Kriti

3.0
Kriti
「Kriti」

 個人的に、ヒンディー語映画界でもっとも認めていない映画監督がシリーシュ・クンダルだ。彼は「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)などの監督かつ優れたコレオグラファーでもあるファラー・カーンの夫だ。それにもかかわらず、彼自身が全くの無能であり、彼が作る映画はどれも失敗作ばかりなのだ。特に「Joker」(2012年)という映画は酷かった。ファラーがなぜ彼と結婚したのか、未だによく分からない。

 2016年6月22日からYouTubeで配信開始された「Kriti」はシリーシュ・クンダル監督の短編映画である。上映時間は20分に満たない。キャストは、マノージ・バージペーイー、ラーディカー・アープテー、ネーハー・シャルマー、マヌ・リシと、なかなかの顔ぶれである。

 サパン(マノージ・バージペーイー)は一室で、幼馴染みで精神科医のカルパナー(ラーディカー・アープテー)の診断を受けていた。サパンはカルパナーに、クリティ(ネーハー・シャルマー)という恋人ができたことを報告する。だが、カルパナーはかつてサパンがラチュナーという空想上の恋人に囚われていたことを指摘し、クリティを自分と会わせるように言う。だが、クリティは広場恐怖症であり、家から出られなかった。

 そこでサパンは彼女の家に行き、スマートフォンによるビデオチャットでカルパナーにクリティを見せようとする。だが、クリティは誰も見えないと言う。また妄想を見ていただけだと気付いたサパンはクリティに刃物を刺して殺す。

 翌朝、ベッドの上で目を覚ましたサパンは警察官スリジャン(マヌ・リシ)の訪問を受ける。スリジャンはそこに遺体を発見し、サパンを逮捕する。サパンは、クリティのことを妄想だと思ったと弁明し、カルパナーに連絡を取ろうとするがつながらない。サパンはスリジャンを連れて彼女の家に行くが、そこには誰もいなかった。実はカルパナーの方が妄想の産物だったのである。

 現実だと思っていたものが空想で、空想だと思っていたものが現実だったという倒錯感を軸にしたサイコスリラー映画である。マノージ・バージペーイーやラーディカー・アープテーといった当代一流の演技派俳優たちを起用したおかげで演技面に抜かりはなく、長回しやフラッシュバックなどの映像技術を適宜利用することで、短い映像作品の中に抑揚を付ける工夫もしていた。シリーシュ・クンダル監督の作品にしては可もなく不可もなくといった出来だが、どこかの映画学校の学生の卒業制作映画だといわれれば納得するかもしれない。

 登場人物の名前に注目したい。マノージ・バージペーイーが演じる主人公はサパンという名前だが、これは「夢」という意味の「स्वपनスワパン」のことだと思われる。サパンが掛かっていた医者の名前はカルパナー。これは「想像」という意味だ。そしてサパンが出会う人々は、ラチュナー、クリティ、そしてスリジャンと、全て「創造物」という意味の名前を持っている。妄想癖のある主人公が、「想像」という名の精神科医に掛かり、「作り物」という名前の人々と出会っていく内に、誰が生身の人間で誰が自分の空想の産物なのかが分からなくなっていくという仕掛けだった。

 もしクリティが生身の人間であったとしたならば、その前にサパンの人生に現れたラチュナーという女性についても疑問が湧く。カルパナーは、ラチュナーはサパンの妄想が作り上げた存在だったと言うが、カルパナーの方が空想上の存在だったわけで、ラチュナーは実在していたのかもしれない。今回、クリティは妄想だとカルパナーに焚き付けられたので彼女をナイフで刺し、殺してしまった。それと同じことがラチュナーの身にも起こっていたとしても不思議ではない。

 ちなみにクリティは広場恐怖症とのことだったが、ラーディカー・アープテーは「Phobia」(2016年)で同じく広場恐怖症になった女性を演じた。

 「Kriti」は、ヒンディー語映画界きってのダメ監督であるシリーシュ・クンダルが撮った短編のサイコスリラー映画である。マノージ・バージペーイーやラーディカー・アープテーなどの実力ある俳優たちを起用したおかげで一定以上の出来であるが、何かが残るような作品ではない。可もなく不可もなくといったところだ。


Kriti - Manoj Bajpayee, Radhika Apte & Neha Sharma featured short film by Shirish Kunder |