Brindavanam (Telugu)

4.0
Brindavanam
「Brindavanam」

 2010年10月14日公開のテルグ語映画「Brindavanam」は、巧みなシチュエーション操作によって、2人の女性の間で板挟みになる色男を主人公にした、ロマンスとアクションとコメディーが融合した、マサーラー映画である。

 監督はヴァムシ・パイディパッリ。音楽はSタマン。主演は「Yamadonga」(2007年/邦題:ヤマドンガ)などのNTRジュニア。「Magadheera」(2009年/マガディーラ 勇者転生)カージャル・アガルワールと、「Ye Maaya Chesave」(2010年)でデビューしたサマンサ・ルース・プラブがダブルヒロインを務める。

 他に、プラカーシュ・ラージ、シュリーハリ、コーター・シュリーニヴァース・ラーオ、ムケーシュ・リシ、プラガティ、アジャイ、ブラフマーナンダン、ヘーマーなどが出演している。また、NTRジュニアの祖父で、テルグ語映画界最大のスターであるNTラーマ・ラーオ(NTRシニア)が、生前の十八番であったクリシュナ役でデジタル蘇生され出演し、NTRジュニアと共演している。

 ちなみに、題名の「Brindavanan」とは、クリシュナ神が幼少期を過ごした、北インドに実在する地名である。正確には「ヴリンダーヴァン」と表記される。映画の中では邸宅の名前にもなっている。この題名はインド人観客にクリシュナ神話を想起させ、女性の間で板挟みにある主人公の境遇を暗示する効果がある。

 「Brindavanam」は、「RRR」(2022年/邦題:RRR)が日本で大ヒットし、NTRジュニアの認知度が高まったために、2024年3月15日に日本で劇場一般公開された。そのときの邦題は「ブリンダーヴァナム 恋の輪舞」であった。

 ハイダラーバード在住で、大富豪スレーンドラ(ムケーシュ・リシ)の一人息子クリシュナ(NTRジュニア)は、恋人インドゥ(サマンサ・ルース・プラブ)から依頼を受け、彼女の友達ブーミ(カージャル・アガルワール)の恋人を演じることになる。ブーミは米国留学を夢見ていたが、クルヌールの地主である父親バーヌ・プラサード(プラカーシュ・ラージ)は彼女を甥(アジャイ)と結婚させようとしていた。結婚したら留学の夢は絶たれてしまう。そこでブーミは父親に恋人がいると嘘を言ってしまった。父親から恋人を家に連れて来いと言われて困ってしまったブーミはインドゥに相談し、インドゥが自分の恋人クリシュナを彼女に貸し出すことに同意したのだった。

 クリシュナは、両親には海外へ行くと嘘を付き、ブーミと共にクルヌールへ向かう。だが、着いた途端に彼はその地域が異常な緊張状態にあることを察知する。バーヌは、異母弟のシヴドゥ(シュリーハリ)と対立しており、バーヌの治める村とシヴドゥの治める村は一触即発の状態にあったのである。

 バーヌの邸宅には多くの家族が住んでいた。クリシュナはバーヌの一家から歓迎されないが、持ち前のチャーミングさを発揮し、一人一人の心を勝ち取っていく。祖父ドゥルガー・プラサード(コーター・シュリーニヴァース・ラーオ)と親しくなったクリシュナは、バーヌとシヴドゥの不仲も解決しようとする。また、バーヌの甥は幼少時からブーミとの結婚を夢見ており、彼女の恋人として村にやって来たクリシュナを殺そうとするが、クリシュナの方から彼にあいさつに行き、釘を刺す。

 とうとうバーヌもクリシュナを認め、娘と結婚することを許す。だが、困ってしまったのはクリシュナとブーミであった。二人は真実を明かそうとするが、その度に新たな事件が起こり、なかなかチャンスがなかった。バーヌから両親を呼ぶように言われたクリシュナは、偽の両親をでっち上げて村に呼ぶ。また、クリシュナの活躍によりバーヌとシヴドゥが仲直りする。両家はそれを祝うが、そこに現れたのがインドゥであった。実はインドゥはシヴドゥの姪であり、実の娘同然に育てられていた。

 インドゥはシヴドゥに恋人がいると明かしており、シヴドゥは彼を早く連れて来るように催促する。シヴドゥは待ちきれず、娘の恋人の両親を拉致して来る。両親はクリシュナと再会し、彼の事情を知る。仕方なく彼らはインドゥの恋人の両親として彼らの邸宅にとどまることになる。

 クリシュナとブーミの婚約式が行われた。ブーミはクリシュナをハイダラーバードに帰そうとするが、彼女もクリシュナを好きになっており、つらい決断になっていた。インドゥもブーミの気持ちに気付いており、クリシュナを彼女に譲ることを考えていた。だが、どう解決したらいいか分からなかった。

 バーヌの甥は再三にわたってクリシュナを襲撃するが、その度に失敗していた。そこで彼の弱点を探そうとし、ついに彼とインドゥの関係を突き止める。真実を知ったバーヌとシヴドゥは激怒し、クリシュナを打ちのめす。だが、ドゥルガー・プラサードの仲裁があった上に、バーヌの甥がブーミを誘拐して行ったため、クリシュナがブーミ救済に向かう。クリシュナはブーミを救い出す。

