Jhootha Hi Sahi

4.0

 ここ最近新作ヒンディー語映画の数が多い。1週間日本に一時帰国していたが、その間にも容赦なく複数のヒンディー語映画が公開された。全て観ている暇はないが、どれもそれぞれ面白そうでどれを見ようか迷ってしまう。今日観た「Jhootha Hi Sahi」は、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」(2008年)で監督デビューして新鮮な旋風を巻き起こしたアッバース・タイヤワーラーの第2作。2010年10月22日に公開された。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」は、作風や俳優の点でヒンディー語映画の世代交代を強烈に印象づけた作品であり、アッバース・タイヤワーラー監督の第2作には自然と期待が高まっていた。音楽も前作同様ARレヘマーンが担当。ただ、アッバース・タイヤワーラー監督の妻パーキーがストーリーライターと主演を務めており、その身内起用がどう作品に影響してくるかは不安要素であった。

監督:アッバース・タイヤワーラー
制作:マドゥ・マンテーナー
音楽:ARレヘマーン
歌詞:アッバース・タイヤワーラー
出演:ジョン・アブラハム、パーキー、ラグ・ラーム、マナスィー・スコット、アナイター・ナーイル、オマル・カーン、アリシュカー・ヴァルデー、ジョージ・ヤング、プラシャーント・チャーウラー、マーダヴァン(特別出演)、ナンダナー・セーン(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 ロンドン在住のインド人スィッダールト(ジョン・アブラハム)は、友人たちと本屋を経営する純朴な青年であった。美人の前などで緊張するとどもってしまう癖があり、それを引け目に感じていた。スィッダールトにはクルティカー(マナスィー・スコット)というガールフレンドがいた。スィッダールトと同じアパートには、パーキスターン人のオマル(ラグ・ラーム)とその妹アーリヤー(アリシュカー・ヴァルデー)が住んでおり、親しかった。他に、アーリヤーの恋人ニック(ジョージ・ヤング)、アミト(オマル・カーン)、ウダイ(プラシャーント・チャーウラー)など、仲のいい友人たちがいた。

 ある晩、スィッダールトの電話に、これから自殺をしようとする男から電話が掛かって来る。スィッダールトは悪戯だと思いつつも誠意をもって返答する。だが、それが3回も続き、ほとほと困り果てる。翌日、オマルやアミトとそのことについて相談するが、謎は解けない。だが、突然スィッダールトを訪ねて来たバーヴナー(ナンダナー・セーン)が全てを明らかにする。バーヴナーは「ドースト・インディア」というボランティアグループに所属しており、自殺志望者の相談に乗るためのホットラインを運営していた。そのポスターに間違ってスィッダールトの電話番号を載せてしまったため、自殺志望者から何度も電話が掛かって来るようになってしまったのだった。

 スィッダールトは、もし今後も自殺志望者から電話が掛かって来たら、自分が相談に乗ると申し出る。だが、デート中にも自殺志望者の話に必死に耳を傾ける様子にクルティカーは愛想を尽かし始める。

 あるとき、スィッダールトの電話にミシュカー(パーキー)という女性から電話が掛かって来る。ミシュカーは恋人のカビール(マーダヴァン)に振られ、自殺しようとしていた。電話では彼女はほとんど何も言葉を発しなかったが、スィッダールトは温かく彼女を励まし、黙って電話の向こうの彼女と共に一夜を過ごす。この件をきっかけにスィッダールトのところにはミシュカーから頻繁に電話が掛かって来るようになる。その中でスィッダールトはミシュカーに惹かれ始める。だが、スィッダールトは決して本名など自らの素性を明かさなかったため、ミシュカーは彼のことをフィダートと呼ぶようになる。

