Thank You

3.0
Thank You
「Thank You」

 ヒンディー語コメディー映画の1ジャンルとして、複数の既婚男性がそれぞれの妻の目を欺いて浮気を同時進行するストーリーがある。「Masti」(2004年)、「No Entry」(2005年)、「Shaadi No.1」(2005年)などがその代表例である。「No Entry」で一躍売れっ子監督となったアニース・バズミーは、その後もコンスタントに「Welcome」(2007年)、「Singh Is Kinng」(2008年)などのヒットコメディー映画を送り出して来たが、本日(2011年4月8日)公開の新作ヒンディー語映画「Thank You」において、「No Entry」タイプの浮気コメディーに回帰した。だが、映画タイトルは「Welcome」や前作「No Problem」(2010年)と同じセンスで、英語の挨拶にしてある。主演はアクシャイ・クマール。アニース・バズミー監督とアクシャイ・クマールは過去に「Welcome」と「Singh Is Kinng」を成功させている。マルチヒロイン型映画だが、主演扱いはソーナム・カプール。ただ、アクシャイ・クマールとソーナム・カプールは映画中ではカップルではない。この2人以外は単独でスターパワーや集客力がある俳優とは言い難いが、面白い顔合わせではある。特別出演のマッリカー・シェーラーワトとヴィディヤー・バーランを合わせるとさらに顔ぶれは面白くなる。

監督:アニース・バズミー
制作:ロニー・スクリューワーラー、トゥインクル・カンナー
音楽:プリータム
歌詞:クマール、アーシーシュ・パンデイト、アミターブ・バッターチャーリヤ
出演:アクシャイ・クマール、ボビー・デーオール、スニール・シェッティー、イルファーン・カーン、ソーナム・カプール、セリナ・ジェートリー、リーミー・セーン、チャーハト・カンナー、ムケーシュ・ティワーリー、マッリカー・シェーラーワト(特別出演)、ヴィディヤー・バーラン(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 カナダ在住のインド人ラージ(ボビー・デーオール)とヨーギー(スニール・シェッティー)はヴィクラム(イルファーン・カーン)の経営するヨット販売会社で働いていた。三人とも既婚であったが、三人とも派手な女遊びをしていた。ところがヨーギーは、妻マーヤー(セリナ・ジェートリー)が雇った探偵によって浮気がばれてしまった。離婚は免れたものの、ヨーギーはマーヤーにこき使われる毎日を送っていた。

 ところで、ラージの妻サンジャナー(ソーナム・カプール)、ヴィクラムの妻シヴァーニー(リーミー・セーン)とマーヤーも友人同士であった。サンジャナーはとあるきっかけからラージの浮気を疑うようになる。そこでサンジャナーはマーヤーの助言を受けて、ヨーギーの浮気を確認した探偵キシャン(アクシャイ・クマール)に相談しに行く。キシャンは携帯電話の通話先リストからすぐに浮気を実証するが、純朴なサンジャナーは信じようとしなかった。そこでキシャンはサンジャナーにラージの浮気現場を現行犯逮捕させることに決める。

 ニューイヤー・パーティーの日。ラージ、ヴィクラム、ヨーギーは、妻と共に出席していた。キシャンはそこにラージの浮気相手を大集合させる。だが、ヴィクラムの咄嗟の判断によってラージはサンジャナーの疑惑を晴らすことに成功する。しかし3人の男たちは、妻たちが誰かの助けを得ていると考え、キシャンのところへやって来て、その黒幕を捜し出すように依頼する。キシャンはそれを承諾する振りをして、さらに三人を追い込むことにする。

 キシャンは、今度は三人を仲違いさせる計画を立てる。その計画は成功し、ラージとヴィクラムはヨーギーを敵視するようになる。おかげでヨーギーは、密かに進めていた浮気がマーヤーにばれてしまう。マーヤーはヨーギーを置いて出て行ってしまう。次にキシャンの計略によってラージの浮気が発覚するのだが、ラージはそれをヨーギーの仕業だと考える。しかし、ヴィクラムとラージは、カナダの秘密警察である振りをしてその危機を乗り越える。騙されやすいサンジャナーはラージのことを秘密警察だと信じ込むようになる。つまり、ラージは浮気のライセンスを得たも同然であった。

