Babumoshai Bandookbaaz

3.5
Babumoshai Bandookbaaz
「Babumoshai Bandookbaaz」

 ヒンディー語映画にはしばしば「コントラクトキラー」もしくは「スパーリー」と呼ばれる職業の人物が登場する。日本語で言う「殺し屋」のことである。報酬を受け取って殺人を請け負う人々を言うが、どうもインドには実在するようである。一般人があまり関わらないミステリアスな職業であるため、映画の格好の題材となる。

 2017年8月25日公開の「Babumoshai Bandookbaaz」も、コントラクトキラーを主人公にしたヒンディー語映画である。題名は「殺し屋バーブーモシャイ」だが、劇中に「バーブーモシャイ」なる人物は登場しない。「バーブーモシャイ」と言えば、名作「Anand」(1971年)でアミターブ・バッチャンが演じる医者の名前である。

 監督はクシャーン・ナンディー。テレビ業界で映像作品を作って来た人物で、「Babumoshai Bandookbaaz」は彼の長編映画第3作となる。主演はナワーズッディーン・スィッディーキー。他に、ビディター・バーグ、ジャティン・ゴースワーミー、シュラッダー・ダース、アニル・ジョージ、ムラリー・シャルマー、ディヴィヤー・ダッター、バグワーン・ティワーリーなどが出演している。

 舞台はウッタル・プラデーシュ州。2人の政治家、ドゥーベー(アニル・ジョージ)とジージー(ディヴィヤー・ダッター)の間で政争が繰り広げられている地方都市。バーブー・ビハーリー(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は凄腕の殺し屋で、二人の政治家から殺しを請け負って生活していた。

 ある日、バーブーは3人の殺しを頼まれる。その内の1人はジージーの腹心トリローキー(ムラリー・シャルマー)だった。バーブーはジージーに挨拶に行ってから殺しを始める。だが、同じ殺しの契約を別の殺し屋も請け負っていることに気付く。その男の名前はバンケー・ビハーリー(ジャティン・ゴースワーミー)と言い、バーブーに憧れて殺し屋の世界に入った経緯があったため、バーブーを師匠と考えていた。二人は殺しを競い合う内に気心の知れた仲間となる。バーブーはバンケーに、自分の恋人プールワー(ビディター・バーグ)を紹介する。

 順々にターゲットを殺して行き、3人目のトリローキーも二人は殺す。だが、バンケーはもう1人の殺しを請け負っていると言い、バーブーを撃つ。バーブーはそのまま橋から落下し、通過中だった列車の上に落ちて運ばれる。

 バーブーは頭を撃たれていたが一命は取り留めており、8年間の昏睡を経て目を覚ます。バーブーはプールワーの家を訪ねてみると、焼け落ちて廃墟となっていた。バーブーはまずバンケーを見つけ出すが、バンケーによると、ドゥーベーがプールワーの居場所をジージーに教え、ジージーがトリローキーの復讐のために行ったと聞く。バーブーはジージーやドゥーベーへの復讐に乗り出す。

 バーブーはジージーを殺し、ドゥーベーにも引導を渡す。だが、ドゥーベーの秘書から、プールワーはまだ生きていることを知る。なんと、プールワーはバンケーと結婚して暮らしていた。バンケーは、プールワーに言われてバーブーを撃ったのだった。バーブーはバンケーとプールワーの住む家に押しかけ、バンケーとプールワーを殺し、二人が育てていた子供を引き取る。そして殺し屋の仕事から足を洗う。

 ウッタル・プラデーシュ州の乾燥した大地の上で繰り広げられる、ネットリと汗ばんでまとわりつくような人間関係を土台としたドラマであった。主人公の殺し屋バーブー・ビハーリーと、彼を師匠と慕う後輩殺し屋バンケー・ビハーリー、そして脇を固める登場人物との関係が一筋縄では行かず、どんでん返しもあって、とても引き込まれる映画になっていた。「Ishqiya」(2010年)などと似た雰囲気の映画だと感じたが、キャストにもクルーにも共通点はない。

