Zindagi 50-50

2.0
Zindagi 50-50

 2013年5月24日公開の「Zindagi 50-50」は、エロティックな低予算映画ながら、女優陣に目を引くものがある作品である。題名は「人生は50:50」という意味である。

 監督はラージーヴ・S・ルイヤー。「My Friend Ganesha」(2006年)などの子供向けアニメーション映画の監督として名を知られている。キャストは、リヤー・セーン、ヴィーナー・マリク、スプリヤー・クマーリー、ラージャン・ヴァルマー、アーリヤ・バッバル、ラージパール・ヤーダヴ、ムラリー・シャルマー、クルシュ・デーブーなどである。

 ムンバイーを舞台にした、主に3人の女性の物語である。

 ナイナー(リヤー・セーン)は女優を目指していたが、ジュニアアーティスト止まりで、なかなか成功を掴めなかった。彼女の恋人アディー(アーリヤ・バッバル)も、いつか監督になることを夢見ていたが、ずっと助監督止まりだった。アディーはデリー在住のプロデューサーから呼び出され、ナイナーと共にデリーへ向かう。そこでプロデューサーから、映画製作と引き換えにナイナーと一晩寝ることを要求される。ナイナーは激怒するが、アディーに説得され、そのオファーを受けることにする。おかげでアディーは「Taj Mahal」という映画の監督を任される。だが、主演男優が、元ジュニアアーティストとの共演を拒否したため、アディーはナイナーを切り捨てる。

 ルーパー(スプリヤー・クマーリー)は、オートリクシャー運転手ビルジュー(ラージャン・ヴァルマー)の妻だった。ビルジューは、もうすぐ公営住宅を支給されると楽しみにしていたが、一向に通知が来なかった。ルーパーは、近所に住むレーレー(ラージパール・ヤーダヴ)に紹介され、役人と会う。役人はルーパーに一晩一緒に寝れば家を宛がうと言う。仕方なくルーパーは役人と寝る。だが、それでも家はもらえなかった。ルーパーがいくら言っても聞き入れられなかったが、レーレーが役人に頼み込み、何とか通知をもらうことに成功する。住宅の支給を受けたことをビルジューは喜ぶが、ルーパーは罪悪感に苛まれ、自分のしたことを夫に打ち明ける。それを聞いたビルジューはルーパーを一人残して飛び出るが、娼婦のマードゥリー(ヴィーナー・マリク)に説得され、家に戻る。

 娼婦のマードゥリーは、ビルジューの運転するオートリクシャーに乗って出勤していた。だが、娼婦たちが使うホテルからみかじめ料を取っていた悪徳警察官パワール(ムラリー・シャルマー)に目を付けられる。ビルジューはマードゥリーをかばうが、パワールに暴行を受ける。その晩、マードゥリーの家で治療を受けたビルジューは、そのまま彼女と寝てしまう。マードゥリーはパワールとも寝た後、ビルジューとルーパーを仲直りさせて、デリーへ去って行く。

 3人の女性主人公が、何らかの形で権力を持つ者に身体を売る状況に陥るというエピソードによって構成されていた。ルーパーとマードゥリーのエピソードは、ルーパーの夫でオートリクシャー運転手のビルジューを介してつながっていたが、ナイナーのエピソードは独立していた。それぞれのエピソードは、「Heroine」(2012年)などのマドゥル・バンダールカル監督作品を思わせるものであった。

 ナイナーのエピソードは、いわゆるキャスティングカウチ(枕営業)であった。女優の卵がヒロインの座を勝ち取るためにプロデューサーに身体を要求され、ボーイフレンドでもある監督からも協力を求められたために、最終的にそれを受け入れる。だが、結局彼女はヒロインから外され、監督のみがデビュー作を勝ち取るという、全く救いのない結末であった。

 ナイナーを演じていたのが往年の女優ムーンムーン・セーンの娘リヤー・セーンである。姉のラーイマー・セーンとほぼ同時期にデビューし、ヒンディー語映画界で共に活躍してきたが、姉に比べるとだいぶ水をあけられてしまっており、このような低予算映画にも出演しなければならなくなってしまっている。彼女の演技が期待されて起用されているような節もなかった。

 ルーパーとビルジューのエピソードはこの映画の核になるものだった。貧困者のために提供される公営住宅を宛がってもらうためにルーパーは役人と寝ることになる。それは、夫の夢を叶えたい一心だった。しかし、ルーパーは夫を裏切ってしまったことを悔やみ、自らビルジューに打ち明けてしまう。ビルジューはルーパーが他の男と寝たことを我慢できず、彼女を捨てて家を出てしまうのである。

 ただ、結局ビルジューは家に戻ってくる。それは、娼婦マードゥリーに説得されたからだった。マードゥリーは、ルーパーが役人と寝たのは、夫の夢を叶えるためだったと諭す。また、実はビルジューとマードゥリーも一回寝ていたので、これでお相子になるはずだった。説得されたビルジューは、洗剤を飲んで死のうとしていたルーパーを止め、二人で抱き合って泣く。一応、ハッピーエンドに分類してもいいだろうが、あまりにメロドラマすぎるという批判があってもおかしくはない。

 娼婦マードゥリーのエピソードは一番弱かった。まず、彼女は娼婦であり、毎晩顧客と寝ていたため、上記2人の女性たちとは異なっていた。元々デリーで生まれ育った彼女がムンバイーで娼婦をしているのは、母親の不倫と父親の死が原因だった。母親は警察官と不倫をしており、それを見つけた夫は母親に殺されてしまう。その災いから逃れるようにムンバイーに出て来たマードゥリーは、いつしか娼婦になって生計を立てるようになった。母親の件があったため、彼女は警察官を毛嫌いしていた。しかし、最後には悪徳警官パワールとも寝ることになるし、その前にはビルジューとも寝てしまう。彼女の行動原理がよく分からなかった。

 マードゥリーを演じていたのは、パーキスターン人女優ヴィーナー・マリクである。彼女は「Gali Gali Chor Hai」(2012年)や「Tere Naal Love Ho Gaya」(2012年)でアイテムガール出演した後、「Daal Mein Kuch Kaala Hai」(2012年)で本格デビューしている。しかしながら、「Zindagi 50-50」での役柄からも分かるように、あまり成功を掴めていない。

 「Zindagi 50-50」は、ムンバイー在住の3人の女性が、それぞれ自分の身体を売りながら、夢を叶えたり生き残ろうとしたりしていく映画であった。通常のインド映画に比べてエロティックなシーンは多めだが、それほど過激ではない。リヤー・セーンやヴィーナー・マリクの出演があるのが目を引くものの、完全な低予算映画であり、質に期待してはならない。特別な理由がなければ観る必要のない映画である。