 ミシュカーの相談に乗る中で、スィッダールトは彼女の個人情報をある程度手に入れていた。ミシュカーは元々画家志望だったが夢破れ、現在はビデオショップの店員をしていた。ある日偶然ミシュカーはスィッダールトが働く本屋を訪れ、その後スィッダールトも彼女が働くビデオショップに立ち寄り、それがきっかけでスィッダールトはミシュカーと会うようになる。そして夜にはフィダートとなってミシュカーから自分についての話を聞き出し、彼女にスィッダールトとの関係を深めるようにアドバイスしていた。ミシュカーもスィッダールトに恋をするようになる。だが、同時にクルティカーとの仲は冷えて行った。スィッダールトは、クルティカーのことを自分の元彼女だとミシュカーに語っていたが、彼女には決して会わせなかった。また、ミシュカーが忘れられなかった元恋人カビールが再び彼女の人生に現れるようになった。カビールは新しい恋人を連れていた。だが、ミシュカーもスィッダールトという新しい心の支えが出来ていたため、何とか精神的に持ちこたえられた。

 あるとき、クルティカーを除いてスィッダールトの友人たちがミシュカーを迎えて会食をすることになった。だが運悪くそこへクルティカーが来てしまう。クルティカーにはミシュカーのことがばれ、ミシュカーにはクルティカーのことがばれてしまった。スィッダールトはミシュカーに必死に弁明し、これ以上嘘は言わないという条件付きで何とか許してもらえる。クルティカーとは完全に破局したが、なぜか彼女はオマルと付き合うことになった。

 スィッダールトは正式にミシュカーに愛していることを伝える。だが、そのときカビールが事故に遭って入院したことが分かり、彼女はカビールをお見舞いに行く。その場でカビールはミシュカーに関係修復を懇願する。ミシュカーの心も揺れた。

 ところで、スィッダールトは引き続きドースト・インディアの代理をしていた。あるとき、ミシュカーの隣に住む少年アンクルからのヘルプコールがあった。アンクルは既に大量の睡眠薬を飲んでしまっていた。ちょうどフィダートとなってミシュカーと話していたスィッダールトは、彼女にアンクルを至急助けるように頼む。その後スィッダールトはアンクルの家に駆けつけるが、そこでミシュカーに目撃されてしまう。ミシュカーはそのとき初めて、フィダート=スィッダールトだと確信する。ミシュカーはスィッダールトに2度も裏切られたことを知り、彼と絶交する。ミシュカーはかねてからの夢だったパリ留学に、スィッダールトと行くことを計画していたが、1人で行くことを決める。

 ミシュカーに振られてしまったスィッダールトはすっかり意気消沈していた。だが、ニックとアーリヤーの結婚式には何とか出席していた。ちょうどその頃、ミシュカーはカビールの運転する車で空港へ向かっていた。カビールはミシュカーにもう一度恋人の関係になることを提案するが、ミシュカーは友人のままの関係を希望する。そして自分はスィッダールトに恋していることに気付き、カビールを捨ててスィッダールトに電話をする。ミシュカーはタワーブリッジの向こう側に立ち、10分以内に来るようにスィッダールトに言う。スィッダールトは結婚式を飛び出し、タワーブリッジへ走る。タワーブリッジの橋が上がる時間になるが、スィッダールトはギリギリでそれを飛び越え、ミシュカーと抱き合う。

 「Jaane Tu… Ya Jaane Na」に引き続き、新感覚のオシャレな都会派ラブストーリー。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」では20代前半くらいの若者たちが主人公で、そのくらいの年齢層かまたは10代後半ぐらいの新世代若者たちをターゲットにした作品だと感じた。自分がもうその世代ではなくなっているため、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」を観たときはまるで自分が隠居世代に押しやられているかのような衝撃を受けた。ストーリーの新しさというよりも、登場人物たちが代表する文化の新しさに旧世代として危機感を覚えたものであった。だが、「Jhootha Hi Sahi」は、やはりインド映画離れしたハイセンスなストーリーながら、もう少し高めの年齢層をターゲットにした作品で、比較的安心して観られた。

