周知の通り、インドとパーキスターンは元々同じ国であり、同じ映画文化を共有していた。印パ分離独立後、パーキスターンではラホールが映画産業の中心となったが、ムンバイーで作られるヒンディー語映画が人気で、インドほど映画産業は発展しなかった。代わりにパーキスターンではTVドラマが発達し、住み分けができていった。ただ、21世紀に入ると、「Khuda Kay Liye」(2007年)などの優れたパーキスターン映画も作られるようになる。
2015年9月25日、イードゥル・ズハー祭に公開の「Jawani Phir Nahi Ani(青春は二度と来ない)」は、パーキスターンで最大のヒット作となったコメディー映画である。監督は新人のナディーム・ベーグ。マルチスター映画だが、主演は人気男優フマーユーン・サイード。他に、ハムザ・アリー・アッバースィー、アハマド・アリー・バット、ヴァーセ・チャウダリーが主要な役を演じる。ヒロインも複数いるが、メヘウィシュ・ハヤートがメインヒロインといえる。他にはアーイシャー・カーン、ソハーイー・アリー・アブロー、サルワト・ギラーニー、ウズマー・カーンが準ヒロインである。さらに、「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)など多数のヒンディー語映画にも出演しているジャーウェード・シェーク、ブシュラー・アンサーリー、イスマイル・ターラーなどが出演している。
TVドラマ監督のサイフ(ハムザ・アリー・アッバースィー)、警察官のシェーク(ヴァーセ・チャウダリー)、コールセンター勤務のパルヴェーズ(アハマド・アリー・バット)は学生時代からの親友だった。それぞれ、クブラー(アーイシャー・カーン)、グル(サルワト・ギラーニー)、ルブナー(ウズマー・カーン)と結婚していたが、奥さんの尻に敷かれており、ストレスを抱えていた。 ある日、米国で弁護士として活躍するシェリー・カーン(フマーユーン・サイード)が10年振りにパーキスターンに帰って来る。シェリーは離婚訴訟専門の弁護士で、今まで99組の夫婦の離婚を成立させてきた。自身はまだ独身だった。 シェリーはクブラー、グル、ルブナーの心を勝ち取り、彼女たちを騙して、サイフ、シェーク、パルヴェーズを連れてバンコクへ行く。そこでシェリーはマリーナー(メヘウィシュ・ハヤート)という女性に付きまとわれるようになる。マリーナーの父親はバンコクのドン(イスマイル・ターラー)であり、無理矢理マリーナーとシェリーの結婚を決めてしまう。シェリー、サイフ、シェーク、パルヴェーズの四人は密かに出国しようとするが、異変を感じ取ったクブラー、グル、ルブナーが駆けつけた。シェリーは、全ての計画はサイフ、シェーク、パルヴェーズの三人が立てたと言って逃げて行く。おかげで三人は妻子と別居することになり、離婚の危機に立たされた。 意気消沈する三人は、シェリーはラホールで大富豪メヘブーブ・カーン(ジャーウェード・シェーク)の娘ゾーヤー(ソハーイー・アリー・アブロー)と結婚式を挙げることを知り、駆けつける。メヘブーブは結婚式にビジネスパートナーのシェークを呼ぶが、それはなんとバンコクで会ったドンだった。しかも、マリーナーまで式場に現れる。四人は何とか取り繕おうとするが、最後にはシェリーがマリーナーとゾーヤーを騙していたことが発覚する。メヘブーブとシェークは銃撃戦を始めるが、そこへクブラー、グル、ルブナーが乱入する。結局、マリーナーもゾーヤーもシェリーの元を去って行く。 シェークとグル、パルヴェーズとルブナーは仲直りしたが、クブラーはサイフに離婚を突き付け、裁判が開かれる。シェリーがサイフの弁護士を務め、うまくサイフとクブラーを仲直りさせる。また、シェリーはマリーナーにプロポーズする。
10年前のヒンディー語映画の作風によく似た娯楽大作だった。恐妻家の三人組が羽を伸ばそうとするところは「Masti」(2004年)を思わせるし、プレイボーイに倣って女の子にもてようとするところは「Partner」(2007年)に似ている。ちょっとしたコント劇を間に差し挟みつつ物語を進めていく手法はヒンディー語のコメディー映画そのものであるし、所々にダンスシーンを入れて景気づけする作りも似ている。海外ロケの使い方もヒンディー語映画的だ。さらに、題名の「Jawani Phir Nahi Ani(青春は二度と来ない)」は、「Zindagi Na Milegi Dobara(人生は二度とない)」(2011年)とよく似ている。細かい部品の完成度はトップレベルのヒンディー語映画には及ばないが、溢れんばかりのエネルギーはひしひしと感じられる映画である。
それにしても「Jawani Phir Nahi Ani」を観ていて痛感するのは、パーキスターン人のヒンディー語映画好きである。当のインド人よりもヒンディー語映画が好きなのではないかと感じるほどだ。ヒンディー語映画の知識のみでこの映画を観ていても、ヒンディー語映画のパロディーが随所に出て来るので、異国の映画を観ている気にならない。確認できただけでも、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦)、「Dil Chahta Hai」(2001年)、「Kal Ho Naa Ho」(2003年)、「Taare Zameen Par」(2007年)、「R… Rajkumar」(2013年)、「Goliyon Ki Raasleela Ram-Leela」(2013年)、「Aashiqui 2」(2013年)のパロディーがあった。ヒンディー語映画スターの名前も会話の中に自然に出て来ていた。
逆にパーキスターンらしさを感じた点もあった。まず、中国のプレゼンスが高いことである。パーキスターンは中国と蜜月関係にあり、国内にも多くの中国人が住んでいる。冗談めかしてはいるが、登場人物が中国語を話すシーンもいくつかあった。また、イスラーム教の国なので飲酒のシーンがなかった。代わりにバーング(大麻汁)を飲んで酔っ払うシーンがあった。
夫婦の離婚危機が物語の原動力となっていたが、最終的にはどのカップルも仲直りしており、離婚には至っていない。ヒンディー語映画では離婚に対する許容度が上がってきているが、パーキスターン社会はまだ離婚でもって映画を終わらせることを是としていないのかもしれない。女優の使い方が完全に男優の添え物だったのにも古さを感じずにはいられなかった。
「Jawani Phir Nahi Ani」は、ヒンディー語映画とほぼ同じ手法で作られたパーキスターン映画である。パーキスターンで最大のヒット作となっただけあり、内容はそれほどないものの、娯楽映画としてよくまとまっている。パーキスターン映画とは思えないほどヒンディー語映画のパロディーが散りばめられており、ヒンディー語映画ファンが観ても絶対に楽しめる作品になっている。