 殺し屋と言うと、日本人の脳裏にパッと浮かぶのはゴルゴ13であろう。その影響からか、どこか暗い影を落とした無口な人物像を思い浮かべるが、「Babumoshai Bandookbaaz」の主人公バーブー・ビハーリーにはあまり悲愴感みたいなものがない。純粋に金のために殺しをしている。仕事が入ったら、私情を挟まずに殺しを実行する冷酷さはあるが、あくまで顧客に忠実に仕事を実行していると言った感じである。

 中盤でバーブーは後輩殺し屋バンケー・ビハーリーに裏切られ、一時は昏睡状態となってしまうが、その原因となったのは、バーブーが口説き落として一緒に住み始めた靴屋の女性プールワーであった。プールワーはバンケーに乗り換え、彼にバーブーを殺すように依頼する。バーブーは敏腕殺し屋であったが、女に溺れたために弱点ができ、それが足をすくうことになった。それが発覚した後、彼はしっかり落とし前を付けるが、それでも彼にまだ悲愴感がない。これはナワーズッディーン・スィッディーキーの持ち味と言ってもいいのかもしれない。ひょうひょうとした殺し屋を演じていた。

 「Babumoshai Bandookbaaz」のひとつの特徴は、各登場人物の家庭が比較的詳細に描写されていたことだ。本筋とはあまり関係ないのだが、それがやけに生活感を醸し出していて、生活臭が漂って来るようだった。特に興味深かったのは、バグワーン・ティワーリーが演じる警官ターラーシャンカル・チャウハーンである。彼は子だくさんで、家に帰るとたくさんの子供たちが遊んでいる。全員男の子である。どうもターラーシャンカルは女の子が欲しかったようで、女の子が生まれるまで子供を作り続けた。男児が尊ばれるインドでは珍しいことである。映画の最後で、ようやく女の子を授かるが、それを知った瞬間に彼はバーブーに殺されてしまう。

 一般にインド映画で好まれる終わり方なのだが、この映画も因果応報を隠れテーマとして提示していた。バーブーは、バンケーとプールワーを殺し、二人が育てていた子供アビシェークを引き取る。アビシェークがバーブーの子供なのか、バンケーの子供なのかは、はっきりしない。だが、バーブーはアビシェークの目の前でバンケーとプールワーを殺した。彼は殺し屋稼業から足を洗ってアビシェークが同じ轍を踏まないように育てるが、結局彼も息子によって殺される最期が暗示されていた。

 ちなみに、凄腕の殺し屋バーブー・ビハーリーの料金は、1人殺すごとに2万5千ルピーだと言う。日本円にすると5万円以下だ。これくらいの値段で人を殺せてしまうようである。

 エンドクレジットでは、この映画がラビンドラナート・タゴール作曲の歌「Aguner Poroshmoni(燃えさかる至宝)」にインスパイアされて作られたことが示されている。だが、どこがどうインスパイアされたのか、よく分からない。

 ナワーズッディーン・スィッディーキーの演技は申し分ないが、それに負けず劣らずビディター・バーグの演技も素晴らしかった。彼女が見せる野性的な踊りや、男を誘惑する仕草、そして肌ににじみ出る汗が、映画に何とも言えない湿っぽさを加えていた。他にはバグワーン・ティワーリーが印象に残った。ジャティン・ゴースワーミーやシュラッダー・ダースも好演していたと言えるだろう。

 「Babumoshai Bandookbaaz」は、名優ナワーズッディーン・スィッディーキーがひょうひょうとした殺し屋としてウッタル・プラデーシュ州地方都市の政争の裏で暗躍するドラマである。ネットリと絡み合う人間関係と、スィッディーキーの演技が見所だ。観て損はない映画である。