 ストーリーの導入部は、主人公スィッダールトの元に自殺志願者たちから突然電話が掛かって来るようになるというミステリアスなもので、一気に引きつけられるものがある。だが、ロマンス映画の類型の中に当てはめてみれば、インド映画に時々見られる、「恋愛相手の個人情報を一方的に把握して恋愛を有利に進める」というプロットの変形であり、展開自体にそれほど目新しさはない。例えば「Milenge Milenge」(2010年)は、ヒロインの日記を盗み見て彼女の好みを完全把握した主人公が彼女の理想の男性を演じて近づくというプロットで、「Jhootha Hi Sahi」のあらすじと遠くはない。このようなプロットでは、必ずと言っていいほどその秘密が相手にばれ、せっかく築かれた信頼関係は崩壊寸前となって映画の盛り上がりとなる。「Jhootha Hi Sahi」でも、やむを得ない事件を経て、冴えない本屋店員スィッダールトと、自殺志願者ホットラインで相談役を務める自称冒険家フィダートが同一人物であることがヒロインのミシュカーにばれてしまった。

 目新しかったのはやはり登場人物の設定や人間関係であった。物語の中心となっていたのはロンドンに住むインド人とパーキスターン人の仲良しサークルで、国境や宗教を越えたリベラルな人間関係を築いている。時々ジョークで国籍ネタや宗教ネタが出てくるが決して本気ではない。また、妊娠してしまったガールフレンドに必死にプロポーズする男(ニックとアーリヤー)や、同性愛者のウダイなど、脇役ではあるが、インド本国のモラルを逸脱した関係もサラリと描かれる。主人公スィッダールトと恋人クルティカーの仲もかなり曖昧だ。伝統的にはインド映画で描かれる恋愛は「生きるか死ぬか」の問題であるが、この2人の恋愛はかなり淡泊で、むしろ欧米の恋愛観に近い。しかもスィッダールトと別れたクルティカーは、その日の晩に彼の親友オマルと関係を持ってしまうし、それもライトタッチでサラリと流されてしまう。こういうライトなノリの恋愛関係が今後インド映画でも主流となって行くのかもしれないが、旧世代の人間としては何か寂しいものも感じる。

 それでいてクライマックスは新感覚を求めるあまり思考が一周して戻って来てしまったかのようなコテコテの典型的エンディングであった。開閉することで有名なロンドンのランドマーク、タワーブリッジを効果的に使い、橋が開こうとする中、向こう側にいる恋人を目指して全力疾走するというもので、間一髪の大ジャンプまで披露する。英国人でも小っ恥ずかしくて採用しないようなコテコテのまとめ方だ。だが、敢えてエンディングの展開を王道中の王道の演出にする判断は悪くはない。これは「Jaane Tu… Ya Jaane Na」のエンディングでも共通して見られた特徴である。

 スィッダールトは緊張するとどもる癖がある設定だったが、この設定は最近のヒンディー語映画の流行だ。「Kaminey」(2009年)や「Ajab Prem Ki Ghazab Kahani」(2009年)でどもり症またはそれに似た言語障害のキャラクターが出て来て、そのしゃべり方がストーリーにも関係して来たりしていた。また、インド人に人気のコメディー映画「Golmaal」シリーズでは唖のキャラクター(トゥシャール・カプールが演じている)が出て来て最大の笑いを取っている。「Jhootha Hi Sahi」ではスィッダールトの吃音が大きな伏線になっていた訳ではないが、彼は電話ではどもらずに話すことができ、それがスィッダールトとフィダートが同一人物であることにミシュカーが気付かなかった大きな要因のひとつとなっていた。

 全体的に洗練された映画だと感じたが、細かい部分で疑問に思ったところもあった。この映画の大きなポイントは「嘘」にある。スィッダールトは自殺志願者ホットラインのボランティアを装って自殺志願者の相談に乗るようになるが、それは映画中でも指摘されていた通り、素人が他人の生死を左右する危険な行為であり、もっと慎重にならなければならないものであった。モラルの点で問題となるのは、最期の望みとして電話を掛けて来た人の信頼に嘘で応える行為だった。それが結局は、自殺志願者として電話を掛けて来たミシュカーとの関係のわだかまりとなってしまう。それだけでなくスィッダールトはクルティカーという恋人がいながら、ミシュカーに恋してしまい、真実を隠して付き合おうとする。最終的に2つの嘘がばれてしまい、2つ目の嘘、つまりスィッダールト=フィダートであることがばれた時点で、ミシュカーはスィッダールトを見捨てる。しかしミシュカーは自分で考え直してスィッダールトに電話をし、彼に最後のチャンスを与える。ミシュカーの心変わりは自発的なもので、スィッダールトの禊などはない。この展開を見ると、嘘を付いたことが許されずにそのまま流されてしまっており、嘘を戒める伝統的なインド映画のモラルから逸脱している。そういえば「Jaane Tu… Ya Jaane Na」でも、男らしさという名の暴力が礼賛され、非暴力の伝統の中で発展して来たインド映画のモラルを逸脱していた。アッバース・タイヤワーラー監督はこれらの作品で意図的に暴力と嘘というインド映画のタブーに挑戦したのかもしれない。だが、それがわざとでないとすると、インド映画の文脈からかなり外れた展開の作品だと評せざるを得ない。