 そこでキシャンは、マフィアのドン、キング(ムケーシュ・ティワーリー)になりすまし、ラージとヴィクラムを脅して、浮気相手と共に彼らを呼びつける。目隠しをされた2人は、キングになりすましたキシャンの前で、秘密警察の振りをしたのは浮気をごまかすためだったことなどを話す。その場には当然サンジャナーとシヴァーニーも来ていた。おかげで今度こそラージとヴィクラムの浮気はばれてしまう。

 サンジャナーはナイアガラの滝に身を投げて死のうとするが、それをキシャンが止める。キシャンはラージを更生させることを約束する。サンジャナーは実家に帰り、キシャンも同伴した。ラージは何とかサンジャナーに会おうとするが、キシャンがそれを止める。ラージはヴィクラムに助言を求め実行するが、キシャンの方が一枚上手で、なかなかうまく行かなかった。ところでシヴァーニーは夫の浮気が分かった後もヴィクラムの家にいた。ヴィクラムは妻の仕付け方がいいからだと自負するが、シヴァーニーは復讐の機会を狙っていた。シヴァーニーは夫を騙して全財産移譲の書類にサインさせる。それを知ったヴィクラムは思考停止に陥ってしまう。だが、どうやら彼女の「兄」がシヴァーニーのこの行動を指示しているとヴィクラムは考えた。

 キシャンはさらなる行動に出て、黒装束に身をまとい、サンジャナーとデートをする。そしてその様子をわざとヨーギーに発見される。ヨーギーはそのことをラージとヴィクラムに報告する。困った三人は再びキシャンの元を訪れ、ラージの浮気相手やシヴァーニーの「兄」を探すように依頼する。そこでキシャンはカルワー・チャウトの日にわざと三人を誘導し、ラージの浮気相手かつシヴァーニーの「兄」がキングであると錯覚させる。キシャンは、キングの妻が夫の浮気相談に来たことを明かし、キングの妻と共に彼を追い詰めることを提案する。三人はキングの妻に会いに行き、一緒にキングのアジトへ乗り込む。ところがキングの浮気相手は全くの別人であった。キングの妻が怒って発砲する中、三人はこっそり逃げ出す。

 この期に及んでようやく三人は、全ての黒幕がキシャンであることに気付く。特にラージは憤慨するが、サンジャナーがキシャンをかばったことで、彼女に離婚を突きつける。

 その後、落ち込む三人のところへキシャンがやって来て、サンジャナーが再婚することを知らせ、結婚式の招待状を渡す。キシャンがサンジャナーと結婚すると考え、怒った三人は大暴れするが、警察に逮捕されてしまう。留置所に入れられていた三人を助けたのがキングであった。三人が引き起こした騒動のおかげでキングは重傷を負ったものの妻と仲直りしていた。感謝の意を込めてキングは三人を釈放させたのだった。だが、ラージは怒りが収まらず、キングから銃を手に入れると、サンジャナーの結婚式会場へ向かった。そして会場にいたキシャンに発砲する。しかし、これは全てキングを巻き込んだキシャンの策略で、銃は空砲だった。実はその結婚式はラージとサンジャナーの再婚式であった。キシャンは命を賭けてラージとサンジャナーを仲直りさせたのだった。

 キシャンがここまで彼らの手助けをするのには訳があった。キシャンにはかつて妻(ヴィディヤー・バーラン)がいたが、浮気がばれ、彼女は自殺してしまう。そのときから彼は、自分の妻のような女性を救うことを使命と考え、探偵をして来たのだった。再婚式ではヨーギーとマーヤー、ヴィクラムとシヴァーニーも仲直りした。一件落着を見届けたキシャンは人知れず去って行く。

