にした映画だ。監督はミラープ・ミラン・ザーヴェーリー。「Jaane Kahan Se Aayi Hai」(2010年)でデビューした監督で、ライトなノリの作品を作るイメージがあったが、この「Satyameva Jayate」はかなり硬派な映画である。主演は筋肉ムキムキのジョン・アブラハム。曲者俳優マノージ・バージペーイーが助演を演じ、新人のアーイシャー・シャルマーがヒロインを務める。アーイシャーは女優ネーハー・シャルマーの妹である。他に、マニーシュ・チャウダリー、アムルター・カーンヴィルカル、チェータン・パンディトなどが出演している。また、アイテムナンバー「Dilbar」でノラ・ファテーヒーがアイテムガール出演している。
ムンバイーで、汚職警官が相次いで焼き殺される事件が発生した。マニーシュ・クマール・シュクラー警視総監(マニーシュ・チャウダリー)は、マナーリーで家族と共に休暇を満喫中だった有能な警官シヴァーンシュ・ラートール警視(マノージ・バージペーイー)をムンバイーに呼び戻し、事件の捜査を任す。 事件は、サンタクルズ、アンデーリーで起こり、3人目の警官はターネーで殺された。それぞれの地名の頭文字を並べて行くと、SATとなり、これは国の標語「Satyameva Jayate(真実こそが勝利する)」をなぞっていることにシヴァーンシュ警視は勘付く。次の事件の発生場所はYから始まるヤーリーだと予想し、待ち伏せをする。すると、無実の若者を拷問していたヤーリー警察署の汚職警官が何者かによって火を付けられた。シヴァーンシュ警視は駆けつけるが、犯人は取り逃した。 犯人は、常にシヴァーンシュ警視の一歩前を行っていた。彼が犯人の正体に気付くまで、さらに多くの警官が殺されることになった。犯人は、シヴァーンシュ警視の弟ヴィール(ジョン・アブラハム)であった。 シヴァーンシュ警視とヴィールの父親シヴ(チェータン・パンディト)は受勲されるほど有能かつ正直者の警官で、息子たちも父を誇りに思っていた。だが、ある日、汚職の容疑を掛けられ、職を剥奪された上に、自殺してしまう。それ以来、シヴァーンシュ警視は「汚職警官の息子」という汚名を晴らすため、人一倍正直な警官であろうとしていた。一方、弟のヴィールは、父親の汚名を晴らすために行動をしていた。 実は、父親は罠にはめられて汚職の容疑を掛けられたのだった。それを仕組んだのが、現在の警視総監であるマニーシュであった。ヴィールの最後のターゲットはマニーシュだった。ヴィールはマニーシュの娘シカー(アーイシャー・シャルマー)を誘拐し、マニーシュをおびき出す。そこにはシヴァーンシュ警視も一緒だった。ヴィールはシヴァーンシュ警視に、自分がシヴに対してしたことを白状させる。ヴィールはマニーシュを殺そうとするが、シヴァーンシュ警視はそれを止めようとする。最終的に、マニーシュは焼け死に、ヴィールはシヴァーンシュ警視に撃たれ、息を引き取る。
強引な展開の映画だった。汚職警官を次々に焼き殺す犯人ヴィール。犯人を追う警官シヴァーンシュ。3人の警官が殺されたところで、シヴァーンシュは事件発生場所の頭文字をつなげることで「Satyameva Jayate」になることに気付く。「SAT」だけで「Satyameva Jayate」が分かる!いくらなんでも天才すぎやしないか!しかも、もう1件の事件が起き、「SATY」まで行くが、そこからは「Satyameva Jayate」の順番通りに連続殺人事件が進まなくなる。早々に「Satyameva Jayate」ではなくなってしまった!インターミッション前には、シヴァーンシュとヴィールが兄弟であることも観客に明かされる。ここまで来ると、さすがに細かい突っ込みをしてはいけない映画なんだと気付く。
それでも、ジョン・アブラハムの熱血演技と、マノージ・バージペーイーのまとわりつくような演技がいい化学反応を起こしており、とても引き込まれる映画だった。
ヒンディー語映画では長年、「システム」を巡って2つの価値観がせめぎ合いをしている。「システム」とは、政治、社会、文化など、人間を取り巻くあらゆる仕組みのことを指す。インドは、この「システム」が腐っているとされ、それを解決するために、2つの相反する手法が提案される。ひとつは、「システム」の中から「システム」を変える手法、もうひとつは、「システム」の外から「システム」を変える手法である。
シヴァーンシュとヴィールの兄弟は、そのままこの2つの価値観を体現していた。シヴァーンシュは実直な警察官で、法の裁きによって世の悪を正すことを是としていた。一方、ヴィールは自分の手で汚職警官を罰する道を突き進む。結局、ヴィールは父親を罠にはめた張本人を私刑によって殺し、シヴァーンシュは警察官の職務として弟を撃つ。この悲しい結末が、「システム」を巡る2つの価値観のせめぎ合いをドラマとして演出していた。
映画はヒットとなり、序盤に挿入されるアイテムソング「Dilbar」はYouTubeで10億回以上の再生数を誇るほど人気となった。
「Satyameva Jayate」は、ジョン・アブラハムとマノージ・バージペーイーという、タイプの異なる俳優たちが、父親の汚名を背負う兄弟を演じ、真っ向から激突する硬派な映画である。2010年代のヒンディー語映画界のキーワードのひとつは「汚職」だったが、「Satyameva Jayate」は、汚職を取り上げた映画の、代表例の一本に数えることができる。脚本は大味だが、それを大目に見ることさえできれば、楽しめる作品である。