 ワイルドで大味なイメージのあるジョン・アブラハムは、最近等身大の人間を演じるようになって来ており、繊細な演技力を要する役にも果敢に挑戦している。ジョン・アブラハムにはアクション映画に適した無骨さの反面、人なつっこさもあり、それがうまく活かされるとアクション映画以外でもいい演技をする。「Jhootha Hi Sahi」ではどもり気味のドジで冴えない青年を演じ、今までの彼のイメージをガラリと変える役柄だったが、かなり成功していたと言える。決して上等の演技派俳優ではないが、映画のイメージに合わせた的確な演技だったと言える。

 ヒロインのパーキーは、アッバース・タイヤワーラー監督の妻で、映画のストーリーライターも務めている。過去に出演作があるが、「Jhootha Hi Sahi」で本格デビューしたと言っていいだろう。実質上この映画は彼女のために作られたものだと言える。彼女が演じたミシュカーは、自殺志願者として登場しながら割と明るくポジティブな面もあり、多少焦点が定まっていなかったが、彼女自身の演技力は合格点だ。ただ、老けて見えるときがあり、女優としては損をしている。セカンドヒロインのクルティカーを演じたマナスィー・スコットはストーリーの進行と共にだんだん存在感がなくなって行く。

 脇役陣はほとんど無名の俳優ばかりだがなかなか個性派揃いだった。かろうじて有名作品に出演歴のあるのは数人。アーリヤーを演じたアリシュカー・ヴァルデーは「Jaane Tu… Ya Jaane Na」に出演、スシーを演じたアナイター・ナーイルは「Chak De! India」(2007年)出演のいわゆるチャク・デー・ガールズの一人。他はおそらく新人である。中でも光っていたのはスィッダールトの親友オマルを演じたラグ・ラーム。ニヒルな演技が笑いを誘った。他にマーダヴァンとナンダナー・セーンが特別出演していたが、特にマーダヴァンの恋敵振りは秀逸であった。他に、アビシェーク・バッチャン、リテーシュ・デーシュムク、イムラーン・カーンが自殺志望者として声のみ出演している。

 音楽はARレヘマーン。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」に引き続き上品な曲が多い。ジャズ調の「I’ve Been Waiting」から映画が始まるところも似ている。あまりに「Jaane Tu… Ya Jaane Na」と音楽の雰囲気が似ているため、続編のような印象も受ける。いい曲が多いが、中でも「Cry Cry」や「Maiyya Yashodha」などが秀逸。だが、映画の本筋が洗練され過ぎていて、挿入歌のいくつかは蛇足に思えた。それでも、ヒンディー語映画としての枠組みの中で新しいことに挑戦しようとする意気込みは十分感じられた。ストーリーや音楽に新感覚を求めながら挿入歌の伝統をしっかり守るところは気に入った。

 「Jhootha Hi Sahi」は、「Jaane Tu… Ya Jaane Na」の監督が再び送り出した新感覚ヒンディー語ロマンス映画。ヒンディー語映画の中でもかなり洗練されたストーリー、演出、音楽で出来ており、多めの挿入歌さえ受け入れられれば、もはやインドやインド人のことをほとんど知らない日本人が観ても普通に楽しめるレベルまで来ている。「Jaane Tu… Ya Jaane Na」が気に入った人には是非お勧めしたいが、同作よりもターゲットとなる年齢層は高めだ。