 浮気物コメディーとしてはまずまずの出来。過去の同系統の作品の寄せ集めという印象が強く、新しい展開は見られなかった。まとめ方も月並みであるし、脚本も破綻気味。しかし、アニース・バズミー監督のコメディーセンスは健在で、要所要所での笑いは保証されている。また、浮気物映画であるにも関わらず、最後には「妻を愛しましょう」というメッセージになっており、インド映画の良心を感じた。

 登場人物の中でもっとも弱かったのはヨーギーとマーヤーのカップルである。ヨーギーは一旦ラージとヴィクラムの敵となり、キシャンとも通じるが、いつの間にかラージとヴィクラムの側に回っていて、混乱させられた。マーヤーは途中から全く出なくなり、終盤になってようやく再登場する。このカップルを中心に脚本の弱さが露呈するが、さらなる弱点は俳優の演技と存在そのものにあった。

 ヒロイン3人はそれぞれ問題を抱えている。メインヒロインのソーナム・カプールは、今に始まったことではないが、台詞のしゃべり方に難があり、ストーリーに溶け込めていない。同世代のライバルであるディーピカー・パードゥコーンやカトリーナ・カイフがヒンディー語を苦手とするのに比べると、言語の面ではソーナムに分があるはずだが、台詞をしゃべるとどうも弱い。台詞をしゃべらなければ美しいのだが、そう考えると、デビュー作「Saawariya」(2007年)における起用法は間違っていなかったと言わざるをえない。

 マーヤーを演じたセリナ・ジェートリーは、整形のし過ぎで不気味な容貌となって来ている。2001年のミス・インディア・ユニバースの栄冠に輝きヒンディー語映画界へのチケットを勝ち取ったセリナは、今までこれと言って代表作がなく、売れなかったミスコン出身女優の典型として記憶されることになりそうだ。シヴァーニーを演じたリーミー・セーンは、「Dhoom」(2004年)などのヒット作がある分、セリナよりもマシなキャリアであるが、しばらく見ない間に太ってしまった。彼女もヒロイン女優としての寿命は終わったと言える。つまり、「Thank You」は女優のキャスティングで大きな失敗している。

 一方、男優陣の方は皆的確な演技であった。最近外しまくっていたアクシャイ・クマールであるが、「Patiala House」(2011年)に続き好演で、徐々に安定を見せつつある。イルファーン・カーンはさすがにうまいし、ボビー・デーオールも良かった。もっとも光っていたのはスニール・シェッティーで、コミックロールではベストの演技のひとつであった。アクション映画のイメージが強いが、「Hera Pheri」(2000年)をはじめ、名作コメディー映画にもコンスタントに出演し、芸幅の広さを見せている。

 マッリカー・シェーラーワトは「Razia」におけるアイテムガール出演。サプライズだったのはヴィディヤー・バーラン。キシャンの亡き妻役で最後に少しだけ顔を出す。他に、サンジャナーの妹を演じたチャーハト・カンナーも限定的な出演ながらなかなか良かった。テレビ出身の女優だが、今後映画でもっと大きな役がもらえるかもしれない。

 音楽はプリータム。コメディー映画らしく派手でアップテンポの曲が多い。「Pyar Do Pyar Lo」、「Razia」、「My Heart Is Beating」など。だが、バラードの「Pyar Mein」が一番印象に残る。

 ほとんど言及がないが、舞台はカナダ。バンクーバーとトロントでロケが行われたようである。他にタイのバンコクでもロケがあったようだが、どの場面かは特定できなかった。

 「Thank You」は、コメディー映画で定評のあるアニース・バズミー監督の新作コメディー映画。過去のヒット作「Singh Is Kinng」などよりは質が落ちるが、男優陣の頑張りのおかげで楽しい映画にまとまっている。先週公開のコメディー映画「F.A.L.T.U.」よりもスターパワーがあり派手なので、コメディー映画で迷ったら「Thank You」の方がいいだろう。