 一件落着したが、クリシュナがブーミと結婚すべきかインドゥと結婚すべきか結論が出なかった。クリシュナはクリシュナ神に助けを求めるが、クリシュナ神も姿をくらましてしまった。

 ストーリーの軸になっているのは、クリシュナ、インドゥ、ブーミの三角関係だ。だが、一般的な三角関係とは異なり、インドゥとブーミはライバル関係にない。

 まず、クリシュナとインドゥは最初から明確な恋人同士である。そして、インドゥはブーミが封建領主的な父親バーヌから望まない相手と結婚させられそうになっているのを見て、彼女を助けるために自分の恋人を貸し出す。娘に恋人がいることが分かれば、父親もすぐに彼女を結婚させることを諦めるだろうという計算だった。それが実現したらクリシュナはお役御免のはずだった。ブーミもクリシュナが仮の恋人であることは重々承知していた。だが、単に当面のアレンジド・マリッジを止めることを目的とした偽装だったのが、クリシュナがあまりにチャーミングだったためにバーヌから気に入られてしまい、ブーミはクリシュナと結婚することになってしまう。クリシュナがバーヌの一家と住み始めて以来、家族内にあったトラブルは次々に解決されていった。しかも異母兄弟であるバーヌとシヴドゥの対立にもクリシュナは雪解けをもたらす。もし今、真実が明かされたら、せっかくクリシュナがもたらした一族の平和は再び崩れてしまう恐れがあった。

 さらに事態を複雑化させたのは、インドゥがシヴドゥの姪だということが発覚したことである。たとえブーミとの間の偽装された関係を何とかごまかしてこの場を切り抜けたとしても、いざクリシュナがインドゥを結婚しようと思った際、彼女の一族に嘘がばれてしまう運命にあった。見事な状況設定である。当然のことながらブーミはクリシュナに惚れてしまい、インドゥも彼女の気持ちに気付いてしまう。ブーミはクリシュナをインドゥに譲り、インドゥはクリシュナをブーミに譲ろうとする。

 いったいクリシュナはインドゥと結ばれるのかブーミと結ばれるのか。「ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁」(1992年)以来の究極の選択であり、結末を固唾を呑んで見守ったが、結局それはお茶を濁され、未解決のままであった。もっとも賢い締め方だったとは思うが、責任放棄ともいえる。

 「Brindavanam」では、都市と農村の対比でも注目される。クリシュナはハイダラーバード在住であり、典型的なシティーボーイだ。その一方で彼が飛び込んだクルヌールは封建主義が色濃く残る農村である。より専門用語を使って説明すると、ハイダラーバードはテランガーナ地方、クルヌールはラーヤラスィーマー地方と呼ばれ、同じアーンドラ・プラデーシュ州といっても異なる地域になっている。2014年にアーンドラ・プラデーシュ州分割が分割されテランガーナ州が新しくできたが、その際もハイダラーバードはテランガーナ州の州都となり、クルヌールは新アーンドラ・プラデーシュ州に組み込まれた。また、ラーヤラスィーマー地方は「ファクショナリズム」で有名である。今でも封建領主たちが暴力によって支配しており、「ファクショナリスト」と呼ばれる封建領主同士の抗争も絶えない。「Brindavanam」ではバーヌとシヴドゥの確執が描かれていたが、彼らこそはファクショナリストであり、彼らの間で繰り広げられていた血みどろの争いはあながちフィクションでもないのである。

 神話におけるクリシュナは、ルクミニーという正妻がありながら、ラーダーなどの牧女たちとの恋愛も繰り広げるモテモテのスーパーアイドルである(参照)。「Brindavanam」に当てはめるならば、インドゥがルクミニー、ブーミがラーダーといったところか。映画の最後にはクリシュナがクリシュナ神に助けを求めるというシーンもある。そのクリシュナ神を演じているのがNTRジュニアの祖父NTラーマ・ラーオであった。NTラーマ・ラーオは1996年に死去しているため、彼が過去に演じた映画から映像が復元され、使用されている。とはいっても、映画におけるクリシュナは、さすがに神話のクリシュナ神のようにインドゥとブーミの両方と結婚することはできなそうである。

 ただ、女優の格から察するに、ダブルヒロイン映画とはいいつつも、メインヒロインははっきりしている。それは、ブーミを演じたカージャル・アガルワールである。インドゥを演じたサマンサ・ルース・プラブよりも先輩であり、映画の中での出番も多かった。それを考えると、クリシュナとブーミが結ばれる方がより自然な結末だったのかもしれない。

 少なくとも6曲のダンスシーンがあり、優れたダンサーであるNTRジュニアがエネルギッシュなダンスを踊る。ただ、ストーリーシーンからダンスシーンへの移行がスムーズではない場面も多かった。また、コメディーシーンにもかなりの時間が割かれていた。3時間近くの映画だが、もう少しスリム化することもできたはずである。

 「Brindavanam」は、まるでインド神話のスーパーアイドル、クリシュナ神のように、とにかく強く、とにかくチャーミングな主人公クリシュナをNTRジュニアが演じ、2人の女性から板挟みになりながらも地方の封建領主の家族内トラブルやライバル間の抗争を解決する、至福のマサーラー映画である。不満点は、冗長であったことと、クリシュナが2人のヒロインのどちらを選ぶのかが最後まで示されていなかったことだ。だが、それらを差し引いても面白い映画で、特にNTRジュニアのファンには文句なくおすすめできる作品である。